こわい魔女の庭(三十と一夜の短篇第67回)
ある日、魔女の庭の花が一輪、なくなった。
茎の半ばでぽきりと折れて、折れた先が見つからない。
「クロ、あなた庭の花をおもちゃにした?」
魔女が使い魔の黒猫にたずねたけれど、黒猫はふるりと首を横に振るばかり。
「ホウキ、あなた庭の花にぶつかった?」
魔女が魔法のほうきにたずねたけれど、ほうきはぱさぱさと穂先を振って床をはくだけ。
魔女は折れた花が飛ばされていやしないかと、風の吹く先へ歩き出す。
途中で出会ったうさぎにたずねた。
「野ネズミ、あなた私の庭の花をかじった?」
魔女にたずねられたネズミは鼻をひくつかせ、小首を傾げて草むらに飛び込んだ。
素早く駆け去っていく後ろ姿に、魔女はネズミの仕業ではないと歩き出す。
森を進んだ魔女は川に出た。
浅瀬で羽を洗うカラスを見つけて足を止める。
「カラス、あなた私の庭の花で巣を作った?」
魔女に尋ねられたカラスは「カァ」と鳴いて、水しぶきをあげて飛び立った。
くるりと頭上で回った黒い影を見上げて、魔女はカラスの飛んだ先につま先を向ける。
川沿いにずっといくと、やがて村に出た。
真っ黒い服を着た魔女の姿に村人がざわめいたけれど、魔女は気にせずすたすた歩く。
カラスの影がすべる通りに進んだ魔女は、一軒の古びた家にたどり着いた。カラスはその家の煙突にとまろうとして、朽ちかけた煙突にとまりそこねて玄関脇のレモンの木に羽を休める。
ノックもせず家の扉を開けると、魔女は迷わず踏み込む。
家のなかでは、子どもと母親が突然やって来た魔女に目を丸くしていた。
「子ども、あなた私の庭の花を持っていったわね」
びくりと肩を震わせたこどもの手には、握りしめられてくたりとした花が。
今まさに母親に渡そうとしていた花を背に隠し、子どもが首を横に振る。
「ちがう、ちがうよ。これは森に咲いてたんだ。あたし、こわい魔女の庭になんて行ってない」
子どものうったえに耳を貸さず、魔女はつかつかと近寄ると幼い手から花をもぎとった。
真っ黒い服を着た魔女の容赦ない振る舞いに、子どもは怯えて母親は痩せた腕のなかにその子をかばう。
「魔女さま、子どもの罪は親の不徳の致すところ。罰するならばわたしに」
「これは毒草よ」
母親の悲痛な叫びをさえぎって魔女が言った。
「これは毒草。魔女の庭には毒草も薬草も生えているの。見分けられるのは魔女だけよ。摘み取って良いのは魔女だけよ。魔女の庭はこわいのよ」
ぽかんとくちを開けた親子に背を向けて、魔女は家の扉に向かう。きしむ扉の隙間に滑り込み、黒いローブの端までお暇する寸前。
「薬草が欲しいなら魔女の家の扉を叩きなさい。レモン三つと交換よ」
静かな声だけを残して魔女は立ち去った。
それからしばらくして、魔女の家にちいさなお客がやってきた。
「あたしを弟子にしてください!」
魔女のお客が魔女の弟子になるのは、それからもうすこしあとのこと。