第5話 転生は絶対ない!
恵理也、いやエリーニャは、どこかの知らない森の中にいた。
確か自分は、ゴーグルをつけてゲームをやっていたはずだ。
まさかゲームの世界に入った?
そんなわけがあるはず無いと思ったが、明らかに肉体を持ってこの世界にいるようだ。五感もはっきりあるし、頬をつねると痛い。このゲームは、仮想現実の世界にリアルに行けるような事を書いてあったが、本当にそうらしい。
しかし、わからない。
今の自分の肉体は、佐藤恵理也(47)ではなかった。さっき選んだ吊り目の令嬢サトゥ・エリーニャになっていた。
足元の水たまりを覗くとどう考えてもオッサンではない美しい令嬢の姿が反射していた。綺麗なドレスを着込み、金髪縦ロール。どこからどう見ても淑やかな令嬢だが、表情はどことなくオッサン臭さはある。とりあえず中の人の属性が少しは外に出る事はわかる。少しガニ股になってしまうが、この綺麗なヒラヒラドレスを見てると気が引き締まり、無理矢理足を閉じた。
オッサン→淑やかな令嬢とは、ギャップがありすぎる。恵理也、いやエリーニャは違和感しかない。いつもより視界が低く、このエリーニャは小柄のようだ。あまり体力も無さそうであるのが伝わってきた。
確かに違和感はあるが、十分ぐらい森をほっつき歩いていたら慣れてしまった。「俺は恵理也ではなく、令嬢エリーニャよ!」と別の意識も芽生え始めていた。
とりあえず森の中に小さな小川が流れているので、そのほとりに座った。少し水を口に含む。
この水もリアルだった。森の背景も、せせらぎも鳥の鳴き声も全て肉体を通して伝わってくる。
本当にゲームの世界なのか???
ふと、悪寒がエリーニャを襲った。すでに恵理也の意識は眠りかけ、エリーニャの自我が生まれ始めている。
この肉体も超リアル。背景も音も何もかも、仮想現実のゲーム世界の中にいる感じはしない。不自然なところが何もない。
まさか、異世界転生?
環奈が読んでいる漫画は、そんな設定だった。冴えない日本人女性が、死ぬんで目覚めたら異世界で公爵令嬢になっていた。
今の状況は、そんなシーンとよく似ていた。
しかし、エリーニャはブンブンと首をふる。綺麗に巻かれた金髪縦ロールも揺れる。
異世界転移はともかく、転生はない。死んだら神様の裁きをうけ、行き先が天国or地獄に決定する。聖書にもそう書いてある。黄泉の解釈は宗派によって色々別れるが、牧師としては異世界転生は決して認められない。
それと似た輪廻転生思想も元々は弱者を虐げる目的で作られた差別的思想だ。悪魔を拝んでいる支配者層としては都合の良い考え方だった。スピでいう子供は親を選んで生まれてくるという思想も嘘だ。どこの家の子供になるかも神様が決めている。病気や障害も先祖や親のせいではなく、神様の意図がある。決して前世で罪を犯したからではない。
前世の記憶のある者もいたりするが、あれも聖書で書かれる悪霊を憑依させてるだけだ。何しろ悪霊は聖書の時代から動いているので昔の人間の記憶も膨大にある。霊媒もこの悪霊を憑依させるもので、霊的オレオレ詐欺みたいなものなのだ。死んだ人は全員神様の管理下にあるので、地上の人間とコンタクトは絶対取れない。霊媒師が語る死んだ人の言葉は、全部悪霊の演技だ。死んだ人の事や前世が見えるというスピリチュアルやカルトも全部詐欺と見ていい。ちなみに地上で見える幽霊やUFOも悪霊の演技だ。
だとしたら、異世界転移か?
そうなると、恵理也ではなく肉体がエリーニャになっているのがおかしい。
考えられる理由は、やっぱり超リアルな仮想現実ゲームをやっているという事だ。そんな技術があった事に驚きだが、帰り方がさっぱりわからない。何をすればゲームクリアになるのか?
アイコンやボタンのようなものはなく、本当にリアルな世界にぶち込まれた感じだった。感覚的には異世界転移した感じに一番近いが、何が何だかさっぱりわからない。それに神様が創った世界は一つだけだ。異世界なんてあるのかどうか疑わしい。異世界は魔術を肯定し、宗教もメチャクチャであるものが多いのも恣意的に感じたりする。
そんな事を考えているエリーニャの側に、一冊の本が落ちているのに気づいた。
「聖書か!?」
この世界に聖書があるとは! 藁をもつかむ思いで本を手にしたがすぐに脱力した。
それは聖書ではなく、ゲーム攻略本だった。攻略本とは表紙に書いてあったが、設定集というか、この世界の事が記された書物のようだ。
聖書ではなくがっかりしたが、役立つ書物である事は間違いない。エリーニャは、貪るように読み始めた。
書物によると、この世界はナーロッパ国という。一見中世ヨーロッパ風の国だが、公用語は日本語。書物によるとこのゲームの作成者は全員日本人だからという。やはりこの世界はゲームの中という事で間違いないようだ。
ただ、製作者の詰めの甘さにより、魔法国家という設定だという。製作者にとって都合の悪い部分は、全部魔法という事にしてあるらしい。電気、水道、印刷技術などの文明は魔法による進化だと書いてあった。
「はぁ」
エリーニャは、読みながらため息がこぼれる。
キリスト教は、魔術に否定的な立場だ。魔法国家のゲームの中にいるというのは、少し居心地が悪い。
「ナーロッパの宗教はどうなってんだ?」
エリーニャは、食い入るようにこの国の設定を読むが、彼(彼女?)の心を満たすものはない。この国に神様はなく、当然キリスト教のような宗教はない。崇められているのは、魔王という魔術を持ったものや魔術師、魔法使いだという。
葬式や結婚式もあるにはあるが、魔術師が執り行なうらしい。
「はー」
エリーニャのため息は止まらない。魔王は神様のようになりたい願望があるため、教会や修道院のような施設はあちこちにあるという。
魔王が神様になりたいだと……。元いた世界の聖書でも、悪魔はそんな願望を持っていた。なんちゃってヨーロッパ風味の世界だが、その辺りの設定は妙にリアルだった。
この国の宗教には絶望しかないが、四季があったり、治安もよく国民の貧富の差は少ないらしい。その点はやっぱり製作者が日本人という事なのだろう。
そしてさらに本のページを捲ると、サトゥ・エリーニャの情報も載っていた。
サトゥ・エリーニャ。16歳の公爵令嬢だが、父親が魔術師と結託し、国王を呪っていた罪により、一家離散。エリーニャは、修道院送りになると書いてあった。エリーニャの性格はワガママで、吊り目も相まって悪役令嬢と陰で呼ばれているという設定だった。
「つまり、俺は修道院に行けばいいのか?」
エリーニャの独り言に返答するように、頭上の小鳥がピーピー鳴いていた。気づくと周りにシカ、リス、熊までも近くにいてエリーニャに懐いていた。確かにエリーニャは元いた世界では、やたらと動物に好かれやすかったが。
「そうか、君たち。この辺りで修道院はしらないか?」
どうもナンチャッテ修道院らしいが、聖職者はいるだろう。事情を話せば、修道院に入れてくれるかも知れない。ナンチャッテとはいえ、同業者であるもの達だ。迷ってる公爵令嬢を追い払うわけがない思った。
とりあえず、今は修道院に向かうのが得策だろう。いくら暴れて叫んでもゲームクリアにならないようだし、本にもその方法は書いていない。
「君たち、本当に修道院の場所がわかるのかい?」
クマがコクリと頷いた。ナーロッパ国の動物は、人の言葉がわかるらしい。なるほど、かなりのご都合主義世界だ。
「じゃあ、案内してくれ。いや、案内してくれますの?」
エリーニャはわざとらしくお嬢様言葉を使ってみた。
普通の人だったら、こんな状況に絶望感を持つだろう。
しかし、エリーニャは元いた世界で牧師をやっていた。肉体ではそうではないが、霊的にはかなりの修羅場をくぐり抜けてきた。悪魔からのサイキックアタックだって何度も打ち負かしてきた。牧師は、呪術的な攻撃も受けやすいのだ。コスパ面で言えば最も悪い職業かもしれない。金は稼げず、日曜日も無い。間違った聖書の教え伝えると、神様から厳しい裁きも受ける。
むしろ、霊的な攻撃と比べればお嬢様の肉体になるゲームなんて面白いではないか?
このまま元の世界に帰れるかは謎だが、この世界も楽しみたい気持ちにもなった。
もしかしたら神なき世界で、神様の事を伝えられるかも知れない。コスパ最悪な仕事をしているのも滅びの道を行く者に神様の事を伝えたかったからだ。金や名誉には変えられない使命である。
「よろしくお願いしますわ」
エリーニャは、恭しくお辞儀をし、クマ達と一緒に森を歩き始めた。