七十八.どうやらテレワークは続いていく模様です
魔法転送術式を利用して自宅に居ながらお仕事が出来るスタイル――テレワークという新しいお仕事の形。国外追放からの緊急事態。そんな有事の時こそ、テレワークと遠隔で聖女のお仕事を全うするという事は必要不可欠だった。
そして、それは緊急事態を終え、国家の危機を乗り越えた後でも変わらない。
「アップル! どうして王宮へ入ってもまだテレワークする必要があるんだ?」
「え? じゃあ王子との生活を遠隔で続けてもいいの? ブライツ」
「そ、それは遠慮しておこう。よし! テレワーク! 大歓迎だ。うむ、無理はするなよ!」
「はいはい。遠隔の準備があるからあっちに行っててね」
お城に用意されたわたしのお部屋。天蓋のあるベッドやふかふかのソファーがある広いお部屋はまだ慣れないけれど、わたしの力を使わなくても安定した魔法結界が張られている遠隔に適したお仕事用の空間はとっても快適だ。
そう、ブライツと正式にお付き合いするということは、王宮へ入るという事になる。王太子妃候補ならば元々やっていたお仕事を辞職し、宮廷で生活をする事が通例……なのだが、わたしは聖女であり、神殿と国家の安寧を司る存在。王家へ身を置くとしても聖女を辞めるなんて事は考えられないのだ。
王宮と神殿を遠隔で繋ぐテレワーク。これがこれからの新しい生活様式になりそう。
いつものように机横に魔法端末をセット。手元の常時スイッチひとつで上からの照明がつくようになっており、配備されたボタンを押すだけで、王宮の侍女さんが紅茶を淹れて持って来てくれる。紅茶を淹れる作業は元々嫌いじゃなかったので、自分でやっていたんだけど、自分で紅茶の準備をしようとすると、『アップル様のお手間を取らせる訳にはいきません!』と断られるのよね。
魔法端末の回線を神殿へ繋ぐと、いつもの快活な声が画面越しに聞こえて来た。見慣れた深紅色の髪を揺らしながら瞳をキラキラと輝かせているクランベリー。そうそう、前回のコキュードスとの戦いでの活躍によって、クランベリーの地位も晴れてシスター長へと昇格していた。おめでとう、クランベリー。
「アップル様ぁあああ~~おはようございますぅううう! 今日も素敵なご尊顔を拝む事が出来て、一日を生きる活力が漲って来ますぅううううう!」
「おはよう、クランベリー。神殿の様子はどう?」
「あれから半年、ようやく実務に支障ない形で復興して参りました。これもルージュ様の侍女部隊をグレイス様が派遣してくれたお陰ですね」
「そうね。こうして国交を結んだ事で魔族の子達も身分を隠して忍び込む必要が無くなった訳だしね。グレイスとルージュにも今度お礼しなくちゃね。あ、そうだ。今度サンクチュアリでまた女子会でもどう? レヴェッカともこの間話していたのよ。ルージュも誘ってくれない?」
「いいですねアップル様! それならアデリーン様もお誘いしてみます。先日サンクチュアリでジーク様とデートを終えた報告を受けたばかりですので」
「何ですって。それは詳しく聞きたいわね」
「ええ詳しく聞きましょう」
女子トークへ軽く華を咲かせたところで公務に戻るわたし。今日の遠隔での公務一人目は、いつものポムポム領のドリアンお爺さんの腰の治療だ。
「ほわぁ~~これじゃぁああ~~これなんじゃああ~~天国へ逝ってしまいそうじゃ~」
きっとドリアンお爺さんは長生きするでしょうね。滋養強壮にも良いわたしの魔力をほぼ毎日浴びているしね。
お陰さまで神殿の懺悔室にはクレアーナ教信者の列が絶えない。こうして公務を続けていられるのも、クランベリーや神殿、王宮の方々の協力や民の信仰心あっての事。日々の生活に感謝しなくちゃいけないわね。
公務の合間でメッセージのチェック。
グレイスからは魔国へ続く街道建設の計画書のデータに第二妃へのお誘いと。平然とこういうお誘いを混ぜてくるあたりは流石魔王ね。今や倫理や規則の時代。魔王の国でなければ一夫多妻とか一妻多夫とか話題に出ただけで問題が起きるわよ、きっと。性別や年齢だけでなく、魔族や人間、獣人など、種族や国境の壁を越えて、平穏な世界を創っていきたい。
世界中のみんなが安心してアップルパイを食べられる世界――
わたしの理想郷にはまだまだ道のりは長いけれど、その魔国シルヴァ・サターナとの国交樹立はその第一歩であると信じたい。
他には、レヴェッカから女子会の件と、地方の教会からの報告書。あと目新しいメッセージは……世界クレアーナ教信仰協会から聖地巡礼のお誘いか。嗚呼、五年に一度行われるあれね。以前行われた聖地巡礼で、メロンタウンの神官・レヴェッカともこれでお友達になった。成程、今年は南の大陸サウスフレイア大陸にあるサウスレーズン山の女神像。北のクレアーナ大陸からすると、かなり遠方の地を選んだわね。獣人族の国マウントレーズン国は気になるけれど、もし巡礼へ向かうなら、長くアルシュバーン国を留守にする事になるし、これはスケジュール次第かな?
と、色々確認をしていたところにコンコンと部屋の扉を叩く音が鳴った。王宮でわたしの担当になった侍女の子の一人だ。
「アップル様、午前中の公務が終わりましたらアルバート・ロード・アルシュバーン第一王子がお呼びです」
「え? 忙しいって断れない?」
「ええ……と、無理だと思います」
「じゃあメッセージのチェックが終わったら行くわ」
アルバート・ロード・アルシュバーン第一王子。わたしは誰にでも公平でありたいと願うけれど、狡猾で野心家のアルバート王子だけはどうしても好きになれない。自らは手を下さす、玉座からの高見の見物で、わたしとブライツが戦いで死ぬよう誘導し、自身の地位を確固たるものにしようと目論んでいた黒幕。自身の栄華と国家の繁栄のためなら手段を選ばない。魔族よりも質が悪い。
彼の部屋を訪ねると、アルバート王子も公務中だったようで、魔法端末片手に大量の羊皮紙に目を通しつつ、何やら作業をしているらしかった。まぁ、ブライツは現場主義だものね。普段、国を動かす仕事はアルバート王子がやっているのだろう。
部屋を入り口に立って待っていると、ソファーへ座るよう促された。手を止めたアルバート王子は少し微笑んだ後、テーブル向かいのソファーへ深々と座り、片脚を組んだまま話しかけて来た。傲岸不遜な態度を崩すつもりはないらしい。
「アップルよ。王宮には慣れたか?」
「ええ。お陰様で」
「国のために神殿の公務を継続する姿勢、私は買っているんだ。不憫な点があればすぐ、専属の侍女へ言うといい」
「ありがとうございます」
用が無ければこれにて、とそっと席を立とうとする仕草をしたところ、『まぁ、待て』と止められた。彼は手に持っていた魔法端末の画面をニ、三、スライドさせた後、話題を持ち掛けて来た。
「五年に一度の聖地巡礼。参加するのか?」
「お耳が早いですね。今回は王宮へ入ったばかりの身ですので、スケジュール次第ですね」
「そうか。聖地巡礼ついでに任務を頼みたかったのだが」
「お断りします」
彼が言い終わる前にわたしは拒否する。だって厄介ごとの香りしかしないもの。でも、アルバート王子は表情を変える事なく、無言で魔法端末の画面を見せて来た。そこには近年の各国の交易記録や国の偉い人達しか知らないような各国の動向が書かれていた。アルシュバーン国周辺には特に目立った動きはなく、むしろコキュードスとの戦いや、シルヴァ・サターナの国交樹立など、わたしが関わっている内容ばかり。問題は、南の大陸サウスフレイア大陸。邪神アザーディを崇拝する魔族の国エビルスクエアにて巨大な魔力の揺らぎがあったとの報告。獣人族の国マウントレーズン国や周辺諸国への牽制の可能性が示唆されるとの内容。
成程、聖地巡礼ついでに調査して来いって話ね。なんとも都合のいい話である。アルシュバーン国にとっての不穏分子は早めに消しておきたいというアルバート王子らしい考えだ。
「わたしにとって何のメリットが?」
「むしろ、せっかく復興した国に何かあっては聖女にとっても不都合だろう?」
「アルバート、魔族の国エビルスクエアとの繋がりがあるんなら、早めに言っておいた方があなたにとっても損はないわよ?」
「魔王と繋がっている聖女を敵に回す莫迦がどこに居る?」
「まぁ、それもそうね」
いま、アルバートも敵対する意思はないという事ね。
「聖地巡礼にはメロンタウンの神官レヴェッカ、護衛として弟のブライツも同行させる。留守の間もお前にとって不都合な動きはしないと誓おう。北の大陸の危機を救った英雄が参加するんだ。聖地巡礼も賑わうに違いない」
「はぁ~、どうして参加する予定になっているのかしらね」
どうやら世界クレアーナ教信仰協会へ既にアルバート王子から根回ししているっぽい。まぁ、わたしが留守の間は魔王直轄の侍女部隊、ルージュが見張ってくれるだろうし、問題はないのかもしれないけれど。
わたしはお部屋でゆっくり紅茶を飲んで、アップルパイを食べる生活が送りたいだけなんだけどな。
普段から一緒に居るのに、聖地巡礼までブライツと一緒じゃなくても……ねぇ?
「聖地巡礼は一ヶ月後、それまでゆっくり準備をしておくといい」
「検討しておきます」
聖地巡礼の間のテレワークはどうしよう? って、聖地巡礼する前提の考えはいけないわね。何かいい方法がないか考えないと。
「おい、アップル! 聖地巡礼の遠征ってどういう事だ!? 兄上から護衛を頼まれたぞ?」
「はいはいブライツ、後で晩御飯の時間にでも話すわね」
平穏な日々を送りたいわたし、聖女アップルの激動な日々はまだまだ続いていくみたい。
まぁ、ブライツと一緒の旅も……悪くはないか。
物語の続きを予感させつつ、ひとまずテレワーク聖女はこれにて完結となります。コロナ禍の真っ只中に連載を開始したテレワーク聖女。遠隔や魔回避維持結界、遠隔治療など、異世界でもリモートというその時代のトレンドを取り入れつつ、新しい異世界ファンタジー×恋愛小説として当時スタートさせました。
終盤リアルの執筆状況によって更新出来ない日々が続いてしまい、楽しみにしていた読者様におかれましてはお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。全体を通じての感想や、★の評価なども今度の活動の励みになります。また、今後も活動続けて参りますので、とんこつ毬藻の作品を気に入っていただけたならお気に入り登録も是非よろしくお願いします。
長い期間となりましたが、最後まで作品をお読みいただき、ありがとうございました。
とんこつ毬藻




