事務所でのいつもの出来事
次の日になった。
微かな緊張はあったけど、ベストコンディションで挑まねば意味がない、としっかり寝ることができた。
……いや、まあプロミネンスさんに初めて会うってだけなんだけどね?
私にとっては前世から知ってる憧れの人でもあり、直近のドタキャンと前世の出来事的に若干懸念点もある。
勿論会うことに対する緊張は無い。コミュニケーション能力を鍛える過程において、緊張を消すことはできずとも、緊張を気合いで抑えることはできた。
「うーん、どんな格好で行こうか」
要は第一印象を良くしたいという腹づもりである。
人は見た目で第一印象が決まる。というか、初対面だとそれ以外に判断基準が無いよね? って話。
だからこそ第一印象の要である服装には気を使いたいのだ。……派手すぎないほうがいいかな?
私の偏見が混じってるプロファイリング的には、プロミネンスさんは何らかの問題を抱えていて、それは恐らく人前に姿を現すことに関係しているんじゃないかと思う。
例えばコミュニケーションに難を抱えているとか、何かのコンプレックスがあるだとか。
当然これはあくまで私の勝手な予想だから、そうだと断じた上で会うことはぜっったいに無い。
ただ、《《もしも》》そうだった時のために、派手な服装よりは落ち着いた……コンサバ寄りの服装のほうが相手に良い印象を与えるんじゃないかなぁ、って感じの予測。
私は会う人によって結構服装を変えていたりする。
流石に初対面だとあくまで予測でしかないが、二回目以降は絶対ではないけど会う人に服装を合わせている。
例えばクラちゃんと会う時は、派手さを控えたような服装にしている。
クラちゃんはドレスとかワンピースを好む傾向にあるから、どうしても目立ってしまう。
そこで私も主張した服装にしてしまうと、隣を歩く時に服装同士が喧嘩してしまうのだ。
つまりは、私は敢えて主張しない服装に着飾ることで、クラちゃんという存在の引き立て役になることにした。
ファッションって奥が深いんだなぁ、と転生してようやく自覚したことの一つだよね。
今となってはコーデを考えたり、私という美少女を高めることに快感を覚えたりしているケド。
「まあ、無難にこんな感じで良いかな〜」
白ニットにベージュのロングスカート。
しっかり冬でめっちゃ寒いので、上からコートを羽織って防寒対策をする。
全身淡い色のコーデで、かなり落ち着いた服装だと鏡を見て思う。
「……ふぅ、行くかぁ」
私は扉の前で深呼吸してから意気揚々と外に出た。
☆☆☆
事務所に着いた私は、すっかり慣れた足取りで目的地まで向かう。
その途中の休憩スペースで、私はとあるツナ野郎を発見した。
「あれ? ツナちゃんじゃん。早かったね」
「ひぅっ! は、花依さん……あ、あの接近禁止はどういう……」
「ん? あ〜……解除! ヨシ!」
「か、軽い……あの後すごい悩んで寝れなかったのに……」
そういえば昨日ツナちゃんに接近禁止令を出していたことをすっかり忘れていた。
まあ、ツナちゃんは何も悪くないので謝っておこう。……ただでは謝らないケド。
私は徐ろにツナちゃんに接近し耳元で囁く。
「昨日はツナちゃんのことばっか考えちゃってさ……どうしても連絡したくて適当な嘘吐いちゃった……」
「いやワードチョイスぅ……っっ。そ、そんな耳元でASMRしても私には効きませんからね……っ!」
おや、強敵。マネも堕とした私自信の囁きが通じないとは思ってなかった。
……うーん、まあしっかり顔も耳も赤いしまったく視線が合ってないから動揺してないことは無いと思うんだけどね。
私はツナちゃんの頭をがっしり掴んで、無理やり目を合わせる。
「こっちみて」
「はぅあっ……が、顔面が毒だからむりですぅ……!」
「さびしいなぁ……」
私は声のトーンを落としてしょんぼりした表情を作る。
すると、騙されたツナちゃんが私の目を見た──瞬間、私にできる最高に魅力的な笑顔を披露する。
「アッ」
ツナちゃんは断末魔をあげて、速攻で白目を剥いて気絶した。
「おっとっと」
当然立ったまま気絶したツナちゃんが床に倒れるのを、私の体で抱きとめることで阻止する。
うーん、身長高いから私の顔面がツナちゃんのおっぱいで埋まってるんだけども。
眼福。まあ、見えないけど。
「は、花依さん? 事務所でそういうことをするのはちょっと……」
「あ、ツナちゃんが気絶したから支えてるだけですよ」
「逆に気絶するシチュエーションが気になるのですが……想像はできますけど」
通りかかったマネージャーが私たちの姿を見てギョッとした顔で注意をしてきたが、私が即座に否定すると微妙な表情で固まった。
確かに思いっきり抱き合ってるみたいに見えるか。……というか遂にコイツやったか、みたいな表情なの釈然としない。
ん? というかマネージャーの目元……。
「そういえばマネージャー、隈ちょっと消えました? 家に帰れたとか?」
「あぁ。花依さんの安眠ボイスのお陰でグッスリ事務所で眠れましたよ! ありがとうございます!」
「帰れてないんだ……」
隈がマシになったから家に帰れたのかなとか思ったけど全然そんなことなかった。
人手が足りてないのは知ってるけど、あまりに重労働すぎるから何とかしてあげて……。
噂だと社長も激務で死にかけてるらしい。まあ、マネージャーがこんなに忙しいんだから社長がもっと忙しいのは当たり前か。
「いやぁ、こんなにも事務所で快眠したのは初めてですよ。同僚にもボイス配布したら泣いて喜んでました」
「大丈夫かなこの事務所。……いつもお世話になってます……」
「ライバーを支えるのが私たちマネージャーの仕事ですから」
そう言って笑うマネージャーがめちゃくちゃ神々しく見えた。過労死しないか本当に心配だけども、どうやら人手の募集は掛けてるので、多分時が経てばマシになるだろう。
「あ、プロミネンスさんはすでに事務所にいらっしゃってました。階段上がって右手の部屋に控えているのでお願いします」
「分かりました〜。じゃあ、ツナちゃん適当に寝かせたらすぐ行きます」
「了解です〜」
そんなやり取りを交わし、私はツナちゃんをお姫様抱っこしながら事務所にある仮眠室まで運ぶ。
お姫様抱っこして運ぶことに何の疑問も呈されなかったし、途中で会ったスタッフさんたちも一瞬ギョッとしたけど私の姿見たら納得してたんだけどそれで良いのか肥溜め。
女の子をお姫様抱っこするためと、女の子に作る料理の食材の買い出しで疲れないために、私は筋トレもしっかりしている。
「よし。気絶させたのはやり過ぎだったかぁ。反省しないと」
ツナちゃんの嫌がらない範囲はわりと心得ているけども、その範囲が変わる可能性も多分にある。
ラインを見極めながら接しなければと、ツナちゃんの頭を撫で撫でしながら私はそう思った。
超絶大事な告知をします。
本作の書籍版の《《2巻》》が12月27日に発売されます!!!
あれ? 2巻出るならweb版更新できたよねぇ? と思った読者の皆様に大切なお知らせです。
《《web版の途中から内容が分岐》》します。
展開もキャラの性格も書籍版とweb版で乖離がございます。
具体的に言うと、七万字ほど書き下ろしです。
学力王決定戦をする、というコンセプト自体は変わってませんが、その内容がまるっきり違います。
正直に申し上げると、改めてプロットを練り直して死ぬほど頑張って書き上げた書籍版のほうが、この作品らしく書き上げられたかな、とも思うのですが……web版は遅々ながらも更新を続けます(はよ学力王決定戦してぇよ……)。
皆様にはお願いします買ってくださいとしか言えません。
3巻も出したいので……。
すでに各種サイトでは予約も開始しておりますので、予約……または発売後店頭でのご購入を検討していただきますと幸いです……!!