一.どうやらわたし、国外追放らしいです
「アップル・クレアーナ・パイシート、あなたは国外追放! さっさと神殿から出て行きなさい!」
「え?」
突然、騎士団を連れて神殿へやって来たアデリーン侯爵令嬢は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わたしへそう言い放った。
困惑する司祭やシスター達を尻目に騎士団の者がわたしを取り囲んでいる。
どうしてこうなってしまったのか?
「あの……畏れながらアデリーン様。わたし、そもそも、国外追放される理由が見当たらないのですが……」
「何をおっしゃいますの? 罪人の口からは戯言か妄言しか出て来ないのですね。あなたは聖女という立場を巧みに利用し、国民を誑かし、挙句の果てに第二王子を利用して国を乗っ取ろうとした。これは立派な国家反逆罪ですわ!」
アデリーンのドリル型ツインテールの金髪が揺れている。せっかく整った令嬢の顔も、これだけ引き攣っていては台無しだ。それにしても、国民を誑かしたとはどういう事だろう。わたしは毎日神殿にやって来る傷ついた民を癒し、懺悔室にやって来た民のお悩み相談を受けていただけだ。
そして、第二王子とは、此処アルシュバーン国の第二王子であり、わたしと腐れ縁のブライツ・ロード・アルシュバーン王子の事だろう。確かに王子とは幼馴染だけど、王子を利用したことなんて一度もないし、ましてや神殿でのんびり暮らしているわたしが国を乗っ取ろうなんて、これっぽっちも考えた事なんてない訳で。
「あ……あの……アデリーン様。聖女、アップルは民の太陽であり、クレアーナ教の信仰の鏡なのじゃ。国外追放されては……」
「ヨボヨボ司祭は黙ってなさい!」
アデリーンに一蹴され、マロン司祭の顔が空気の抜けた風船のように萎んでいく。アデリーンは、国王の刻印が押された書状を見せつける。どうやら、わたし、本当に国外追放らしいです……はい。
「午前のうちに今すぐ荷物を取り纏めなさい。命を取られないだけ幸運に思う事ね。オーホッホッホ!」
今時こんな高笑いを披露する令嬢は世界中探してもアデリーンくらいじゃなかろうか? と思いつつ、わたしはこの日、アルシュバーン国を去るのだった――
◆
「……とまぁ、こんなことがあったのよ」
三日間馬車に揺られ、隣国カスタードの宿場町へようやく到着したわたしは、宿屋で疲れを癒しているところだった。 そんな中、わたしが持つ四角い魔法端末が黄色く光る。
掌よりも少し大きいサイズの魔法端末。
〝成人の儀〟を行う際、神殿から渡される魔法端末は、己のステータス登録や、情報検索が出来るだけでなく、空間魔法を駆使して、遠くに居る者とこうして映像つきで会話も出来るのだ。
「アップル様。ワタクシが留守でなければ全力で止めましたのに。申し訳ございません」
「クランベリー。あなたが謝る事ではないわ。留守中の子供達の世話は任せたわね」
「はい、もちろんです。何かありましたら魔法端末で知らせます故、ご安心下さいませ」
「恩に着るわ。ありがとう、クランベリー」
クランベリーは神殿に仕える有能なシスターだ。
わたしが追放されたあの日、魔物と戦い負傷した騎士団員の治療のため、城へ出向いていた彼女は、わたしが国外追放された事を知り、魔法端末で連絡をしてくれたのだ。
「ですが、アップル様。今回の国外追放……アデリーン様の嫉妬が原因なのでしょう? 幾らアップル様とブライツ王子が仲睦まじいとは言え、この扱いはあんまりです」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。アデリーンがわたしに嫉妬とは一体どういう事だろう?
「まさか……アップル様。心当たりがないのですか?」
「心当たりと言っても、あいつ……ブライツ王子とわたしは只の幼馴染だし、神殿へたまーにどうでもいい公務の報告をしに来るだけだし、いっつも口喧嘩してばっかだし、どうしてあいつの許嫁であるアデリーンに嫉妬されなきゃなら……あ……」
「ようやく気づかれましたか……」
宿屋の椅子に座ったまま頭を抱えるわたし。
腐れ縁とは言え、ブライツは第二王子。普通なら公務で忙しい王子が数日置き神殿へ赴き、聖女と会話をする。幾らフードで顔を隠しても、頭隠して尻隠さず。もし、その姿が国民の眼に留まったなら、聖女と王子が逢引しているように見えるだろう。
ましてやあの我儘放題のアデリーンの事だ。親である宰相へある事ない事吹き込んだに違いない。
「あのさ、わたし、ブライツがアデリーンと結婚しようがしまいが、どうでもいいんだけど」
「ええ、存じております」
「べつに、あいつのことなんかどうでもいいんだけど」
「ええ、存じております」
「クランベリー、何か言いた気ね?」
「フフフ……銀髪碧眼の聖女様と、蒼髪翠眼の王子様。お似合いのカップルだと思いますが……」
「ちょっとクランベリー、どうして笑ってる訳?」
「コホン、これは失礼しました」
お似合いかどうかなど聞いていないし、それで国外追放されるなんてたまったもんじゃあない。『少々度が過ぎました』と一礼し、謝罪するクランベリー。話はわたしがこれからどうするのかという話題へと移行する。
「そうね、カスタードに住んでいる神官、レヴェッカでも訪ねてみるわ」
「嗚呼、聖地巡礼でご一緒したレヴェッカ様! それなら安心で……えっ!? 大変!」
刹那、耳を塞ぎたくなる程の轟音が端末ごしに響き渡る! 端末の映像が乱れる。
「どうしたの? クランベリー!」
「いけない……アップル様……魔物です! 魔物が神殿へ……!」
「クランベリー落ち着いて! 端末で映像を見せて!」
神殿へどうして魔物が……。そもそも神殿は聖女のわたしが張った結界で護られていて、魔物が近づける筈も……ある。だって、結界を張っていたわたしは国外追放されてしまったのだから。
外へと出たクランベリーがわたしへ映像を見せる。それは黒光りする体躯を露出させた見上げる程の巨大な魔人だった。
――この世界には魔物が存在する
魔物は、人間の生活を脅かす危機レベルに応じて、初級、下級、中級、上級、超級、魔王級にランク付けされている。
今神殿の前に居る魔人。魔力の規模からしてきっと上級クラスだろう。
街へ出現した魔物は基本、王立騎士団や冒険者が対処する。しかし、騎士団が到着するのを待っていては、神殿は壊滅状態に追い込まれてしまう。
これは国外追放が決まった時に、こうなる事を予測して準備をしていなかったわたしの失態だ。わたしはゆっくり目を閉じ、今出来る事を考える。
「ダメ……あんなの……神官達の力じゃあどうすることも……」
「落ち着いてクランベリー。あなたは子供達と神殿の者を避難させなさい」
「アップル様?」
心配ないわ。わたしを誰だと思っているの?
女神クレアーナ様の神託を受けた聖女、アップルよ。
わたしがその場に居なくても……出来ることはある!
「大丈夫よ、クランベリー。魔人はわたしがEXスキル――遠隔操作で対処します!」
<イラスト提供/ペケ様>
この時代にお届けする新感覚リモート恋愛ファンタジー『テレワーク聖女』開幕です。
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