メスガキ演技系Vtuber
遂に。遂に辿り着いた。道のりは険しく遠かった。
0歳児から苦節十六年。
優しい両親にゴマをすりながら頼み込み、習い事や勉強に邁進する日々。小中学校は適当に優等生の皮を被りながらフフフと微笑んでいただけである。
技術を習熟させ、推しの所属するVtuber事務所を受けて一発合格。これには全身という全身から涙をこぼして大絶叫だった。──両親に精神科医に連れてかれた。
ともかく、私は第一目標を達成したのだ。
規約やらガワやら色んな些事を終わらせ、遂に今日は念願のデビューの日である。
「緊張するぜェ……。おっと前世口調が。いけないいけない」
性自認は男のつもりだが、話し方も所作も女性として板についてしまっている。社会で生きていくには悪いことではないとはいえ、元が男であるから若干微妙な心情だ。
今のようにふとした時に男口調が出てしまうことはあるが。
いけない、と自分を戒めつつ機材を確認しながら配信待機画面を眺める。
「うわぁ……もう二万も同接あるし……。企業勢だけあって人数多いな」
配信五分前で二万人。
二万人が配信を見ようとしている。途方もない数字に、あまり現実感がない。今一想像もできないからね。
こんなに多いなら緊張するのも……まあ仕方ないでしょ。
だが! 失敗は許されない。
この緊張感を楽しさに変換して見せつけろ! 私という存在を、全世界に!
今の私は生身の夢見蓮華じゃない。
私は──花依琥珀だ。
私はアバターを画面に投影する。
現れたのは、腰まであるピンク色の髪をツインテールにまとめ、人好きする笑顔を浮かべた少女だ。人懐っこい性格をしていそうな少女は、はにかむとチラリと八重歯が見える。
極めつけはドンッ! と存在感を発揮する豊満なおっぱい。
どこからどう見ても男の理想を詰め込んだユートピアならぬハッピーセットである。
衣装は魔法少女をイメージしたピンク色のドレス。スカートは膝丈くらいで、背中には真っ白な羽が二対はためいている。
コメント
・おお、カワイイ
・これは……いけませんねぇ…(゜A゜;)ゴクリ
・早速変態湧いてて草
・清楚系か後輩キャラとみた
流れるコメントに目を移しながら、私はVtuberとしての道を踏み出す。
「はい、みなさんこんにちは! 肥溜め所属の二期生! キラメク魔法をあなたにお届け! バーチャルミーチューバーの花依琥珀ですっ」
アバターの設定も、もちろん魔法少女だ。
配信活動をしながら世界の平穏を保っている的な。
基本設定さえ守れば後は何をやらかしても良いのが肥溜めの特徴。やらかしまくるぜ。
コメント
・あらカワイイ
・肥溜めらしからぬ清純な空気
・ん?自分で肥溜め所属っていった?
・マジじゃんw
・公言したの初じゃね?www
・いや、草
・自分の所属する事務所を平然と肥溜め扱いする女
「魔法少女嘘つけないから。肥溜めを肥溜めって言って何が悪いのさ。愛称みたいなもんでしょ?」
コメント
・イジリ8割やろw
・素直w
・嘘つけない設定は草
・肥溜めの片鱗が見えた
私は肥溜めってあだ名好きだけどな。愛されてるって感じがあって。
公言したの何気に初らしいけど私のマネージャーも言ってたし大丈夫でしょ。多分。
少し話したけど思ったより緊張しない。本番に強いかも。練習通り不快にならない程度に収めた甘い声を出している。これがキャラに合わせた最適解の声だ。ボイトレ最高。
「まあ、何はともあれよろしくね! どうやら二期生初めての配信は私みたいだけど、責任重大だね」
コメント
・らしいな
・明日と明後日だっけ
・最初はアタオカ度が低いやつからってことか
・ありえる
「今日は初配信ってことで、みんなにキラメク魔法をお届けしようかなって。──一つ良いことを教えてあげるよ」
声を低くして格好良くなるように調整する。イメージとしては麗しい男装の麗人的な。
コメント
・お?え?
・人変わった?
・キラメク魔法とは
・声変えたんか?
コメント欄は少しざわついている。
まあイメージをガラッと変えたからね〜。
「推しのVtuberとイチャイチャする方法……知りたい?」
知りたい、だけ声を元に戻す。
悪戯をするように。声に若干笑みを含ませる。
コメント
・知りたいです
・仕方ないから聞いてやるよ
・そんな方法があるならな!
・なんでちょっと喧嘩腰なんだよ、お前ら
・え、他企業の推しとイチャイチャできるって!?
・裏切ってて草
「素直だなぁ! 欲望に忠実かな? ……ふふ、でも教えてあげよう。どうしようもなく性欲に忠実な君たちに啓蒙を授けよう!」
コメント
・キャラが右往左往してる
・嘘だ!清楚キャラが性欲とか言わないもん!
・(清楚とは言って)ないです
・で、なんや
・はよ教えろ
私はスンッと表情を真顔に切り替え言った。
「男性諸君。TSしよっか。女になればイチャイチャできるよ。後は頑張ってコミュ力鍛えよ」
コメント
・はぁ!?
・できるわけねぇだろ!
・最後投げやりで草
・さも当たり前のように無理難題押し付けないでもろて
「できるでしょ〜? 気合でさ。君たちって性欲でしか行動できないんだからさ。少しはそのリピドーを努力に向けよ? クソ雑魚さん♡」
今更言おう。
──私はメスガキキャラで覇権を握る。
コメント
・なんだぁこのメスガキは……
・やっぱ肥溜めだったわ
・ムカつくのに声の出し方が可愛すぎる
・ワイらのドM精神に火をつけんな
「あ、それと、私の目標を話しておくよ」
コメント
・まだなにかあるのか
・変なの来そう
「肥溜め所属のライバー全員堕とすこと♡」
コメント
・それ絶対落とすじゃなくて堕とすですよね……
・草
・メスガキ魔法少女ガチレズ変態とかマジかよw
・キャラ濃いわ!
「みんなは精々歯痒く私達のてぇてぇを見ながら吐血してるといいよ。……まあコラボメインってことかなぁ」
コメント
・ガチでハーレム築く気じゃん
・肥溜めにはなかったてぇてぇが見れるのか……?
・あの変人たちをまとめられるわけないやろ
・さすがに難しいって
コメントは面白がっているのがほとんどだが、さすがに無理だろというコメントが後を絶たない。
というか、こんな発言は大概炎上しそうだけど、肥溜めリスナーは変人耐性が高く、またてぇてぇに飢えているため炎上しない。ネタがあれば危険でももっとやれやれと助長するような奴らだ。面構えが違う。
ちなみにこの発言は大体本気である。
堕とすと言っても難しいだろうし、協力してもらっててぇてぇ雰囲気を出すのが精一杯に違いない。やるからには本気でやるけどガードは堅いよねぇ。
「最初は全智ちゃん堕とすよ! コラボ許可はもらってるから、四日後にまた会おうね!」
コメント
・初手から難易度ルナティック選ぶなw
・敢えて難しい方から行くのか
・全智はやめとけw
・クールゴリラがデレることはない……
「難しいのは分かってるけど、だからって諦める選択肢はないよ。──こっちは遊びでやってんじゃねぇんだよ」
秘技、ガチトーンボイス。
私は声関係を鍛えた結果、ある程度ならどんなイメージの声も出せる。
嗄れた老婆も元気いっぱいなロリも、妖艶な美女も。
そう。私はどんなキャラでもこなすことができる。
数ある中から私は最終的にメスガキを選んだ。
なぜか。
このキャラならば、何かをやらかしても生意気で済むからである。
メスガキは生意気と純真無垢のハイブリッドだ。
好奇心が強くて物事を知っているようでいるから人を煽る。配信者的にも一定の人気を誇るしちょうどよい。
コメント
・ひぇっ
・鳥肌立った
・かっこよ
・急に格好良いじゃんw
・サラッと流してるけどこの音質の変化ヤバい
・企画内容としては面白いなw
・個人的に全智とのからみは見たい
「まあ、そんなわけで頑張るね〜。みんなも応援よろしく!」
初配信は短めに。
それが事務所の方針だ。
簡潔に、それでいて自分のキャラと目標を伝えて視聴者に興味を持たせる。
放任主義なくせして自社のライバーを伸ばすノウハウだけは一流なのなんでかなぁ〜。
「じゃあ、また会おうね」
そして私は花依琥珀から夢見蓮華へと戻る。
ヘッドセットを取り外して一段落つく。
「疲れたぁ……。丸っきり演技ってわけじゃないけど疲れるな、これ」
元男の私が媚び媚びな甘い声を出すのは相当イタイ。しかし、夢のためにどんなことでも犠牲にする覚悟を持っているから、薄氷を踏む程度の犠牲ならお茶の子さいさいだ。
「全智さんか……」