2. 初対面
いつの間にか宝物庫に夕日が差し込んでいた。
宝物庫の奥で倒れていた俺はゆっくりと上半身を起こしながら目を覚ました。
「ぅー……」
しばらく意識を失っていたようだ。まだ、頭がぼーっとしていて視界がはっきりしない、どれぐらい時間が経ったのだろう。
今は痛みは無いもののさっきの激痛はとんでもなかった。感覚も戻っているようだし、後遺症もなかったのか本当に何ともなくて良かった。もし、これでトレジャーハントができなくなくなっていたら本末転倒だ、虚しくもやりきれなかっただろう。
だが、まだ頭が重く感じる。徐々に見えるようになってきた視界もぼやけている。
上半身を起こした状態で見えている周囲の視界は二重になっていた。
夕方になった宝物庫は薄暗くぼやけていることもあり、まるで自分の手が四本あるように見えてしまう。
俺は試しに右手を挙げると右正面の手も挙がる。左手を挙げても左正面の手が挙がった。
「「あー鏡か」」
自分一人しかいないはずの宝物庫で何故か声が二重に反響した。むしろ、正面からも自分の声が聞こえたようだった。
いや、違った。
鏡では無かったのだ。俺の目の前にはもう一人の自分がこちらを向いて座っていた。
「……」
俺はジッと正面にいるもう一人の自分を見つめる。
「……」
正面の自分も俺のことをジッと見ている。ただ見ているだけ、状況の理解が追い付かず固まってしまい、俺も正面にいる俺も微動だにしない、時が止まったようだった。
「……なんなんだよ!」
どういうことだ、あー頭がぜんぜん働かない。なんでもう一人自分が目の前にも居るんだ。何が起こった。
異様な状況から体中に悪寒が走り身震いした。まず、こんな状況になれば夢だと疑うだろう。だが、これは現実である。理解できない現状に恐ろしさのようなものを感じる。
しかし、そんな驚愕している俺とは異なり、正面の俺と同じ姿をしたもう一人の人物がなぜか目を細め頷いている。
「あー…多分俺、偽者だわ」
俺と同じ姿形をした人物は俺と同じ姿勢で座ったまままじめ顔でそんな事を言った。
「偽者?…どういう意味なんだ…… あっ!」
思い出した。
そういうことか、これはもしかすると気絶する前に飲んだ真っ黒な液体の効果なのかもしれない。
俺と同じ姿の人物が俺の問いかけに答える。
「だってさ…俺、消えかけてるし」
なんだか俺の偽者の方が冷静でなんだか俺より頭が良い気がする。そして、なんだか身体がほんの少しだけ薄くなっているように見える。
「ほんとだ…なんかちょっと薄いね」
俺は見たまんまの感想を言った瞬間。
シュー
「あっ……」
俺と同じ姿をしていた人物が黒い煙りとなって消えてしまった。
消えた時に出てきた黒い煙りが集まりスッと俺の身体の中に入ってくる。
「んっな!?」
黒い煙りが身体の中に入りきった瞬間、俺と同じ姿をしていた人物の記憶が俺の記憶と合わさり一つとなった。
黒い煙りが身体に入ったことで本能が理解した。先程は元々一つだった身体が二つに分かれていたのだ、と。
あぁ、これは元に戻っただけということなのか、なんだかわかった気がする。さっき飲んだ真っ黒な液体の影響で身体を分けることができるようになったのか。
でも、どうやったらできるのか……
んー、これはあれかな、黒い煙りが身体に入ってきた逆の感覚をすれば、もしや…
気持ちを落ち着かせるために息を吐き肩の力を抜いた。
「ふぅー。よし!試してみるか」
意識を集中し身体に黒い煙りが入ってきた時の感覚を思い出しながら、それとは逆に身体から黒い煙りが出るような感じで胸のあたりに力をいれてみる。
シュー
すると、意外とすんなり黒い煙りが出てきた。
「よぉ」
俺の目の前に先程と同様に俺の偽者がまた現れたのだった。
「おー!!そういうことか…忍者か!これはまるで忍者の術だな!」
俺が心躍るように興奮していると。
「いや、忍者では無いけどな」
透かさずツッコまれた。
この偽者の言い方なんだか気に障るなぁ、俺の喋り方っていつもこんな感じなのだろうか。
「あのな偽者くん!自分の意見を否定するのはいかがなものかと思うぞ!」
「いやいや大した能力もない一般人が二人になっただけだぞ」
返しも厳しい、が、なるほど、正論ではある……。
「ちょっと実験」
俺は右手の指で偽者くんの左腕をつねってみた。
「痛てててっ、止めろよ本体」
なるほど、偽者くんも痛みは感じると…、これは実験だ。決して偽者くんの言い方にイラッとしたわけではない。
「じゃあ、戻すよ」
シュー
偽者くんがまた黒い煙りになって身体に入ってきた。
さっきと同じように記憶が一つになった感じと、あと左腕がちょっと痛い。
「あー、さっきつねったとこか」
なるほど、記憶と同じで痛みも一つになるのか、もし、偽物くんが怪我したら俺も怪我しちゃうのだろうか。しかし、それだと大変なことになりえるな。これは実験が必要になりそうだ。
……なんて色々考えていたのだが、なんだかだよく考えるとだんだんそわそわしてきた。後先考えず色々試してしまったわけだが俺の体は大丈夫なのだろうか…
冷や汗が出てきた。
興奮し過ぎていたためかついついトントン拍子でことを進めてしまっていた。
しかし、時間が経つにつれて現実が非現実的であることを理解し始め、脳がうろたえ始める。
「あっ…多分そろそろお腹が空いたよね、と、とりあえず帰って晩ご飯を食べないといけないよね、腹が減っては戦は出来ぬって言うよね!」
誰に言っているわけではない、だんだん動揺し始めた自身を誤魔化そうととりあえずご飯を食べるよう自身に言い聞かせていたのだ。
未知の能力に、意識を失う前の恐怖を思い出しながら、心臓がドクドクと脈打っていた。
今回の想定以上のことは、すぐには俺の頭で理解し処理しきれない。これは少し時間を空けて考えたほうがいいな…
どんどん現実逃避をしたい気持ちになってきた。
「……今日のご飯は何かなぁ」
再度、現実から目を離すように自分自身に誤魔化す言葉を言い聞かせ宝物庫を後にした。
これ以上余計なことを考えないように今日の晩ご飯の献立を予想しながら自宅へ少し早歩きで歩いて行くのだった。