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よく分かんない作品集

全裸のまま最寄りの自販機にコンポタを買いに行こう選手権!

作者: 七宝

 どこからともなく、奴は現れる――


 ある秋の日の夜更け、世間が寝静まった頃にある大会が開かれていた。その名も、『全裸のまま最寄りの自販機にコンポタを買いに行こう選手権』だ。

 この大会はネット上で開催されており、参加選手はカメラを片手に実況しながら、自宅の最寄りの自動販売機でコーンポタージュ缶を購入し、帰宅する。家に帰るまでが遠足と言うが、この大会の場合は全裸なので、家族がいる者は誰にも見つからずに自分の部屋に戻らなければならない。


 1人目の参加者はこの男、咲田。今大会で最も自販機までの距離が近い選手だ。歳は明かさない決まりだが、恐らく20代前半とみられる。かなり小柄で顔も幼く、下手すれば子どもに見えてしまうかもしれない。夜中なら尚更だ。


「みなさん、応援よろしくお願いします!」


 開始の挨拶もしっかりしている好青年だ。しかし、今回の彼の出場にあまり乗り気でない参加者もいる。前大会優勝者の山本だ。彼は前回出場した中で最も自販機が遠い選手だったのだ。自販機自体は家の前にあったものの、コンポタが置いていなかったのだ。


「山本さん、やはり貴方は僕の参加をよく思っていないようですね」


 咲田が肩に付けている小型マイクに向かって言った。モニター越しに見ていた山本が反応する。


「ああその通りだ。さすがに60mは近すぎる。前回俺は1800mだった」


 誇らしげに山本は言った。


「貴方を納得させなければ優勝したところで意味はないと思っています。なので僕は、大声で歌いながら行きます」


 その瞬間、中継を見ていた全員が息を飲んだ。先程まで不満を抱いていた山本もハッとしている。少し考えたあと、笑みをこぼした。


「1人目からこんな面白いやつが出てくるなんて、今年はすげぇなあ。もう文句は言わねえよ、派手にやってくれ」


 敵ながら天晴れ、と山本も認めた。場は落ち着きを取り戻し、全員が鑑賞モードになった。


「僕はまだ実家暮らしなので、父と母と妹がいます。なのでこの部屋がゴールですね。それでは行かせていただきます、スタート!」


 景気よくスタートを切った咲田。時刻は23時40分。深夜ではあるがまだちらほら人がいる時間なので、ここが1番手の辛いところだ。


 家を出た咲田。ここからが本番だ。60mと言えど気を抜いてはいけない。誰かに見つかった時点で一発アウトなのだ。人生が終わる。


「おいらは黒ひげ! 海賊黒ひげ! しましまシャツゥがお気に入り〜」


 宣言通り大声で歌い始めた。実に楽しそうだ。自販機との距離、約40m。


「ポンポン ポポンポン 黒ひげポン! ポンポン ポポンポン 黒ひげポン!」

 

「きゃーっ!」


 突然の悲鳴に持っていたカメラがブレる、がすぐに持ち直す。カメラには中年の女性が映っている。まだ始まったばかりだが、失格となってしまうのか。


「⋯⋯ごめんね、大声出して。ボク、この辺の子? なんで裸なの?」


 どうやら子どもと勘違いしているようだ。小柄な咲田の容姿が活きた瞬間だった。騒がれなければ失格にはならないので、この場合は続行する。


「この辺の子なんですけど、迷子になっちゃって⋯⋯」


 なんとか切り抜けようと咄嗟に嘘をつく咲田。この選択が吉と出るか凶と出るか。


「かわいそうに、こんな時間だし私が警察に案内してあげるわね。さぁ、行きましょ」


 咲田の手を引いて歩き出す中年の女性。世の中優しい人間がたくさんいるものだ。だが、その親切な行動を受けた彼を待つのは逮捕の2文字。


『咲田さん、失格です』


 失格のアナウンスが入った。本来ならここで審査員の採点と講評があるが、今回は失格なので講評のみとなる。


『小さな身体と幼い顔のおかげで子どもに間違われるというミラクルが起こったものの、下手な嘘をついてしまったのが仇となってしまいました。あとやはり、大声で歌っていたのも敗因かもしれませんね。真っ暗な道だったので、声を出さずコソコソしていれば見つからなかった可能性もありました。それでは次の方、どうぞ!』


 2人目の参加者に中継が繋がる。プリティ小川と名乗る経歴不明の選手だ。大会開催3年目にして、初の女性参加者である。推定30歳といったところだろう。プリティと名乗っているだけあって整った顔立ちをしており、スタイルも良い。


「あんた達に格の違いってものを見せてあげるわ。さぁ、行くわよ」


 全くの無名の初出場選手の強気な言葉に動揺を隠せない一同。しかし、参加者も視聴者も全員男であるため、彼女の身体を見ると許してしまうのだった。


「オーッレはジャイア〜ン! がーきだいしょ〜」


 特に歌わなければいけないという縛りはないが、なぜか歌いはじめるプリティ小川。今大会のハードルを上げるための作戦なのか、はたまたルールを理解していないおバカなのか。


「えっ!」


 開始1分、20代と思われるサラリーマン風の男に見つかった小川。ここをどう切抜けるかで今後の展開が変わっていく。


「ねぇ君、今度私と遊ばない? これ、アタシの電話番号。よ・ろ・し・く」


 男は目をハートにして去っていった。恐るべき女の魔力だ。小川は何事も無かったように歩いていく。自販機との距離、約100m。


「きゃーっ! 変態!」


 女性の叫び声だ。小川と同じくらいの歳のようだ。


「これアタシの電話番号。よ・ろ・し・く」


「いや、意味分かんないから」


 警察を呼ばれてしまった。


『プリティ小川さん、失格です』


『男性に対する作戦は良かったと思いますが、女性に出くわした時のことを考えていなかったのか、男性用と同じ手口で丸め込もうとしました。それが敗因となりましたね。あと、なんで歌った。次の方、どうぞ』


 3人目は今回の目玉選手、バーサーカー大崎だ。この男は昨年も出場しており、好成績を残している。この男は自ら年齢を明かしており、本人は33歳と言っている。筋骨隆々のその肉体を見た者は、そのあまりの美しさに見とれてしまうという。


「ちったぁ骨のあるやつは居ないもんかねぇ」


 家を出た大崎は100m先の自販機へと一直線に向かう。大会前のインタビューでは、100mなら10秒で行けると言っていた。


「コンポタコンポタっと〜」ポチ ガコン!


 開始20秒ですでにコンポタを購入している大崎。自販機の前で缶を振っている。去年は優勝こそしなかったが、点数は山本に次ぐ2位だった。


「あー、うめぇなぁ」


 なんと、自販機の前でコンポタを飲み始めるという暴挙に出た大崎。自販機の前は明るいので、買ったらすぐにその場を去るのが定石となっている。ライトアップされた大崎の筋肉は輝きを放っていた。


 口を開けて上を向き、缶を揺らしている。間違いない、あと2、3粒が落ちてこないというあるあるに陥っている。目を見開き、鼻息を荒らげている。


「ちょっと君、署まで来てもらえる?」


『バーサーカー大崎さん、失格です』


 ここでアナウンスが入った。


『大崎さん、後一歩というところで捕まってしまいましたね。足の速さ、自販機の前で飲む心の余裕、全てにおいて完璧レベルでしたが、最後の粒を出そうと集中しすぎたせいで警察官の接近に気づけませんでした。やはり完璧な人というのは少し狂うと全て崩れてしまうのでしょうか。では、次の方どうぞ』


 4人目の参加者はこの男、サイクロン大崎だ。バーサーカー大崎の弟という情報が入っているが、兄とは対称的でガリガリである。サイクロンは結婚して持ち家に住んでいるのでバーサーカーとは違い、自販機との距離約80mと今大会2番目に近い。


「いっちょ"魅せ"ますか」


 家を出たサイクロンは逃げも隠れもせず堂々と自販機へと向かってゆく。何事もなく到着し、コンポタを購入。そして飲まずにそのまま帰宅する。


『ゴール!』


 今大会初のゴールである。


『特に目立った技や作戦も無かったため、ただ単に運が良いのと近いことが勝因と思われます。よって採点も厳しくし、6点とさせていただきます』


 100点満点なのでこの上なく低い点数といえるだろう。自販機が極端に近く、芸術点がないとこれほどまでにつまらなくなってしまうのか。


『最後の方、どうぞ』


 最後の参加者は前回王者のこの男、山本だ。バーサーカー大崎に負けずとも劣らない筋肉、人が来るのを見越して闇に潜む頭脳を併せ持つ。距離は去年と変わらず1800m、ゴールすれば優勝間違いなしだ。


「俺の力を見せる時が来たか」


 山本は自信ありげな表情を浮かべている。カメラを片手にマラソンの要領で走ってゆくその姿は、まさに龍。王者の風格といったところか。時刻は午前2時を回っているため人通りも少ないと思われる。まさに鬼に金棒だ。


「くそ、あの女め! どれだけ貢がせりゃ気が済むんだよ!」


 えらい剣幕の中年男性が前から歩いてくる。いきなり殴りかかられるのではないかと思うほどの怒りを感じる。


「まあ見ててくださいよ」


 そう言うと山本は呼吸を止め、歩を止めた。彼の得意技『ヤマモト・イン・ザ・ダーク』だ。息を殺し、音を殺す。それが闇を生む。どれだけ人が通ろうと彼に気づくことはない。


「さあ、続き行きますよ」


 順調に進んでいる山本。その顔からはまだ余裕の表情が読み取れる。


「くそ! なんであんな男と浮気なんて⋯⋯! 俺の何がダメだっていうんだ!」


 また同じようなタイプの人が歩いてきた。この道は女に騙された中年男性が通る道なのか?


「フッ⋯⋯」


 先程の要領で技を披露する山本。


「ターマ、ターマ、ターマママーン♪」


どこからともなく聞こえる歌。


「まずい、この歌は⋯⋯なんでこいつが!」


 山本は聞こえてきた歌に聞き覚えがあるようだ。

 

「ターマ、ターマ、ターマママーン♪」


 どこからともなく、奴は現れる。全身に電球をつけ、周りを際限なく照らす。その名も『全身タマタマ発光男』だ。このゲームのジョーカー的存在であり、この男が出現したからには最後まで明るい状態でプレイしなければならない。


「あんな男のどこがいいってんだよ! どう見ても俺の方がイケメンだろうが! ⋯⋯ん? 光?」


 女に騙された中年男性が全身タマタマ発光男に気づいたようだ。そして、その隣には山本がいた。


「変態が2人いる! 女に裏切られて、真っ裸の変態とピッカピカの変態に遭遇するなんて、なんて日だ!」


 男はすぐさま警察に連絡を入れた。


『山本さん、失格です』


『前回の優勝者らしいパワフルなプレイでしたが、全身タマタマ発光男に出くわすとは運が無かったですね。ということで、優勝はエントリーナンバー4番、サイクロン大崎! おめでとうございます!』


 彼には賞金3000万円が支払われた。

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