第6話 本格的なナンチャッテ修道院
どれぐらい歩いただろうか。
足は疲れは感じず、動物達と会話をするのはなかなか面白かった。途中で合流してきたタヌキや犬はモフモフで、触っているだけでも癒された。頭上を飛んでるシマエナガやオカメインコも可愛い。
時計がないので正確にはわからないが、1時間ぐらい歩いた時だった。
なぜか歩いてもあまり汗も出ず、疲れもしなかった。ドレスも汚れない。これは、やっぱりゲーム世界の肉体らしかった。
喉の渇きは時々感じたが、何故かすぐにも戻ってしまった。尿意も感じない。
一応エリーニャは、自分の肉体であるが、やっぱり恵理也とは違う。トイレとか、着替えとか、風呂とかは出来ればしなくても良い設定にして貰いたいとも思った。生理も想像するだけで、胃が痛くなってくる。やはり、オッサンが16歳の令嬢の身体を見たりするのは、良くない。
だんだんとエリーニャが身体に板につくような感覚はあったが、恵理也としての自我は完璧には消えていないようだった。
そんな葛藤を感じている時、森が開けて修道院があるのが見えた。
「あら、貴方達。私を送ってくれて、ありがとう。ご機嫌よう」
エリーニャはわざとらしくお嬢様言葉を使い、動物達と別れを告げた。お嬢様言葉を使うのは、中々悪くない。ちょっと口元がニヤけてしまう。
環奈は公爵令嬢などのお嬢様ヒロインの漫画が好きな理由もわかってきた。ちょっとした変身願望だろう。
元いた世界は、女性は女性らしくと言われなくなっていた。むしろ男性と同じように働けという社会だ。そんな中で、きちんとした言葉遣いのお嬢様に憧れる気持ちはよくわかる。元いた世界に帰ったら環奈とこの点を深く話し合いたいと思った。
聖書は保守的とは言われるが、女性は女性らしく、男性は男性らしくいるのが推奨される。神様がそう人間を創ったからだ。環奈が好むゲームや漫画の世界はちょっと保守的な面もあるのかもしれない。これは悪い事では無い。
「もしもし、どちら様ですか?」
修道院の門の前でそんな事をニヤニヤ顔で考えていたら、一人の修道女に話しかけられた。
修道女は50歳ぐらいだった。どことなく知的な雰囲気で、修道着が全く似合っていない。ここの修道着が、元いた世界のものと違い変なデザインだったからだ。
ベールがあるところまでは良いが、胸元だけ開き、谷間が見えている。こんな服どうやって着るんだ? しかも袖や裾にヒラヒラレースがついている。エリーニャが今着ているドレスより、派手に見えるぐらいだった。
修道女は、ルナという名前らしい。この修道院でリーダー的な存在だと教えてくれた。確かにちょっと偉そうで、上の立場に見えた。
「ごきげんよう。ルナ様。私が公爵令嬢のサトゥ・エリーニャですわ」
エリーニャはわざとらしくお嬢様ぶった御辞儀をした。
こうしてお嬢様にフリをするのは、だんだんエリーニャは楽しくなってきた。思わず口元が緩みそうになるが、背筋を伸ばしてお嬢様になりきった。
「ああ、あなたね。話しは聞いてるわ。では、牧師館にいって、牧師に挨拶しましょう」
という事で、意外とスムーズにエリーニャは修道院に入ることができた。
さほど広い修道院ではないようで、30人ほどの修道女と牧師が1人いるらしい。
修道院の庭には、金の子牛の像があるのが見えた。本格的なナンチャッテ修道院らしい。他に菓子工房や修道女たちの寝泊まりする部屋のある塔もあるようだが、先に牧師館に案内された。
ルナはかなりイライラしていた。牧師館の応接室に案内すると、ピシャリと戸を閉めた。「何で修道院なのに牧師がいるんですか? カトリックなんです? プロテスタントなんです? どっちなんですか?」とツッコミを入れたのが、よくなかったのかもしれない。
応接室でしばらく待っていたら、牧師が現れた。
恵理也と同じ歳ぐらいの牧師だったが、黒いガウンを着ていた。首からは十字架のネックレス、ロザリオと言われているものをかけている。
どうもこの世界は、カトリックとプロテスタントがごちゃ混ぜになった設定らしい。ロザリオは、プロテスタントでは出番がないものだ。仏教の数珠みたいなもので、偶像崇拝っぽいので牧師はそういったものは使わない。
この牧師は黒いガウンを着ていたが、恵理也は洗礼式などの特別な儀式以外は着ないものだ。日曜礼拝ではスーツで説教していた。やっぱりスーツの方が楽だ。ここの牧師は、毎日ガウンを着ているようで尊敬してしまう。
「ちょ、エリーニャ嬢、変な視線を向けないでくれません?」
牧師は、そんなエリーニャを見て、気持ち悪がっていた。エリーニャは、すぐに姿勢を正し、お嬢様風に微笑んだ。今はお嬢様、エリーニャだと自分に言い聞かせた。
この牧師は、アシュラという名前だった。神学校を出て牧師になったそうだ。こちらの世界でも神学校があるらしい。
「という事は、聖書も暗記しています? というか、聖書の解釈について語ろうではありませんか?」
ついつい同業者に会った気安さで、エリーニャは聖書の話をしようとした。
「は? 聖書? 何ですか、それ」
「いえ、聖書ですわ。神学校で何を学んだんですか?」
「は?」
アシュラ牧師とは全く話しが噛み合わない。そういえばこの世界では、神様のいないナンチャッテ宗教だという事を思い出した。聖書のようなきちんとした聖典もないのだろう。その点でいえばスピリチュアルっぽいのかもしれない。
「じゃあ、あなた達は何を拝んでいるんですの? その十字架のネックレスはなんですか?」
エリーニャは、頭に浮かんだ疑問を口にしていた。アシュラは明らかにイライラとし、貧乏ゆすりを始めた。
「うるさいな。そういう設定なんだよ。細かい事はいいんだよ!」
「ちょっと待ってください。じゃあ、神学校では一体何を学んだんでしょうか? この世界では神様はいないんですよね? そもそもこの修道院は必要なのですか?」
エリーニャは極力お嬢様言葉を崩さないように、上品に指摘したはずだった。
それでもアシュラには、何も通じなかったようだ。
「うるさい! この女をつまみ出せ!」
かなり機嫌を損ねてしまったようだ。エリーニャは、修道院の中でも問題児を閉じ込めていく部屋に連行されてしまった。
一応抵抗は試みたが、今はエリーニャという令嬢だ。下手な事も出来ず、あれよあれよと言う間に連れて行かれてしまった。
せっかく修道院にたどり着いたのはいいが、元いた世界と比べてツッコミを入れていたのがダメだったらしい。
エリーニャは学習した。ここは架空の(※製作者にとって都合のいい)世界だ。細かいツッコミは、野暮というもの。
郷に入れば郷に従えという言葉もある。ナンチャッテ修道院だが、ツッコミを入れてはならない。たぶん、ゲームの製作者はわざわざ牧師や神父を呼んで監修を受けるほどの予算も無かったのだろう。
「細かいツッコミはいれませんわ」
お嬢様言葉で宣言したが、誰も聞くものはいなかった。