三十五.どうやらまだ危機は終わっていなかったようです
色欲の女王――紫のアナ。妖艶な肢体を露にした女魔族。
彼女はレヴェッカに憑依することで、教会を覆う防御結界に加え、わたしを包み込む魔回避維持結界を見事にすり抜け、教会の神官や修道女をも操り、一度はわたしを封じる事に成功した。敵ながら見事な作戦だと思う。
わたしがあの場で身につけている化粧水やハンドクリーム、リップクリームへ聖なる魔力を呼応させる作戦を思い付いていなければ、彼女はわたしの精神を乗っ取っていたかもしれない。
まぁ、悪意剥き出しの女魔族の精神体が聖女の体内で浄化されずに保てるのか考えると、乗っ取られていなかったのかもしれないけれど。
ともあれ、女魔族の健闘虚しく、魔回避維持結界とわたしの封じるために構築された封印結界のサンドイッチとなり、このまま浄化される事だろう。すべては女神様の御心のままに、祈りを捧げてあげよ……。
「ちょっとぉおおお! 何勝手にわたくしが死んだみたいに祈り捧げようとしているのよ!」
「あれ? まだ生きてらっしゃったんですか?」
封印結界が張られていた場所より外、アナは右肩を片手で押さえたまま立っていた。結界による損傷か、肢体のところどころから紫色の体液が滴り落ちている。
「ふん、残念だったわね。この子達に封印結界を解除させるなんて、余裕のよっちゃんよ! わたくしを誰だと思っているの? 魔王グレイス様の四魔将が一人、色欲の女王――紫のアナよ」
「そうですか。流石アナさん。では……。清らかなる祈りよ、穢れを浄化せよ――影響浄化!」
「あ……しまっ!」
アナが気づいたときにはもう遅い。わたしが掲げた祝福の杖より、清心な空気が聖なる風となり、周囲へ広がっていく。そう、わたしの魔力を封じていた結界はもうないのだ。
周辺を覆っていた禍々しい空気も、教会の子達を操っていた女魔族の妖艶な瘴気も全てを取り除いていく。
「あれ? うち……なにをやって?」
「なんか夢を見ていたような……」
「キマシタワーーって、何がキマシタワだったんだっけ?」
やがて、それまでわたしを取り囲んでいた神官や修道女達が我に返り、何事かと顔を見合わせ始める。
「くっ、よくも……よくも。わたくしの魅力に溺れなさ……」
「無駄です」
「かはっ!」
怒りの形相で再び魅了の瘴気を放とうと修道女達へ掌を向けるも、わたしは祝福の杖より聖なる魔力を凝縮させた白く輝く魔力弾を放ち、彼女を吹き飛ばす。
「わたしの大切なレヴェッカや教会の仲間達を操ったんです。覚悟はいいですね」
「なっ……待ちなさい。話せば……わかるわ」
「心配は要りません。すぐ楽にしてあげますわ」
「ちょっと……あなた聖女でしょう? そんなの魔女がする事よ……鬼ーー魔女ーー悪魔ーー」
「悪魔は……あなたでしょうがーー!」
「ぎゃああああああ!」
楽に浄化出来るよう、巨大な白い光球をアナへ向けて放ってあげるわたし。アナさんの断末魔の叫びが響き渡る。来世はもう少し清らかな姿で彼女が産まれ変わり増すように……。
(勝手に殺さないでくれる!)
「え? ちょっと、まだ死んでないんですか?」
(今回はこのくらいにしといてあげるわ。よかったわね、聖女アップル。わたくしを退けたからと言って、今頃愛しの王子様は大変な事になっているわよ……。この勝負。あなたの負けよ。アハハ、アハハハハ)
「ちょっと、待ちなさい!」
女魔族アナが持つ魔力の気配はそこで完全に消失した。それより、愛しの王子様ですって? これはまさか……魔物討伐へ向かったブライツの事を指している?
「まずいわ! 魔法端末を」
「アップル……私……どうして、ここに」
その聞き慣れた声に振り返るわたし。アナがこの場から消失した事でレヴェッカが目を覚ましたのだ。わたしはレヴェッカに駆け寄り、彼女をぎゅっと抱き締める。
「レヴェッカ、よかった……無事で!」
「え、ちょっと、どうしたの? アップル」
「ついさっきまで魔物が此処へ来ていたの。わたしが追い払ったからもう大丈夫」
彼女を安心させるよう、手短に状況を説明し、教会の者達は礼拝堂へ一旦避難させるように指示を出す。レヴェッカはすぐに女の子達を連れて教会の中へと誘導する。これでひとまず教会の皆は大丈夫だ。
「いま……回線が繋がるのは……」
いま通信可能の表示は……駄目だ。騎士団長のジークも繋がらない。神殿のクランベリーもだめ。一体アルシュバーン国で何が起きているのか。此処は、このあいだ魔人を倒した時みたいに、わたしの魔力同士を結ぶ事で、魔法端末と映像を繋ぐしかない。
EXスキル――遠隔操作を発動。ある程度の座標を指定し、魔力感知により、あるものへ籠めたわたしの魔力を探索する。
「――そこね! ブライツは……嘘っ!?」
ブライツへ渡していたペンダント――聖なる魔水晶には、わたしの魔力を籠めていた。それは魔物からの属性攻撃に対し、護ってくれる効果がある。しかし、彼に渡した目的はそれだけではなかった。本当の目的は、わたしの魔力を探索する事で、EXスキル――遠隔操作により、彼がピンチの時に、わたしが助力するためだった。それなのに……。
「嘘でしょっ! ブライツ! ブライツ!」
真っ赤な血の溜まりに倒れる蒼髪の騎士。
そして、王子を見下ろす巨大な顎門――見上げるほどに巨大な漆黒の体躯を携えた黒竜が、倒れる王子を嘲笑うかのように大地に君臨していた――




