No.72 新月の下でまた会おう
どうにかこうにか、ユウさんからの誤解は解けたものの、朝からグッタリしてしまった。
…というか、昨日の疲れもあまり取れなかった。
「おい、バカップル、やっと起きたのか?」
「バカップルはやめてください…」
俺は寝ぼけ眼のスーナを連れて、一階の居間に向かった。
「相変わらず、スーは朝弱ぇな」
「なんだったら、まだ寝惚けてますからね。…あれ、駿は?」
「あのバカか? 昨日の夜ベロベロに酔っぱらったお前のじいさんに引きずられながら帰ってきて、ずっと寝てるぜ。さっき起こしに行ったけど、まだダメそうだなありゃ」
あー成程、昨日駿が村長さんに呼ばれたのは、そういう事か。
村長さんも酒の席の助けを高校生に求めんなよ…。
…まぁここに高校なんて無いけど。
「やっと起きやがったか蓮斗」
じいちゃんも居間にやって来た。
「おいじいちゃん、駿グッタリしてるけど、一体何時まで飲んでたんだよ?」
「んだよ、俺ぁアイツに酒の一滴も飲ませてねぇぞ? 夜中の3時には帰ってきたし…」
「いや、十分遅いから! そこまでいったら、逆にちょっと飲ませてあげた方が良いんじゃないか位だから!」
「別に俺が呼んだ訳じゃねぇぞ? ロジの野郎が勝手に…」
ダメだ、アル中じじいと話してもあまり意味をなさない。
いや、意味をなさないじゃないや、言わなきゃいけない事があるんだった。
「それはそうとじいちゃんに相談があるんだ」
「相談ん…?」
「俺、今回のはあっちの世界には帰らないで、こっちに留まる事にした。だから、あっちにはじいちゃんと駿だけで戻ってくれよ」
「はぁ? 急にお前は何を言い出すんだ?」
俺は昨日、ここにアルフが来た事、そして世界滅亡の危機に瀕している事を話した。
「成程、そいつの言う事が正しけりゃあ、あまり時間がねぇっつー事か…」
「だから、俺とスーナはここに残って…」
「いや、それは出来ねぇな」
「…えぇ…?」
じいちゃんの予想外の言葉に、俺はあまりにも間抜けな声を出してしまった。
「な、なんで出来ないんだよ? もう時間が無いんだよ?」
「蓮斗…お前、何か身体の異変に気が付かないか?」
「異変…?」
思わず反射的に声を返したものの、俺はじいちゃんの一言で分かってしまった。
「身体が…少ししんどい」
「え、そうなのレン君?」
「あたしは特になんとも無いけど…」
「いや、大した事はないんだけど、身体が重いなって…」
「何でか分かるか…?」
俺はじいちゃんに何を聞かれているのか分からなかった。
理由何てものを聞かれても、答えなど出るはずがなかった。
「この世界の大気中に魔力が満ちている事はロジからも聞いただろ?」
「あぁ…まぁ」
「この世界に住んでいる者はずっと魔力を浴び続けて生きていき、そのまた子供もずっと魔力を浴び続けている。要は魔力の耐性ができてるっつー事だ。だが、俺やお前、駿の野郎が長期間浴び続けていると体に負担がかかり過ぎちまい、やがて床に伏しちまうんだ」
「じゃあ俺のこの疲れっていうのは…」
「大気中の魔力を浴び続けたせいだ。ギリギリ人体に影響が出るか出ないかの境界線が1ヶ月だ。それを超えちまうと深刻な影響が出ちまう」
「だけど…」
「時間を気にしてお前が焦るのは分かるが…事を成すにはまず健康である体が基本だ。いくら志や覚悟があっても、事を成すだけの体が無きゃ意味ねぇだろ?」
「…」
「気持ちの切り替えも重要なこった。ここは大人しく帰って頭のリフレッシュでもしろ」
「分かった…」
「そうと決まりゃあ、とっととロジの野郎に挨拶しとけ。んで、スーナちゃんはどうすんだ?」
「レン君が帰るんなら、私も一緒に帰ります。レン君が私を支えてくれた様に、私もレン君を支えていきたいです」
「スーナ…」
「それじゃ決まったな。準備が出来次第行くから、準備しとけ」
そう言って、じいちゃんは家を出ていった。
「…まぁ仕方ないか。体壊しちまったら、確かに見も蓋もないし…」
「レン、お前意外と切り替えが早ぇんだな…」
「そうですか? だって考えたり悩んだりしても仕方ないし…。悩まな過ぎですか?」
「いや、あたしは嫌いじゃないぜ! 時には悩んだって答えの出ねぇ事もあんだろうしな」
「ユウさんはどうしますか?」
「あたしはここに留まって、お前らが戻るまでこの村とこの神社を守ってるよ!」
「ありがとうございます。決して無理はしないでくださいね」
「ばっきゃ野郎が、あたしは用心棒だぜ? 無理もクソもあるかよ! 守るっつったら守んだよ!」
「ありがとうございます、ユウさん! 私の家なら自由に使って貰って構わないですからね♪」
「あんがとよ、スー! あー、後レン!」
「はい?」
「…次に帰ってきた時は、プリン…沢山作ってくれよ…」
「…はい、約束です!」
「よし、確かに約束したからな! じゃあお前らとっとと行ってこい!」
ユウさんと暫しのお別れをして、俺とスーナは家を後にし、歩き出した。
「おい、ちょっと待てぇぇぇ!」
後ろを振り向くと、駿が血相を変えて追いかけてきた。
「お、お前らいくらなんでも薄情過ぎない!? え、一言位声かけてくれてもいいじゃん!」
「あ、ごめん、すっかり忘れてた…」
「忘れてたって! 俺だっているよ! 忘れないでくれよ! 一緒に帰ろうよ!」
駿は半べそ混じりに俺に訴えた。
「分かったよ、悪かったって…。じゃあ帰るぞ」
俺とスーナは、駿を宥めながら村長さんが居る所へ向かった。
「おぉ、レント君にスーナ、それに駿君も! そうか、今日は新月の日か。いよいよあちらの世界に戻るんだね?」
「はい、今回もお世話になりました。また、1ヶ月後に必ず戻ってきます」
「はっはっは、礼を言うのはこちらの方だよ。君達のお陰で村は滅びずに済んだ。感謝してもしきれないよ」
「いえ…一番は村の人達が轟孤に負けなかったからですよ」
「まぁ…我々とて黙ってやられる訳にはいかないからね!」
村長さんはスーナの目の前に立ち、優しい顔を見せた。
「スーナも…しばらく見ない間になんだかたくましくなったね」
「それは…レン君が一緒に居たから」
「そっか…」
そう言うと村長さんは再び俺の方に向き直った。
「これからも…スーナの事を頼むよ…」
その時、俺は村長さんがどことなく元気が無い様に見えた。
「はい、頑張ります!」
「あの~ロジさん、俺には特に何もなしですか? 昨日とかロジさんに呼び出されてえらい目にあったんですけど…」
「あはは…昨日はすまなかった、シュン君。リンタロウが酔いに酔って手が付けられなくてね…」
「ホントですよ…。あの人、大概頭おかしいし…」
「駿、お前他人の祖父を孫の目の前でディスんじゃねぇよ」
「あ、すみません」
「じゃあ村長さん、お元気で! ビナもまたな!」
「うん、レン君、スーナちゃん、シュンさん、またね♪」
「ビナちゃーーん! 俺、絶対また来るからねーー!!」
「いや、お前散々文句言っといて、またこの世界来るのかよ!」
「バカ野郎、ビナちゃんがいるのに会いに行かないどおりはねぇだろうよ!」
「いや、まぁ何でも良いけど…」
俺達はそこを後にして、じいちゃんの待っている神社に向かった。
周りを見渡してみると、まだ襲われたままの家もちらほら残っているものの、大部分の家の修繕が終わっていた。
「駿も復興作業、お疲れさん。村もだいぶ元通りになってんな」
「いや、ホントに俺頑張ったからね! まぁでも村の人達が頑張ったって事もあんだけどな」
「でもレン君のお爺ちゃんとシュン君が頑張ってくれたから、村の人達も頑張れたんだと思うよ! ホントにありがとうね♪」
「いやー、なんつーか!? 困ってる人達を見てっと? 俺の中の正義感というか親切心が疼くっつーか? 気付いたら復興作業してっていうのかな? なんか本能が俺を突き動かしてたみたいな?」
駿の戯言を聞き流しながら歩き続け、やっと神社に辿り着いた。
「おう、おめぇら遅かったな。待ちくたびれたぞ」
「じいちゃんが早いんだよ。つーか、村長さん達に挨拶しに行けっつったのは、どこの誰だよ」
「おら、愚痴はいいからさっさと帰んぞ」
やがて神社の祠が光り始め、俺達は光に包まれていった。
「何? 何? 何この光ー!?」
「駿、うるさい、黙ってろ」
そうしてやがて俺はスーナをしっかり掴んだまま、やがて意識を失っていった。
やはり何度味わっても慣れない感覚だ…。
………
……
…
…
……
………ここ…は…?
「……ん……君…レ…君…レン君!」
「あ…れ…スーナ…?」
俺は意識を取り戻し、目を開くとそこは、神社、目の前の駄菓子屋にその隣のクリーニング屋と…良く見慣れた光景が広がっていた。
「そっか…俺達、元の世界に戻って来たんだった…。スーナは無事か…?」
「私…? 私はなんともないよ! レン君は大丈夫?」
「俺も大丈夫だ。あれ、じいちゃんと駿は…?」
「先にお家に戻ったよ。シュン君も自転車に乗って涙流しながら帰って行ったよ」
「アイツ、泣くほど辛かったのかよ!」
「シュン君、ずっと大変だったもんね」
「そうだなぁ…アイツもアイツで頑張ったんだよな…」
「じゃあレン君、私達もお家に帰ろ♪」
「そうだな」
長い様であっという間だった異世界の旅。
色々知った事実に戸惑いながらも、俺とスーナは前を向いて歩いて行く。
どちらからとも無しにお互い手を繋ぎ、1ヶ月ぶりの家路を目指して歩き出した。
※今回の更新で一旦、5章完結になります。
次の更新は11月01日(金)の夜頃となります。
度々の休載すみません。