12.鍛錬のための訓練
今までの俺は考え方が甘かった。
俺は初心に戻りまた真面目に頑張ろうと思っていた。
中級者用のダンジョンとはいえ一階層のコボルトに殺されかけるとか、もし、自分の話じゃ無かったら何やってんだと馬鹿にしていたことだろう。
今回の失敗をあらためて思い直すと鍛え方も含めて考え直す必要がありそうだ。
もちろん、自分のためだ。別にアレックスに言われたからとかじゃ無いんだからね。いや、ほんとに男相手にツンデレとか無いです。
伝手なんてないし父さんも帰ってこないし、ハンターギルドでトレーニング方法を教えてもらうぐらいしか思い浮かばない。
という訳でハンターギルド前まで来ました。
ハンターギルドに入るのはこれで二回目だ。一回目はなんだかドキドキしていたが、今日は気合いが先立っている。
受付のお姉さんに聞いてみることにする。
「あのすいません、ここでトレジャーハンターのトレーニング方法って教えてもらえるんでしょうか?」
「ギルドではそのようなことはやっておりませんが、個別指導講師の紹介は可能です」
なるほど、紹介制度があるんだな。
受付のお姉さんは説明を続ける。
「戦闘のエキスパートにも剣士や格闘家、魔法使いの他に後衛専門の僧侶や罠解錠の専門家など様々な講師の登録者がおりますがどういたしますか?」
戦闘以外にもそういう紹介もあるのか、有用そうだ。でも、今の俺の課題はモンスターとの戦いだからな。
「近接戦闘系が良いんですが」
「では、こちらの名簿からお選び下さい」
ずらっと名前と職業と得意技能が書いてある名簿を見せてもらった。だが、これだけを見ても誰が良いのかぜんぜん分からない。
「この中で一番強くてオススメって誰ですか?」
「一番強い方ですか…たとえば、戦闘実績が最もある方ですとこのハイディという方になりますね」
「じゃあ、その人でお願いします」
よく分からないので受付のお姉さんを信頼して即決した。
「わかりました、少々お待ち下さい」
流れで個別指導を受けることになったが、一流ハンターにアドバイスを求めるのが俺には必要だったかもしれない。父さんは自分の自慢だけで有用なことは何も教えてくれなかったし。
受付のお姉さん曰く、今回紹介してくれる人はこの国で冠たる地位を手に入れた元一流探索者らしい。今は隠居してこの街の外れに住んでいるのだそうだ。
探索者だったのはかなり昔らしいので俺は全く知らなかった。
「こちらがギルドからの紹介状になります。紹介料が銀貨八枚になります」
紹介料にもなかなかの金額がかかる、まあ慈善事業じゃないしそんなものか。
受付のお姉さんに銀貨を手渡し紹介状を貰うと、ギルドを後にし早速紹介先へ向かうことにした。
歩いて向かっていると遠目から見てもすぐに分かるようなでっかい御屋敷があった。
「一流の探索者ともなるとこんなでかい屋敷に住めるのか」
屋敷を眺めていると庭も綺麗に整備されていて広い、その庭で日向ぼっこをしている人が居た。
よく見ると細身で白い髭が生えたヨボヨボなお爺ちゃんだった。
ヨボヨボ爺ちゃんはこちらに気が付くと声を掛けてきた。
「もしか、おぬしがギルドから連絡があったわしから指導を受けるもんか?」
「え?」
え、もしかして、このヨボヨボお爺ちゃんがハイディっていう元一流探索者なのか。
いやーぜんぜんそうは見えないんですけど…
「あぁはい、そうです…けど…」
あぁー…そっか、受付のお姉さん適当にあしらわれてたんだな。
受付のお姉さん真面目そうな人だったから信じていたのに…
「個別指導は有料じゃぞ」
一言目に料金の話か…
しかし、こんなお爺ちゃんの指導でお金を取るのか。
「まずはおぬしの力を見せてもらおうか」
ハイディお爺ちゃんは椅子から立ち上がり、立て掛けてあった剣を手に取る。
え、このお爺ちゃんと戦うの?大丈夫か?
こんなヨボヨボお爺ちゃんをコテンパンにしてしまったら家族の人に訴えられないだろうか……
「遠慮はいらぬよ、かかってこい」
はぁ、しかたない。怪我させないように加減して付き合ってあげるか。
「わかりました、いきますよ」
ショートソードを抜刀せず鞘のまま帯から引き抜き構え斬りかかろうとしたのだが……
「あれ?」
目の前に居たはずのハイディお爺ちゃんが突如消えた。
シュッ、バン!
「がっ!」
左の横っ腹に痛みが走る。
「目の前に敵がいて気を抜く奴がおるか」
いつの間にか横っ腹を斬られていた。相手も鞘のままだったため傷はないが痛くてまともに動けない。
シュッ、バン、ダン、ダダン!
斬撃が肩、背中、足、腕へと次々と繰り出され全身に痛みが走る。
「くそっ!うっ、ぐぅ、うあっ、ぐあー」
多方面から鞘のままの斬撃に俺は何も反撃できずにやられるがままだ。
「鍛錬が足らん!」
シュッ、ドッゴン!
斬撃で吹き飛ばされ木の幹に激突する。
もう、動けないがそのまま慈悲なくボッコボコにされた。手加減がない。
「そこに座れ」
一通り全身を痛ぶられた後、俺は地べたに正座させられる。
「痛てて…」
「おぬしは何もかもが足りておらん」
「ど、努力はしているつもりだったんですが…」
「結果を出している努力家たちの努力量はお主が思っている想像以上じゃ」
「まだまだ努力が足りないってことですか」
そうなのか…ダンジョンで会った同世代の探索者を見たときからその可能性は頭にあった。
「そうじゃ、だがな、がむしゃらに鍛えればいいというものでもない。力任せばかりで繊細な技術を持たなければいつかそれが致命傷になりえるじゃろう」
「……なるほど、そうですね、細かい技術は習ったことが無いです」
「あとは、手合せでわかったがおぬしには技術以外に危機感が足り無いのも大きな問題じゃ。わしとの手合せの際に老骨と舐めておったんだろうがそれではいつか死ぬ。ゴブリン相手に木の枝を首に刺され亡くなった者もおる、どんな相手でも死の危険はあるんじゃ」
ハイディさんはかなりの経験者なのか、俺の短所を的確に見抜いてきた。さすが実績がある探索者はこういうものなのか、これは信頼できそうだ。
「何よりも実戦経験じゃ、さっそくダンジョンへ向かってもらう」
え、まだ、全身打撲で痛いのですが…んー、やるしかないんだよね。
「…わかりました」
「そこでスライムを狩りなさい」
え、なんで?スライムなんて狩っても…
「このつまようじを使ってな」
「へ?」
喉から変な声が出た。
「これは危機感と技術を鍛えられるワシが考えた画期的な方法じゃ、スライムの核の中心を全力で勢いよく的確につまようじで刺せば倒すことができるからの」
無理でしょ。
「あの、それは不可能なのでは?」
「やらずして何故不可能だとわかる!早く行ってくるんじゃ。百匹倒して核を百個持ってくるまでじゃ」
マジか…、でもまぁ、やったことは無いし本当にできるのかもしれないし…
「わかりました、行ってきます」
「では、このつまようじ一セット持って青のダンジョンへ行くんじゃぞ」
「…はい」
こうして初心者ダンジョンと言われる「青のダンジョン」に恥ずかしくもつまようじを装備して行くことになったのだった。