第2話 恵理也の朝
佐藤恵理也(47)の朝は、早かった。
朝5時に起き、身支度を整えると聖書を読み、祈っていた。形から入るわけではないが、きちんと身支度を整えて祈ると気が引き締まるものだ。それに密かに自分のグレイヘアは自慢だった。きちんと整えと気分がいい。
恵理也は牧師だった。麹衣村という田舎で小さなプロテスタント教会で牧師をやっていた。単立教会で、献金には苦労している所もあったが、教会員のおばちゃんから野菜や卵を貰い、意外となんとかなっていた。
ちなみに恵理也という名前は、旧約聖書の登場人物・エリヤからとられた。旧約聖書の代表的な預言者で、ヘブライ語では「ヤハウェは我が神なり」という意味の恐れ多い名前である。一般の子供より、クリスチャンホームの子供に「え!?」みたいな反応をよくされた。
「神様、日々に恵みを感謝します。娘の環奈の健康や受験もお守りください」
祈る内容は、一人娘の事も多かった。母親を早くなくしたためか、今は絶賛反抗期中だった。元々信仰心も曖昧なところがあり、すっかり礼拝にも出ず、ゲームや漫画にハマっていた。
恵理也は、この状況になかなか困っていた。漫画聖書などを読ませてみようと思ったが、かえって逆効果。教会員の中には、律法的なものもいて、ゲームや漫画を一律にダメだしするものもいて、さらに娘の環奈の心は頑なになっていった。
とはいえ、無理に神様を信じさせるのは良くない。むしろ、恵理也が歩みよった方がいいのかも知れない。祈った後、そんな風にも思えてきた。
「アーメン。神様今日も一日よろしくお願いします」
悩んでも仕方ない。恵理也は、自分の部屋で祈り終えると、朝食を作りに向かった。
キッチンは狭かった。牧師館と併設している部屋に住んでいるため、はっきり言ってぼろ小屋もみたいな家に住んでいた。
教会の礼拝堂も老朽化が進んでいる。新しく作り直すかというのは、教会員の中でたびたび持ち上がる議題だったが、金銭的な面でいつも話が進まなかった。
元々日本では、キリスト教徒自体が少ないし、牧師でお金儲けをするのは、天地がひっくり返っても難しい状況だった。
それでも生きるのには困らないぐらいのお金や食糧はある。住む家もある。文句を言うのは、神様に逆らっている事にもなる。
恵理也は、冷蔵庫にあり菜の花を洗うと、ざっくりと切って茹でた。
この菜の花は、教会員である原田のおばちゃんに貰ったものだ。ぎっくり腰をやってしまった原田をしばらく看病していたら、お礼として庭の菜の花をもらった。
こういう事はよくある。というか、老人の多い自分の教会で、すっかりお手伝い屋さんのようになっている状況だったが。
茹でた菜の花は、マヨネーズとあえ、トーストに挟む事にした。
焼いたパンは、何か特別幸せな香りもする。
「よし、できたぞ!」
食卓の上には、菜の花にサンドイッチ、ヨーグルト、コーンスープで彩よく仕上がった。
コーンスープは、インスタントだが、悪くも無いだろう。
恵理也は元々全く家事をせず、妻が死んだ時から料理には苦労していたが、最近ようやく出来るようになっていた。
一人だったらコンビニや出前で済ますかもしれないが、育ち盛りの娘の環奈がいる。料理ができないとは言えない状況だった。最初は大変だったが、意外と慣れれば何とかなるものだ。
「環奈! 飯できたぞ!」
そう大声で言うと、二階から環奈が降りてきた。
「おはよう、環奈」
「ふーん」
反応が薄いが、食卓に座って食前の祈りをし一緒に朝食をとり始めた。