第8話 何でそこだけリアリティあるんですか?
次の日、エリーニャは灰色の部屋を出られる事になった。
ユリヤが口添えしてくれたのか、理由は不明だが、修道女が普通に使っている個室を与えられた。
灰色の部屋と比べ、ベッドもふかふかで照明も明るかったが、相変わらず汗が出たり、空腹、喉の渇きなどの肉的な感覚が乏しかった。着替えや身支度も勝手の完了してしまうし、エリーニャの人間的な肉体というよりは正にアバターを扱っているような感覚だった。ただ、聴覚や視覚などはハッキリとあり、このゲーム世界にリアルに住んでいるようだった。
問題は、この世界からどうやって出ればいいのか? どうすればゲームクリアになるのかは謎だったが、考えてもわからない。
とりあえず、公爵令嬢・エリーニャとして修道院で生活するのが一番に思われた。
修道院の朝は早く、四時おきだった。2時間ほど、朝のお祈り会が礼拝堂で毎日行われていた。
イエス様を崇める事ではなく、この世界の魔王を拝んでいるらしい。修道院の広場にある金に子牛をなで、平伏している儀式もあるらしい。
当然、エリーニャはそんな義式にはボイコットしていた。自室でイエス様に祈っていた。洗礼を授けたユリヤも同じ気持ちで、その時間は一緒に聖書の勉強をしたり、祈っていた。
「エリーニャ、おはよう」
ユリヤが部屋に入ってきて、さっそく朝の聖書勉強会&祈り会を始めた。
この世界には聖書はないが、エリーニャの頭の中にはほぼ入っていた。聖書の一部分を紙に書き出し、ユリヤに教える。さっそく創世記に最初の方から、勉強が始まった。
「うそぉ。神様ってこの世の全てを作ったの?」
「ええ、そうですわ」
エリーニャはわざとらしくお嬢様言葉を使い、背筋を伸ばした。
「初めて聞いたわ。この世界の魔王は、そんな世界を作ったとかは言っていないから」
「世界だけではないわよ。あなたの身体も心も魂もつくったのは、神様よ」
そう言うと、ユリヤは目に涙を溜めていた。ユリヤは孤児という事もあり、本当の親に会えたみたいと喜んでいた。
「本当の神様の勉強は楽しいわね」
「ええ。なんでも聞いて。でも、本当は日曜日に礼拝をしたいんだけどなぁ」
ついお嬢様言葉が崩れてしまった。この修道院の礼拝堂には自由には立ち入れない。当然、エリーニャ達も入る事ができない。この修道院に来てから日曜日はまだ来ていないが、元の世界で牧師をやっていたエリーニャは、どうやって礼拝をすればよいかと頭を悩ませていた。
今のように勉強会のように部屋で集まって礼拝しても良いが、讃美歌はどうしよう。説教原稿は、いつものように自分がもう用意してしまっていた。こんなゲーム世界に来てもやっている事は、以前とさほど変わりなく、エリーニャは苦笑する他なかった。
「ところで、エリーニャ。私達こうやって勝手に集まっているけど大丈夫かしら。牧師のアシュラやお局ルナにバレたら、どうしよう」
ユリヤは、その事を一番気にしていた。エリーニャもそれは気になっていた。今のところバレてはいないようだが、時間の問題の気がした。バレるとまた灰色の部屋に閉じ込められるらしかった。
「そうねぇ。それは困ったわね」
エリーニャが、わざとらしくお嬢様言葉を使ってはみたが、心の内には不安はあった。
「ところで、アシュラやルナは、どうしてそんなに偉そうなの?」
確かに二人とも偉そうだった。
修道女達は、昼間は菓子工房で仕事をするのだが、二人とも偉そうに監督していた。鈍臭い修道女には、容赦なく鞭で叩いたりもしていた。幸い、エリーニャはユリヤに仕事を教えてもらい、ミスもカバーしてもらっていたが。
聖書の教えを守れば一番身分の高いものが一番謙るべきだ。エリーニャも元いた世界では牧師だったが、地味な雑用も引き受けたり、偉そうにはしていない。というか、できない。勘違いしている牧師もいるようだが、基本的に一番下に仕える仕事だった。
だからこそ、アシュラやルナが偉そうにしているのが全く理解できなかった。
そう言うと、ユリヤは顔を顰めた。
「あくまでも噂よ? アシュラとルナは恋人関係らしいの」
「え? マジで?」
ついお嬢様言葉が崩れて、思わず口をつぐんだ。
「この世界の聖職者は、婚前交渉はやってもいいですの?」
「うーん、一応禁止っぽいけど、誰も守ってはいないみたいね」
エリーニャは、頭の中にアシュラとルナの顔を思い浮かべる。いい歳した中年カップルの姿を想像すると、結構キツい。
「あと、もう一つ噂があるわね」
「どんな噂ですの?」
エリーニャは、ブンブンと頭をふり、変な想像を頭から追い出して聞いた。
「ここ修道女が、毎年何人か行方不明になっているみたいなのよね」
「え?」
行方不明という物騒な言葉に、エリーニャは言葉を失った。
「ええ。ルナに聞いたら、事情があって修道女やめたって理由みたいだけど、なんの前触れもなく消えるの。だからアシュラとルナが、修道女達を殺しているという噂もあるのよ」
本当にエリーニャは言葉がでない。
「な、何のために?」
どうにか言葉を振り絞っていぼ、聞いた。
「アシュラ達が拝んでいる魔王に生贄を捧げる為っていうらしい」
ユリヤも話していて、怖くなったのか下唇が震えていた。
「生贄って……」
元いた世界でも悪魔崇拝儀式で、生贄を差しすというのがあった。聖書にも堕落した人間が悪魔を拝み、子供を悪魔に差し出す描写もある。
カトリック教会では、幼児虐待のスキャンダルも有名だった。あたかも生贄儀式のようだとも言われており、修道院の跡地には白骨遺体が山もり出土されていた。多くは聖職者が生贄儀式をしていて、大スキャンダルになっている。日本人はあまり知られていないが、海外では有名だった。だから、海外では子供を一人で歩かせる事も無いらしい。治安の問題も大きいが、アメリカの子供の誘拐数は桁違いだ。エリーニャは悪魔崇拝の犠牲者も多いと考えていた。
何故こんな生贄儀式があるかというと、それなりのリターンがあるからだ。悪魔(この世界では魔王)に魂を売り、 その引き換えにこの世の成功が手に入る。聖書にも悪魔を拝むとこの世の成功が手に入りると記されている。
この噂が本当だとすると、ナンチャッテ修道院の割には、元いた世界とかぶるリアリティがある。さすがのエリーニャも怖くなってきた。
中身は佐藤恵理也(47)だが、今は公爵令嬢エリーニャのアバターを着ている。限りなく無力のアバターだった。やっぱり肉体と心は連動しているのか、普段より恐怖心を強く感じる。
「噂が本当だったらどうしよう」
ユリヤは頭を抱えた。
「大丈夫。神様がいるわ。祈りましょう」
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
エリーニャとユリヤはしばらく祈っていた。あの噂が本当だとしたら、これ以上修道女が生贄にならないように祈った。
それにしてもナンチャッテ修道院の割には、これだけはリアルだ。何でそこだけリアリティがあるのだろうか。
エリーニャは、この世界がゲームの中であるとは理解してたが、怖くなってきた。
一刻も早くこの世界から抜け出せなければ。
その方法も全くわからない。祈る他ない。
無神論者は祈る事は、弱い事というが、自分の弱さはよくわかっている。所詮、人間だ。神様にはなれない。自分は祈る他ないのだ。