堕としてからが勝負
短め
無事にツナちゃんは登録者を急増させた。
謙遜無しで私とツナちゃんの努力の甲斐があった。私だけじゃツナちゃんは伸び悩んでいただろうし、ツナちゃん一人だと道は切り開けなかっただろう。
これぞまさしくVtuber同士の助け合い。一種のてぇてぇだね。私もぐっと来たよ。
「同じ箱内で登録者に差がつくのは困るもんね。会社的にもライバーの精神的にも」
うちの肥溜めは癖が強く、独立性が高いからそこまで数字というものを気にしていないだろうけど、企業勢として利益を還元しなければならない。遊びでやっていない。誰もが本気でVtuberを楽しんで、工夫をこらしている。
私だって自身の願望を武器に、新人ながらVtuberとして頑張っている。
一リスナーとして視聴者のニーズに応えることもできるし、これまで様々な努力を養ってきた。これは私が誇れる事実だ。
「ふむふむ、コラボがメインといってもね。アポが取れなきゃどうしようもない」
ツナちゃんとのコラボから一週間が経ち、その間に一回だけソロで配信を行ったが、何か物足りないと思ってしまう。
リスナーは満足してたけど、私の性質的にはコラボで輝くと思うんだよね。少し厄介だな〜。
むむむ、と悩みながら案を練っていると、ちょうど良いタイミングで全智さんから【ザ・コード】の通知が入る。
ーーー
全智『コラボしよう』
花依『構いませんけどいつですか?』
全智『明日』
花依『明日ァ!?』
ーーー
「いやいや急すぎない?」
全智さんも私が高校生であることは知っているはずだ。
だからこそ土曜日を狙ったのだろうけど……いくらなんでも急……ってツナちゃんの時も翌日やったっけ。あんまり人のこと言えないじゃん、私。
「まー、でも渡りに船だね。まさか全智さん側から誘ってくれるとは思ってなかったケド」
全智さんは今までコラボは受け身だった気がする。
どこか一線を引いている感覚があったから、今回、私を通してその壁を少し壊してくれたのだとしたら……望外の喜びだ。
私は一応予定を確認して、白紙であることに遠い目をしながら了承の返事を入れた。
……いやね? いつVtuberの仕事とかコラボ入るか分からないから、敢えて空けたんだよ、うん。決してクラスメイトからハブられてるわけじゃなくて。
本当だから!!
「いやいや、余計なことを考えるなよ私。とりあえず全智さんとのコラボ対策をしなければ」
コラボの内容に関しては私に一任するらしい。結構大役だなぁ……変なことしても怒らないと思うけどね。
「この前のコラボで全智さんは堕とすには堕とせた。だけど日が経つにつれて堕ちメーターは下がっちゃう。だからこそ! ……完堕ちさせねばならない……ッ!」
鬼気迫る様相で私は力強く呟く。
私の夢のため。それは堕として終わりじゃない。
いわば────堕としてからが勝負。
☆☆☆
Side 全智
「今日は花依が来る。ぶいっ」
コメント
・珍しく普通に可愛いと思ってしまった
・久しぶりにママが帰ってくる娘かな?
・待ちきれないのが画面越しに分かるわw
・可愛い
・本当に堕としたんだな……
・イィ……
・しみじみとしてて草
なんのことだろう。
私はただ楽しみなだけ。
私が理解できない唯一の人、後輩の花依琥珀。本名は知らないし興味もない。
彼女は温かい。陽だまりのような笑顔と、困ったように苦笑する花依を見ると、胸がきゅうってなる。
分からない。
前回コラボした時に、花依はこの世界の誰よりも輝いて見えた。
片付けてくれたから?
ご飯を作ってくれたから?
ちがう。
花依は私を私として見てくれた。
固定観念なんかない。あるがままの私として見てくれた。
笑ってくれた。その温もりで触れてくれた。
私にとってたった一回でも、初めてだから。
だから、楽しみ。
でも、胸の奥にある燃えるような熱い気持ちはなんだろう。
私はその感情を知らない。
知ってしまえば戻れなくなりそうだから。
Side out
☆☆☆
相変わらずでかいなぁ、と全智さんの住むタワマンに呆れつつも慣れた……と言っても二回目の扉を潜る。
こんな家に住めたら……とは小市民の私は思わないけど夜景は綺麗だろうなと思う。
「なかなか重いねぇ、これ。買いすぎちゃったかな」
両手に持つスーパーの袋は、ギチギチに食品が詰め込まれていて、私のか弱い細腕(握力50kg)が微かに悲鳴を上げる。
スタイル重視でそこまで筋肉つけてないのが仇になったか……!
さて、もちろんこれはコラボで使うモノである。
また私が料理すると思ったよね?
ふふふ……ちょーっと違うんだよねぇ……。