1. 真っ黒な
俺は夢は、世界でトップクラスのトレジャーハンターになることだ!
ミンミンゼミが鳴くカラッと晴れた日曜日の昼下がり。
俺(雨竜 刃) は棒付きアイスを食べながら自宅裏の宝物庫へ向かい歩いていた。
「このアイスうまいな」
歩きながら食べているのは新作のアイスだ。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
つい先日教育課程を順調に終え俺は学院を卒業した。そして、この長い休みを利用し準備しようと考えていることがあった。
俺には夢がある、それは世界に名を轟かせるようなトレジャーハンターになること、今回の休みでその準備をしようと思っている。
トレジャーハンターとは、探索者の一種でダンジョンに眠るお宝を探し出し地位も名誉もお金もその他諸々なんでも手に入ってしまう職業だ。
俺の父さんがそのトレジャーハンターだった。
父さんの話になるがトレジャーハントの旅に出たまま今でもう二年間の行方不明。それまでも会うことは少なかった。
というのも、父さんが帰ってくるのは数ヵ月に一回。さらには、帰ってきたと思ったら手に入れてきたアーティファクトを俺に自慢し、そして、自慢を終えると一日と経たずに旅に出てしまうだ。
だが、俺はそんな状態が続いてもそれほど寂しいと感じる事はなかった。それよりもむしろ、そんな父さんが話すダンジョンでの摩訶不思議な自慢話ばかり聞かされたことで「いつか自分もすごいトレジャーハンターになりたい!」と思うようになっていた。
今、歩いて向かう先は自宅裏にある父さん以外は決して入れない宝物庫だ。
父さんのトレジャーハントが上手くいっているからか我が家は裕福なのだろう。宝物庫がある家なんてなかなか聞いたことはない。
そこにはダンジョン産の認証式の鍵が付いており、鍵はかけた本人しか開けられない、本来はその筈だった。
だが、本来は開けられない筈の鍵が開いてしまい俺は宝物庫に入ることができてしまった。
そりゃもちろん入りたかったがそんなにすんなり入れるとは思っていなかった。
俺が入ることができたのはおそらく認証式の鍵が不良品だったとか、もしくは父さんと俺の血が繋がっているのが理由じゃないだろうか。
色々考えながら歩いているうちに自宅裏にある宝物庫の前に着いた。
宝物庫の外見は一見灰色の大きめの倉庫だ。
「よし…と」
その宝物庫の認証式の鍵に手を触れた瞬間カチャリと自然と鍵が開いたのであった。
実は、俺が父さんの宝物庫に入るのはこれが初めてではない。十二歳の時に偶然入れてしまってからというもの、ここに入った回数は数えきれない。
「いつ見てもすごいなぁ」
宝物庫内部の壁や棚には普段は滅多に見られないような珍しい物がずらりと並んでいる。
右の壁には刃が白く光る刀と言う剣が掛かっている。これは父さんが目をキラキラさせながら自慢していたが滅多矢鱈に斬れる剣なのだそうだ。
その下に掛かっているウェストポーチ型のバッグはただのバッグでは無くマジックバッグである。
マジックバッグとは見た目よりもかなりの量が入るようになっており重さも感じさせない特殊なもので、希少だが探索者には喉から手が出るほど欲しいバッグである。
その隣には高級感漂う本棚があり、読むと魔法を覚えることができる本が何冊も並んでいる。これは魔導書といい「これも集めるのが大変だったんだぞー」と自慢していたが、でも、魔法を覚えるにはしっかり理解していないと正しく使うことはできない。
他にも並んでいるのは全て自慢されたことがあるダンジョン産のアーティファクトであった。
一個ぐらい持っていこうかななんて考えたことがある。しかし、アーティファクトを持って宝物庫を出ようとすると扉がロックされてしまった。そして、扉を開けるのにパスコードが必要となり出られないのだ。
そのため、残念ながら見たり触ったりはできるが持ち出すことはできない。
それらが並んでいる宝物庫の更に奥にある金ピカな箱が一際目を引く。
この金ピカな箱すらアーティファクトだ。父さんが言うにはこれは中に入れた物が決して劣化しないらしい。
金ピカな箱を開けると中には、真っ黒な色をした液体が小さな瓶に入っている。瓶には何も書いていないが、これは国宝級のアーティファクトの一種であり、飲むと特殊な異能を身体に宿すらしい。
なんでそんな事がわかるのか聞いてみた事がある。実はそれが父さんを一流のトレジャーハンターに押し上げたもので「見た物の本質を何となく理解できてしまう」のだと言っていた。
だから、父さんはダンジョンに入っても罠にも引っかからないし、自分には対処出来ないと感じたときには決して無理はしなかったそうだ。
本来は簡単には秘宝を持ち帰ることはできない。それどころか命すら落とすトレジャーハンターも多いらしい。
ちなみに、俺は来月で十八歳だ。この国では十八歳になると成人と認められる。
最初、母は俺がトレジャーハンターになることに反対された。
まあそれはそうだろう。俺は父さんの連れ子で、そして、この家に俺を置いたまま旅に出て行ってしまったのだ、反対する気持ちも分かる。俺は母からたまにしか家に帰ってこない甲斐性無しの父さんの愚痴は何度も聞かされていた。
しかし、決して諦めない俺のトレジャーハンターに対する熱い思いが伝わったのか今は一応のところ応援してくれてはいる。
旅に出ても父さんみたいにはならないで一月に一回ぐらいは顔を見せて欲しいと言っていたが、俺も父さんの血筋なので約束できるかは怪しいところだ。
今までダンジョン産のアーティファクトは人類の発展に大いに役立ってきた。アーティファクトはとても高価だし本当は簡単には手に入れられるような物では無い。宝物庫で寝かせているのも勿体無い!
もちろん、これからする事はアーティファクトコレクターの父さんには悪いと思っているんだよ?
まぁ何が言いたいかと言うと、俺は今からこのダンジョン産である真っ黒な国宝級の液体を飲もうと思っているのだ。
持ち出すことはできないが、宝物庫の中でならアーティファクトを使用することはできる。
俺はこれまでトレジャーハンターになる訓練や勉強はしてきた。だが俺には父さんみたいな『物の本質を理解する』なんて特殊な能力は何も持っていない。
魔導書で魔法を覚えること自体は悪くないかもしれないが、ちゃんとした威力の魔法に成るには才能があっても『最低十年』の訓練が必要なのだ。
そんなこと正直やってられない。
十年で一つの魔法を完璧に扱えるとしてもそんな時間は掛けられない!魔法を覚える訓練ばかりいつまでもしていたら、そのうち俺はじーちゃんになってしまう。
それじゃ、いつまで経っても一流のトレジャーハンターにはなれないね!
と考え、今から勝手に父さんの大事なお宝に手を出そうというわけなのだが。
と言うわけで……
「ごめんね、父さん」
俺は金ピカな箱の中にある小瓶を右手に取った。
「いただきます」
風呂上りの牛乳を一気飲みするように反対の手を腰に手を当て、小瓶の中に入った真っ黒な液体を飲む。
真っ黒な液体全てを流し込むように飲み干した。
のだが……
んー味もない。…というか何も変化がない。
「あれ、もしかしてこれただの黒いだけの水じゃないか」
これは父さん騙したな…、きっと自慢したくて話を盛ってたんだな!ちょっと飲むときドキドキしてたのにー!!
とそんなことを考えていると。
「あ」
視界が揺れ、力が抜け地面に倒れた。
「ぁ、ぁぁ……」
全身がガクガクと震えだし、声を出せなくなった。
「う、ぅー!」
胸が張り裂けるような痛みが現れる。
ドクドクと全身の血液の流れが激しくなる、まるで心臓が裂かれ破けたかのようだ。
「がっ……!」
頭が二つに割れるような痛みが現れる。手足にも痛みが出て引っ張られるようで身体が千切れそうだ。
痛い!痛い痛い!声がでず心の中で叫ぶ。
そして、全身にドンッと衝撃が走った。体が跳ねる。
すると、突如痛みがなくなった…
だが、次いで全身に痺れが出始める。そして、視覚、聴覚、触覚など全身の感覚の全てが分からなくなる。
何も見えない、何も分からない。痺れ以外の感覚はもう何も感じなかった。
あぁ…間違った、飲むんじゃなかった……
俺はどうなった……
全身の痺れだけを感じながら、勢い任せな自分の行動に後悔と絶望を感じながら俺は意識を失ってしまうのであった。
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