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第3話 漫画の修道院にツッコミ入れてみた

 娘の環奈は、昔から大人しく、あまり反抗的な子供ではなかった。


 やはり、母親の不在が環奈の心に影を落としているのだろうか。片親の家庭の子供の犯罪率などのデータを見ると、胃が痛くなってくる。


「なあ、環奈。勉強はどうだい? 受験も考えなきゃ。どうなんだ?」

「ッチ」


 舌打ちされた。こんな娘ではなかったはずだ。恵理也はどうにか自制心を保ちながら、環奈に向き合った。


 朝する話題ではなかったかも知れない。とりあえず、勉強の話題は地雷みたいなので、ここは踏まないでおこう。


「環奈は、今どんなゲームや漫画にハマってるの?」


 なるべく低姿勢で聞いた。クリスチャンの中には、世にある娯楽に否定的なものも多いが、全部が全部否定はできない。というのも、世にあるものは神様の許可がないと生まれないからだ。一見、下らない娯楽の中にも神様的なものは絶対にある。JPOPも歌詞の「あなた」「君」を「主」「神様」「イエス様」に変えると立派な讃美歌に生まれ変わる。洋画の元ネタも聖書が多かったりする。是非あなたの推し作品に隠れているイエス・キリスト要素を探してみて欲しい。


もっとも八百万の神や魔法を肯定し、呪文が書かれたもの、性描写があるものは悪霊を呼ぶので取り扱うときは注意が必要だ。娯楽を見て100%幸せになったら人間は神様を求めなくなるだろう。だからトラップとして仕掛けてあるのだ。


「え、お父さん。ウチがやってるゲームに興味があったりするの?」

「まあ、そうだな。説教原稿や週報のコラムに何か参考になるかも知れない」


 ゲームや漫画の話題になると、環奈の反抗期は一旦休憩になるらしかった。


 やはり、祈って受け取った答えの通り、こちらから歩みでる作戦で成功のようだった。


「でね、今は『追放された灰かぶり悪役令嬢は、聖女になって隣国の王子にデロデロに溺愛されます』という漫画にハマってるの!」


 ユルフワなタイトルに、恵理也は頭が痛くなってきたが、辛抱強く話を聞いた。


 伊達に牧師をやっているわけではない。信徒からの愚痴や悩み相談を聞き続けたおかげで、恵理也は傾聴スキルが高かった。


 人間という生き物は誰かに肯定されたいのだろう。決して否定せず、相手に話を最後まで聞くのが一番いい。


 食事中だったが恵理也は、咀嚼をとめ、環奈の話に耳を傾けた。


「へぇ。どういう漫画なん?」

「えっとね、ヒロインは異世界転生して、悪役の濡れ衣着せられて修道院送りにされるんだけど、隣国の王子に溺愛されたり」


 機嫌がよくなった環奈は、朝食を食べながらペラペラと漫画について語っていた。しかも一巻を貸してくれて恵理也もサラリとめくっては見たが……。


 ツッコミどころが満載だった。


 特に修道院の描写がおかしい。礼拝堂に十字架があるくせに、何故か子牛の象を拝んでいる。これはバアル(悪魔)崇拝で、十字架を掲げるキリスト教とは全く関係がない。むしろ対立するものだ。


 しかも修道院になぜか隣国の王子が入り込んでいるセキュリティのゆるさ。修道女も恋愛にはまり、中には不倫している設定のキャラもいる。聖書では婚前交渉はいけない事であるし、まして修道院でこんな性的堕落はあり得ない。


 修道着もヒラヒラレースつきのオシャレなものである必要はあるか? バアル(悪魔)崇拝やってるのに、なぜ胸元に十字架の刺繍があるんだ? よく見ると修道女達はネックレスやピアスもしてる。目の大きさから言ってカラコンをしているはずだ。まつ毛も濃く、化粧もバッチリではないか。時々、半裸のような水着シーンがあるのもどうしてなんだ? 食事も肉やチーズ、ケーキやチョコやコーヒーも出てきて修道院の割に豪華だ……。


 そもそも修道院はカトリックのものだ。


 キリスト教には宗派があり、ざっくり二つに分けるとカトリックとプロテスタントになる。カトリックは、ローマ法皇と神父がいて、修道院がありマリア崇敬をするのが特徴だ。一方プロテスタントは、牧師がいて、法皇や修道院はない。カトリックと違い偶像崇拝はしないので、教会は地味で何も置いていない。なぜかこの漫画の修道院は、神父ではなく牧師がいた。


 聖女というヒーリングができる女性もいたが、スピリチュアル系の女性かカルト教祖にしか見えない。ヒーリングができるような聖女は、カトリックにもプロテスタントにも存在しない。


 いるとしたらスピリチュアルかカルトだ。もちろん、癒しの賜物はある者もいるが、聖女として崇められるのは反聖書的だ。聖書では聖なるお方は神様以外いないと書かれている。修道院に聖女がいるのはあり得ない状況だった。これはいわゆる女神崇拝というやつなのかもしれない。キリスト教とは全く関係がない。


 牧師である恵理也は、漫画の設定とはいえ、ツッコミを入れるのに追いつかない。十字架の絵、牧師や修道院という言葉を使わなければ許容できるが、使ってる以上現実のそれとの違いが浮かび上がってしまう。


 ついつい本職モードで、漫画のツッコミどころを環奈に解説してしまった。


「うわーん! お父さんのバカ! 娘が楽しんでいる漫画に本気にツッコミ入れるなんて!」


 すると、環奈に大泣きされた。その上、コーンスープも頭から投げつけられた。


 幸い、スープはぬるくなっていたので火傷はしなかったが、髪や顔はベトベトになった。恵理也の自慢のグレイヘアは、見る影も無い。


「すまん、すまん。お父さんが悪かったよ」

「最低!」


 謝ったが後の祭りだった。


 環奈は情け無い姿の恵理也を無視して、学校に行ってしまった。


 そうか、漫画に正しいツッコミなんていらなかったのか。恵理也はタオルで髪や顔を拭きながら反省していたが、色々と手遅れだった。


「はぁー。娘の教育は難しいな! 聖書的には厳しく叱るのがいいんだけど、環奈はメンタル弱いしなー」


 しかし、恵理也の性格は前向きだった。ここで失敗がわかったのなら、次に活かせばいいのだ。


 次、環奈と漫画の話をする時はリアルなツッコミは入れないと決めた。


 それに漫画のストーリー自体は面白いではないか。今日は面談予定の求道者からはキャンセルがあり、仕事には余裕がある。恵理也は顔や髪を洗い、朝食の片付けやメールチェクなどの雑務を終えると、環奈が持っている漫画を読む事にした。


 環奈の自室は二階にあるが、リビングに漫画やゲームを持ち込んで遊んでいた。恵理也はリビングを片づけるフリをしながら、環奈の持っている漫画を読む。


 確かにツッコミどころは満載だ。特に宗教や教会、修道院の描写は120%おかしかったが、ストーリーやキャラクターの良さに引き込まれた。


 無理難題に果敢に立ち向かうヒロインの姿、敵を許すヒーローの姿は、神様を感じる。漫画を読む終えた恵理也の目元は、涙が滲んでいた。


「う、ぅう」


 元々感情豊かな性格という事もあり、感動して泣くほどだった。恵理也は、感動的な映画は必ず泣くタイプだった。


「あー、いい本読んだわ。ティッシュはどこだ」


 涙を拭うため、ティッシュを探そうとした時だった。リビングに見知らぬ箱があるのに気づいた。


「なんだ、これ?」

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