五十七.どうやら魔王の侍女軍団は最強のようです
魔王グレイス直轄の四天王が一人――紅のルージュ。ルージュ率いる侍女部隊は千名を超え、魔王城及び、周辺の管理と、城に住む魔王幹部や魔物達のお世話をしている。しかし、いざ戦闘へ出ると、上級以上の気性が荒い魔物をその華奢な身体で制し、かつて人間の国を相手に争いをしていた際、ルージュが出向いた街に血の雨が降ったと言われている。
殺戮侍女部隊――その名前だけ聞くと、近寄ることも出来ないくらい怖い存在なのかと思っていたのだけれど……。
「アップル様、おひとつ質問よろしいでしょうか?」
「え? ええ、なんでしょう?」
「いえ、以前お逢いさせていただいた時より一層お肌がモチモチな気がします。何か秘訣があるのでしょうか?」
「ああ、これ。お肌には気を遣っているけれど、特に何か変えた訳ではないの。嗚呼、強いて言えば化粧水を変えた事くらいかな?」
狼の口より放たれ飛来する氷の刃。その刃を軽く手に持つパラソル で薙ぎ払いつつ、わたしの前に立つメイドさんは、あろうことか女子トークを繰り広げていたのだ。
尚、散開した三名のメイド。フレイ、グレンダ、レイクは見事な連携で氷の狼達の猛攻を食い止めていた。三名のメイド達は臨戦態勢なのであるが、ルージュに至ってはほとんどその場から動いていないのだ。自身の魔力で覆ったパラソルを槍のように持ち、氷の刃と狼の牙を捌き、先端についた刃で斬り捨てている。――わたしと女子トークをしながら。
「化粧水? 嗚呼、以前仰っていた手作りの?」
「そうなの。以前はお肌に悪い毒素をなるべく弾くようにしていたんだけど、周囲の水分や魔力を吸収して、その人の身体へ影響のない良質成分として還元出来るよう、精製してみたの。吸収出来る量に限界はあるんだけど、わたしの魔力とも呼応出来るからすごく便利で」
「それは素晴らしいですね、流石アップル様です。我も是非ご教授願いたいところですが、聖の魔力が籠っているのであれば、我等魔族にとっては毒になってしまいますね」
「いえ、大丈夫よ? 聖の魔力でなくても、結界術をベースに精製すれば、聖水でなく、魔力精製薬をベースにしても作れると思うから」
「成程、魔力精製薬にそんな使い方があったとは!? 流石アップル様です」
「今度試作品を作ってルージュに贈るわね」
「ありがとうございます」
咆哮する狼の数はいつの間にか増えていた。どうやら巨大な氷像が放つ冷気が魔力を帯び、狼を産み出しているらしかった。
増殖する狼。飛来する氷刃。橙色髪の侍女――フレイが三つ編みを揺らしつつ、炎を纏った鞭で炎の壁を作り、狼の動きを鈍らせる。鳶色髪の侍女――グレンダがポニーテールを弾ませ鈍った狼を殴りつけ、後方の壁まで吹き飛ばす。最後にショートボブの水色髪――レイクが残った狼を白銀の美しい細身剣で斬り捌いていく。見事な連携で数十体から百近くまで増え続けた狼はわたしとルージュが女子トークをしている間に消滅していった。
「――今度またお料理教室を開催していただけますか? 魔王様が新たな甘味を所望しておりまして」
「ええ。いいわよ。今度は何にしようかしらねぇ~」
わたしが次グレイスへ提供するケーキを何にしようか、ルージュと思案していると、産み出す氷の狼を全て捌かれた事に怒ったのか、それまで扉の前で一切動いていなかった氷像がゆっくりと両腕をあげた。そして、巨大な両手を地面へついた瞬間、場の空気が一変する!
地を奔る氷が地面を凍らせていき、こちらへと向かって来る。舞台中央へ三名のメイドが集まり、フレイが炎の壁で遮るも、氷の勢いは止まらない。でも、わたしは魔回避維持結界で距離を保ったまま、後方で戦況を見守っていた。
なぜなら、わたしの前でそれまで女子トークを繰り広げていたルージュが、その場から消失し、フレイ達を護るかのように彼女達の前でパラソルを開いていたのだ。彼女がパラソルを開いた瞬間、透明な紅い結界がルージュを中心に展開される。地を奔る氷は結界を避けるように、舞台左右後方まで流れていき、私達の立っている周辺の空間以外が氷漬けとなる。
氷が防がれたことで、遂に巨大な氷像が動く。咆哮と共に放たれる極寒の冷気。もし外界で放たれたなら街は一瞬にして氷漬けだ。ルージュは傘を前方へさしたまま、ゆっくりと一歩、一歩、氷像へと近づいていく。吹雪は彼女へ届く事はない。吹雪が無効と理解した氷像は掌から先程まで狼が作っていたものより何倍もの大きさの氷塊を創り出し、ルージュへ向けて放つ。すると、ルージュは開いている傘をそのまま高速回転させる。氷塊は回転するパラソルによって受け止められ、勢いが相殺されたところで傘でいなされた氷塊は後方にて爆発してしまう。
「木偶の棒よ。其方程度の力では、如何なる攻撃も我には届かぬぞ」
場を一変させた冷気を呑み込む程の殺気。氷像は彼女へ向けて右腕を振るい、横に払う。軽く飛び上がったメイドは、薙ぎ払ろうとした氷像の腕の上へ乗る。そのまま飛び上がり、回転しつつ口から放たれる冷気を躱す。
しかし、地面へ着地したところを狙った氷像の左腕が迫る。まさか、ルージュがミスをする訳はないわよね? このままでは押し潰され……るかに見えたその瞬間――事は起きた。
「――っ!?」
「物言わぬ氷像よ。お主、宙に浮いた事はあるかえ?」
いつの間にか閉じていたパラソルを横にした状態で左腕を受け止め、そのまま腕をいなすかのようにパラソルを地面へ向けて振り下ろす。地面へ腕が振れる直前、パラソルを添えたまま華奢な腕で氷像の腕を掴み、あろうことか腕を持ったままルージュは氷像の巨躯を持ち上げたのだ!
一回転する巨躯。氷像の背中が地面へ叩き落された瞬間、舞台に激震が走り、わたしもあまりの出来事に唖然とする。相手の重さと力を利用したんだろうけど……このメイドさん……な、なんて力なの。
地面へ伏した巨大な氷像を確認し、こちらへ振り返ったルージュはわたしへ向かってひとこと。
「アップル様。魔王城近くの森にカカオがなっています。チョコレートケーキなんていかがでしょう?」
「そ、そうね。じゃあ、次回のお料理教室は、チョコレートケーキにしましょう」




