違和感
「あの……ごめんなさい」
「はえ……。何がですか?」
スク◯ームの仮面は可愛いよね、と自分を納得させた後、プロミネンスさんは小さく頭を下げて謝ってきた。
私は一瞬ポカンと口を開けて呆ける。
何に対する謝罪なんだろう……顔を見せないことだとか……? それならまったく謝る必要なんてない。
可愛いから着けている。
それすなわちファッションなり。
ファッションという言葉を聞いたら大体の人は、流行とかお洒落とか……多少ハードルの高いモノを思い浮かべるかもしれない。
まあ、ファッションは流行って意味だから別にそれ自体は間違っていないんだけれど、要は重く捉える必要はないと私は思う。
好きなら自分の好きを貫き通せば良いし、無理に流行という言葉に囚われて自分を失くしてしまえば意味がない。
勿論だけど、私は華のJKというヤツで、流行には敏感だという自負がある。
だからこそ、流行に囚われることが間違いなんて言わない。
でも、自分の"好き"にはいつだって素直でいた方が良い。
その方が人生楽しいじゃん?
──誰よりもこの箱が好きだから、私は私の意思で堕とそうとしているしね。
お陰で人生超ハッピーだよ。
……と、ここまで前置きしていながら、プロミネンスさんの謝罪の理由は全然違った。
「前に打ち合わせブッチしたこと……知らない人と話すってなったら急にエグいくらいに腹痛が襲ってきて……」
「体調不良なら仕方ありませんし、私は別に怒ったりしてないですよ?」
なるほど。そのことだったんだ。
てっきり私はコラボを拒絶していたことと、打ち合わせのドタキャンが関係していると思ってたんだけど、普通に腹痛だったみたい。
……ん〜、となると、コラボをしない理由の一つに人と関わることが苦手というのはありそう。
まあ、私みたいにコラボしかしないよ〜、ってスタンスのVTuberのほうがぶっちゃけ少ないからね。
ソロ配信は得意だけど、コラボは持ち味を出せないって人も中にはいる。
プロミネンスさんも恐らくその類いなんじゃないかと思う。
……でも、何か違う。
確信はないけど、私には《《記憶》》がある。
前世のプロミネンスさんは、未来に現れる三期生とのコラボをドタキャンした境に活動休止。
そしてそのまま事前告知もなく卒業してしまった。
人と話すことが苦手であることだけが原因とは私には思えない。
……予測でしかないし、すでに私というイレギュラーがいる以上は、平行世界と思ったほうが良い。そう常に自分に言い聞かせている。
必ずしも、同じ未来が訪れるとは限らない。
けれど……どうにも私は不安を拭うことができなかった。
☆☆☆
私に謝って以降、再び寡黙になってしまったプロミネンスさん。
会話の取っ掛かりを得ようとした私だったけど、運悪く時間が来てしまいマネージャーが呼びに来た。
これ幸いにとそそくさと部屋を飛び出してしまったプロミネンスさんを追う理由は、私には残念ながら無かった。
……うーん、さすがツナちゃんをファッション陰キャだと言い締めたプロミネンスさんだ。脱出の動きに一切の淀みがなかった……。
なんてどうでも良い感想を覚えつつ、私はハァとあんまり吐かないため息を吐いた。
ため息は幸せが逃げるとは言うけど、空気を吸っても幸せが補給されるわけじゃないからな〜……。
「その様子だとプロミネンスさんとはあんまり話せなかったみたいですね」
「会話ができなかったわけじゃないんですけどね。上手く噛み合わなかったというか」
「え、会話できたんですか……!? 流石花依さんですね……私が電話掛けても一言も喋らないですよ、彼女」
どうやって意思疎通してるの……? むしろそれで連絡取ってるマネージャーさんのほうが凄いと思うんだケド。
この前知ったけど、マネージャーさんは私達二期生とプロミネンスさんの担当らしい。人手不足極まりだね……。
というか、マネージャーさんに思いっきりため息を吐いた瞬間を見られたようだ。……うーん、ネガティブな感情はあまり出さないようにしないとね。
この場合は私自身の不甲斐なさから来るため息だケド。
「それでもマネージャーはプロミネンスさんに一切悪感情を抱いてないでしょ?」
やれやれと笑うマネージャーさんだけど、それは決して愚痴ではない。
プロミネンスさんのことを語るマネージャーの目は慈しみすらあって、どこか誇らしげでもあった。
私が微笑みとともに送った質問に、マネージャーは微かに隈の残った目元を綻ばせながら堂々と答えた。
「当たり前じゃないですか。──推しですよ?」
「あはっ、マネージャーも大概浮気性ですね?」
さすが我らが肥溜め。
演者もクセが強いけど、運営陣もクセが強い。
じゃなきゃ私達を支えることは無理だもんね。
☆☆☆
Side???
真っ黒なカーテンに覆われた部屋。
雑多に物が広がる真っ暗な空間を、煌々とパソコンの光が照らしている。
そこには、ただ一人、物憂げな女性がいた。
ぼーぅっと画面を眺める彼女は、爪を噛んで顔を伏せた。
「私は結局……うそつき」