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龍の盟約

作者: 化猫


 学園の舞踏会。会場には、シャンデリアや花が美しく飾られ、目を楽しませる。演奏家たちが奏でる音楽に身を任せ、卒業を喜ぶ生徒たちがパートナーと踊っていた。

 次の瞬間、音が停まる。丁度、次の曲へ向かうところだ。ピタリと止められた音楽にダンスを楽しんでいた面々が訝し気に辺りを見渡す。


 それを壊すように、一人の男が声を上げた。名をルートヴィヒ。金髪に碧眼は美しく、顔立ちもこの会場の誰も彼もを魅了する。如何にも物語にできそうな皇子であった。その王子がわざわざ曲を止め、声を張り上げた。


「皆のもの静粛に。今日は、私ルートヴィヒとカレン・ボスツィアとの結婚が発表される予定であった」


 王子の言葉に会場に緊張感が走る。発表されるではなく、予定であったと述べたことに憶測が飛び交う。それを遮るように言葉が続けられた。


「このような晴れやかな場であるが、この場を借りて発表させてもらう。私ルートヴィヒとカレン・ボスツィアは婚約破棄を行う。ボスツィア嬢。理由は分かるな?」


 ルートヴィヒはその碧眼に剣呑な色を乗せて、かつての婚約者を見る。カレンは、答えるように会場の中央へ向かう。シズシズと歩み出る姿は、この状況下でも貴族の気品を失っていない。

 銀色の髪は、シャンデリアに照らされ光を帯び、神秘的な紫の瞳は見る人を惑わせる。豊満な体と瞳の横にある黒子は、よりカレンを魔性の女にする。

 ルートヴィヒとカレンが相対する。美しい二人が向き合う姿に、このような場面であっても、その美しさに息を飲む。


「発言をよろしいでしょうか。殿下」

「ああ、許可をする」

「わたくしには、特に思い当たる点はございません。申し訳ございませんが、ご教授ください」


 ルートヴィヒに一切怯まない凛とした姿は、流石次期王妃と呼ばれただけある。しかし、その丁寧な言動も今のルートヴィヒには、苛立たせる要因にしかならない。


「ほう、ボスツィア嬢は身に覚えがないということだな。中々強かじゃないか。これを見てもまだそのようなことが言えるか?」


 ルートヴィヒは、丸い玉を取り出すと魔力を込める。丸い玉は、開発されたばかりの映像投影機だ。

 会場中の視線が集まる中で、丸い玉は、映像を映し出していく。そこには、カレンが醜い形相でとある一人の生徒をいじめている姿だった。教科書を破り、体操服を引き裂く姿は、この世の醜いものを煮詰めたもののよう。見ていた婦人の中で、気の弱いものは気絶をし、慌ててパートナーが介抱している。


 疑惑の瞳がカレンに向けられる。これの真偽によっては、カレンは婚約破棄どころか、貴族位までもはく奪になりかねない事態だ。このいじめていた生徒は、この国の第一宗教であるクリシュナ教の聖女なのだ。幾ら貴族と言えども、クリシュナ教とことを交えるのはよろしくない。


「身に覚えはございません」


 周囲の貴族の緊張に対して、カレン自身は落ち着いた様子で淡々と言い返す。毅然とした態度に、カレンが聖女をいじめていたと思うグループと狂言ではないかと疑うグループで分かれた。ルートヴィヒは、溜息で返す。


「まぁ、真か偽りかは後に分かるであろう。衛兵!連れていけ!」


 カレンの周囲を帯剣が認められた騎士たちが固める。騎士の一人がカレンに触れようとしたところを手に持っていた扇で払い除けられる。


「触れないでくださる?反抗しようだなんて思っていません。わたくし自らの意志で行きます」


 武器を持つ騎士にも堂々とした態度で跳ねのけると、お手本のような貴族の礼をした。その瞳の力強さは失われることなく。会場から去って行った。


 騒々しくなる会場に、ルートヴィヒが音楽家たちに合図をしてダンスの音楽を流させる。ぎこちない雰囲気で始まった夜会は、徐々に元の有様に戻っていく。ルートヴィヒは、満足気に見渡して席に座る。その隣では、ルートヴィヒの側近に連れられた聖女であるルシルがやって来た。可愛らしく微笑む彼女に、ルートヴィヒもこれまでにない程の笑みで返す。


「もう君と俺の間を邪魔する者はいない。嬉しいか?ルーシー?」

「ありがとう。ルーイ」


 王子と聖女ルシルがお互いを愛称で呼んだことに、近くに居た貴族たちが目を瞠る。

 愛称で呼ぶのは、家族といった身内か親しい友人、そして恋人だけだ。それにこの笑顔、カレンが王子に貶められたのではという憶測をよぶのには、十分だ。


「すべては、俺たちのためだよ。」




 それから二か月後、カレンの処刑が決まった。毒杯を呷ることが決定された。疑問を持っていた貴族たちもあまりにも早すぎる処刑に、自分の憶測が正しいことを確認した。


 毒杯を呷る当日、カレンは貴族専用の牢獄に居た。窓から見える月は綺麗な円形をしていて、大きい。のんびりと月見に浸っている時に、牢獄の鍵が開かれた。中に入って来たのは、カレンを此処に閉じ込めた張本人のルートヴィヒだ。護衛はおらず、たった一人きりだ。

 カレンは椅子から立ち上がると、最敬礼をとる。


「やめろ。そなたにそのように礼を取られると虫唾が走る」


 心底嫌そうにルートヴィヒが顔を歪める。手に持っていたワインとグラスを二つテーブルに置く。自分は行儀悪く、カレンの椅子に腰を掛ける。


「あら、ルーイ。今の私たちは、罪人と国王よ。雲泥の差があるでしょう?」

「おい、どこで俺が国王になったことを聞いたんだ。発表はまだだぞ」

「さぁ、そういうことは得意なの」


 夜会で見せた清廉さは何処へやら、怪しげな雰囲気を漂わせるカレンに、ルートヴィヒが苦い物でも食べたような顔をする。


「化け物め」

「その化け物を必要としているのは、何処の誰かしら」


 可愛らしく小首を傾げて見せるカレンは、楽しくてたまらないとでも言わんばかりだ。


「チッ、まぁ良い。これで契約は成立だ。ボスツィア家は丸ごと消し去った。お前が集めて置いた証拠で事足りたよ。全くあれ程のものをどうやって集めるのか。ノウハウを教えてほしいものだな」

「フフ、秘密よ。それじゃあ、乾杯しましょう?権力欲の権化の国王陛下?」

「ハッ、良かろう。この番狂いが」


 ルートヴィヒが持ってきたワインに手を掛ける。それをカレンが見ている。


 事の顛末は、すべて二人の計画によるものだ。

 始まりは、二人が出会った。十歳の時。二人は、両親にこの城の庭園にて引き合わされた。


「ごきげんよう、カレン嬢。私は、ルートヴィヒだ」

「お会いできてうれしいです。殿下」


 ルートヴィヒは、始めカレンのことをただの令嬢であり、ボスツィア家という外戚が出来たことを忌々しく思っていた。しかし、十歳とはいえ王子。自分の腹の内を隠すことには長けていた。


 二人は上辺の会話だけをして、両親に促されるがままに庭園の散歩に出かけた。護衛は、二人の会話が届かないギリギリの距離に立ち、侍女たちも離れた所にいる。


「ねぇ、殿下。ボスツィア家は宮中にて影響力が強すぎると思いません?」


 カレンのその言葉はあまりにも直接的で、ルートヴィヒは、言葉を失う。カレンが蠱惑的に微笑んだ。


「取引いたしません?勿論、お互い利益があるように」

「・・・・・・どういうことだ」

「私は、欲しい人が居るのです。その人と結婚したい。そして、殿下は王位に就く際にボスツィア家に力を持たせたくない。お互いウィンウィンな関係です。素晴らしいと思いませんか?」


 ルートヴィヒが沈黙したのは、数分だ。これが罠の可能性があることも考えたが、その時にふと脳裏に前国王の言葉が想起された。


「カレン嬢、あなたは確かメリアージュ家の血筋ですね」

「フフフ、殿下は物知りなのですね。ええ。メリアージュの直系です。父が亡くなったので今はボスツィア家の養女になりました」


 〝よいか、ルートヴィヒ。メリアージュ家には手を出してはならん。あ奴らは、自分の番さえ与えて置けば、万の富を我が国へもたらす。決してこれを忘れるでないぞ。そなたが国王となりたいのであればな”


 ルートヴィヒにも何故この言葉を唐突に思い出したのかは、分からない。ただ前国王の祖父としての顔と国王としての顔が酷く真剣だったのを思い出したのだ。ルートヴィヒの中の直感がカレンの願いを叶えさせなければ、自分の身が危いことを知らせたのだ。


 ルートヴィヒは、化け物を見る目で、カレンを見る。それにカレンは楽し気に笑った。


 カレンの取引は、自分の婚姻を勝手に決めたボスツィア家への復讐と自分の好く男の元へ結婚すること、ルートヴィヒは、自分の地位に影響を与えるであろうボスツィア家を早々に潰すこと、そして、カレンが今後ルートヴィヒに対して忠誠を誓うことを求めた。


 そうして、二人の契約は結ばれた。


 ルートヴィヒは、計画の途中に聖女との結婚を手伝うようにカレンに要請した。カレンは、それを快諾し、計画をより華やかにするために少し変えた程度でそれ以降は、順調に事が進んだ。




 月明かりがワインを照らし、グラスの中のワインをより惹きたてる。二人は、ワインを掲げた。


「契約の成立に」

「契約の成立に」


 二人が同時にワインを飲む。芳醇な香りが口の中を楽しませる。


「そういえば、ルーイは今後あの聖女をどうするつもり?聖女だけれど、平民上がりで礼儀作法しかできていないけれど、魑魅魍魎が跋扈する宮中に置いておくの?」

「ああ、ルーシーのことか。まぁ、俺は彼女の力が欲しかっただけだからな。王妃としての位と子どもは生ませるつもりだ。基本的業務は、側室に執り行わせるつもりだ」

「酷い人、後宮に閉じ込めるつもりなのね」

「まぁ、カレンには考えられないだろうな。俺は、権力が好きなんだ。それを盤石にするためには、何でもやるさ。大丈夫二人を愛するだけの度量は持ち合わせてる」


 もう、側室を娶ることを考えているルーイにカレンが軽蔑の眼差しを送る。


「カレンは、どうするんだ。一応言われた通りに、お前の保護にはグラン家の領地にして、迎えには長男を寄越す様にしたが。命令で政略結婚にしてもいいぞ」

「本当にルーイはこの手のことは鈍いのね。私は、彼の心も欲しいの。政略だなんて邪魔にしかならない。私は、自分の手で彼を掴んで見せる。取り合えずあの夜会で不審な動きを見せた者は、リストアップしておいたから、当分は厄介事に巻き込まないでね」


 カレンの目が邪魔をすれば、許さないと睨みつけてくる。ルートヴィヒは、両手を挙げることで答えた。


「お前の恋路は、俺も上手くいくように祈ってるよ。さっさとグランの長男を捕まえて、俺の役に立ってくれ」



 カレンは微笑むと、ワインを一口飲んだ。




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