No.7 温かな日々に感謝を
まさか…たった1ヶ月でここに戻って来るとは…いくらなんでも早すぎんだろー。
「レン君…なんでここに…?」
「た…ただいま、スーナ…」
もう…わけが分からない…。なんでまたこの世界に…。
さっきまで神社にいたはずなのに……神社…そういえば前も神社にいたんだっけ?
とりあえず、状況把握をして情報整理をしなくては。
「あ、スーナ…、えーっと来ていきなりで申し訳ないんだけど、ここってイクタ村…かな?」
「……」
あれ、スーナから返事がない。え、なんでスーナ黙ってんの?もしかして怒ってる?
急に目の前に出てきたからビックリさせちゃったか?
あれ、なんかスーナ…泣いてる?なんで?泣く程俺に会いたくなかったとか?
「あの…スーナさん…?」
俺が言い終わる間もなく、スーナは思い切り俺に抱き着いてきた。
予想もしないスーナの行動に俺は軽くパニックとなった。
「ちょ、ちょ…どうした急に!!」
少しばかり体を俺から離すと、そこには泣きじゃくりながら俺の目を見つめているスーナの顔があった。
「レン君…会いたかった…」
そういって再び俺の体に思い切り抱き着いてきた。正直痛い。ちょっと加減してほしかった。
「…とりあえず、一旦離れてくれ。体起こせないから」
「あ…ごめん」
そういってスーナはゆっくり俺の体を解放してくれた。スーナの涙で俺の服が濡れていた。
…そういえば、また服が変わってる。初めてここに来た時に着ていた服と一緒だ。
「スーナは元気にしてたか?」
「うん…元気だったよ」
「ホントか?元気だったよって言う声が元気ないぜ」
「ごめん…ホントはずっと寂しかったんだ。毎日毎日が寂しかった」
「そ、そんなにか」
「ふふ、おかしいよね。レン君が帰って元の生活に戻っただけなのに。でも…やっぱりレン君がいない生活は辛かったよ」
スーナがそう言いながら潤んだ目でこちらを見つめていた。
うぅ、そんな目で見つめられるとすごく恥ずかしい。
でも…女の子にそんな風に思ってもらえるのは正直、悪い気はしない、それどころか嬉しく思う。
それなのに、日本での日常生活に戻っていく内に、俺はスーナとの日々を半ば夢だと思う様になってた。
でももう確信した。これは夢じゃない。俺は現実を生きているんだ。
「はは、俺と出会っちまったばかりに、スーナには寂しい思いをさせちゃったみたいだな」
「レン君と出会えた事は一生の宝物だよ!…だからそんな事言わないで…」
「あ…ごめん、でもありがとうな。俺もスーナに出会えて良かった。またこうやって再会できたしな」
「…うん!」
「さて…まぁ戻ってきたきちまったもんは仕方ない…。またスーナの家でお世話になりますかな」
「ふふ、喜んで!」
ようやくスーナの顔に笑顔が戻った。相変わらず可愛い笑顔で思わずみとれてしまった。
それから俺たちは村長さんの家に向かった。一応、戻ってきたことの挨拶をするためだ。
「村長さーん!スーナでーす!」
相変わらず大きな声でスーナが呼び出すと、ギィとドアと開いた。
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえて…おや?」
「村長さん久しぶりです。蓮人です。すみません、また戻ってきちゃいました…」
「ははは、これまた随分早くこちらに戻ってきたもんだ!」
「いやー俺もそんなつもりはなかったんですけど…。またイクタ村にしばらく厄介になります」
「構わないよ。知らない仲じゃないんだし。それに君が帰ってからというもの、ずっとスーナが元気無くてね」
「そ、村長さん!余計な事言わないで!」
スーナが顔を赤らめながら大声を出した。
「ははは、別に恥ずかしがる事じゃないよ。1ヶ月とはいえ、一緒にいた人が居なくなったんだ。寂しいと思うのは普通の事だよ」
「…はい」
「なんにせよ、蓮斗君がこうしてまたイクタ村に来てくれたんだ。素直に喜んだらどうだい?」
「…うん、村長さん!」
いやー、あんまり喜ばれてもなー。
もちろん、またスーナに会えた事は嬉しいんだけど…。
ずっとここに居る訳にもいかないし…。
まぁいいや、今ごちゃごちゃ言って水を指すのは止めとこう。
「所で、ここって俺がいなく為ってから、どれくらい経ったんですか?」
「そうだねー丁度1ヶ月ってところかな?」
1ヶ月…ってことは俺のいた世界で過ごした時間とこっちの世界の時間はリンクしている。
でもこっちで過ごした時間があっちには反映されていないって事か…。
「もしかして、次俺が元の世界に帰れるのも1ヶ月後って事ですか?」
「そうだね、前回と同じだね」
成程、って事は少なくとも1ヶ月間またこの村でスーナと過ごすことになるって事か。
まぁ見知らぬ土地に放り込まれるよか全然マシだけど。
「分かりました。とりあえず、またこの村でスーナと村長さんにお世話になるんで、宜しくお願いします」
「ははは、相変わらず君は礼儀正しいな。もっと楽にしなさい」
「はい、じゃあまた…」
「そうだ、蓮人君。次に元の世界に戻った時は、君のおじいさんに宜しく言っといてくれ」
「俺の…じいちゃんに?」
「あぁ頼んだよ」
「え、あ、はい、分かりました」
村長さんは俺のじいちゃんを知っている…?いや、まさかな…。
じいちゃんの事何も話して無いし、じいちゃんにも何も喋ってない。
まぁ家族に宜しく的な社交辞令的なアレだろう。
こうして俺とスーナは村長さんの家を後にした。
ほんの1ヶ月前にもこうやって二人でよく歩いていたのに、なんだかものすごく久しぶりの感じがした。
「スーナは変わりないか?」
「うん、特には変わらないよ」
「そっか。まぁ1ヶ月しか経ってないもんな」
「そうだね。レン君はどう?あっちの生活も変わりなかった?」
「こっちも変わりなしだ。まぁ強いて言えば"寝ぼけ神社"っていうあだ名が出来た位か」
「え、何そのあだ名。レン君いじめられてるの?」
「いや、別にそんなんじゃないよ。まぁあだ名に関してはあんま否定もできないけど」
「寝ぼけ神社を否定できないの!?レン君の身に何があったの?」
「まぁ…忘れてくれ」
「フーン、変なの」
「変なの言うなよ」
「だって変なんだもーん」
スーナとのこのやり取りも懐かしく感じるな。ってどんだけ感傷的になってんだ俺は。
そうこうしている内にスーナの家に着いた。
「スーナの家も…まぁ変わりはないわな。じゃあお邪魔しまーす」
「あ、ちょちょちょちょちょ、待ってレン君!」
「え、何、急にどうしたの?」
「ちょっと中散らかってるから、片付けてくるので、しばしお待ちを!」
「いや、別に多少散らかってても気にしないから大丈夫だよ」
「ちょ、あの、多少よりちょっと多めっていうか…その、今日は家の調子があまり良くないなーみたいな」
「…スーナ、もしかして…」
「あー!!中入っちゃダメー!!」
俺が玄関を開けて中に入ろうとした瞬間、スーナが俺の体を思い切り引っ張り、
その弾みで二人ともバランスを崩して玄関に倒れこんでしまった。
「いででで…スーナ急になん……」
目を開けると眼前にスーナの顔があった。あろうことか俺はスーナに覆い被さられていた。
「あたた…ご、ごめんねレン君、大丈夫?ケガしてない…?」
「あの…スーナさん…いくら散らかってる部屋の中見られたくないからって…押し倒す事ないのでは…?」
「あ、あ、ごめんなさい、今すぐどくから!」
「別にそんな散らかるったって、一人暮らしなんだし、大層なもんじゃ…ん?」
体を起こす拍子に床に手をついた際、何か布の様なものが手に触れた。
「なんだこれ?…あれ…これ…パンツ…。…いやなんでこんな所に……?」
ふと顔を上げると、スーナが顔を真っ赤にして今にも死にそうになっている。
あれ、これってもしかして…。
「これってスーナが今まで履いてたパンツ…」
「ちがーう!!」
「じゃあなんでこんな所に…って…ん?」
廊下を見ていると、何故か衣類が散乱していた。
よく見ると箱やら荷物やら何やらが廊下の端に山積みになっていた。
俺はもしかしてと思い、家の居間の方に向かって歩いた。
「ちょちょちょ、待ってレン君、居間には今入らないでー!!あ、韻踏んじゃった」
居間の中に入るとそこには信じられない光景が広がっていた。
「スーナ…これは一体これはどういうことだ」
脱いだ衣類、使用済みの食器、食べかけのお菓子の袋、良くわからない物に良くわからない物…
もはや散らかっているとかいうレベルじゃない。これ、テレビとかでよく見る奴や…。
「ごめん、ちょっと散らかっちゃってて…」
「いやもう、これ散らかっているっていうレベルじゃないから!1ヶ月の間に何があったんだよ」
「いやー…服作りに夢中になっちゃってて…こんなんなっちゃいました」
「こんなんなっちゃいましたーじゃないだろ!この間はこんなに散らかってなかったじゃん!」
「あの時は、たまたま村長さん所のメイドさんにお掃除してもらいまして…」
「村長さん所のメイド拝借したんかい!」
「だって…掃除得意じゃないから…」
「いや、得意とか得意じゃないとか関係ない位散らかってるから!」
「だって~…」
段々、スーナが泣きそうになってきたので、この辺でやめとこう…。
成程、廊下に散乱していた衣類はスーナが作った服だったのか。
っていうか売り物の服、廊下に散らかしとくなよ!
当面の俺の仕事は決まった。この散らかし娘の散らかした部屋の片づけ・掃除だ。
幸い、スーナは殆ど居間か寝室にしかいないらしく、それ以外の部屋は割合片付いていた。
箒で掃いたりしてないせいで、埃はだいぶ溜まっているけど…。
2時間かけてようやく居間と寝室の片づけと掃除が終わった。
こうして片付けてみると、やっぱりこの家の中は広いと感じてしまう。
どうしたって女の子1人が住むには広すぎるよな。
確かにこの広さだと掃除するのも一苦労かもしれない…。
まぁだからといって片付けしなくていい理由にはならないけど!
「レン君、ありがとう!部屋が見違える位綺麗になったよ♪」
「見違える程散らかしてた自覚はあったんだな…」
「へへへ。あ、もうすぐ夜ご飯にしなきゃだね!今日は私が作るね!」
「あれ、スーナって料理するんだっけ?」
「うん、ずっとレン君が作ってくれてた料理、私も見よう見まねだけど作れるようになったんだ♪」
「マジか!えらいな!じゃあ楽しみにしてますかな」
「うん、楽しみに待っといて♪」
女の子の手料理って…俺初めてかもな…。
いや、一回茜が俺んち来た時に作ってくれたっけか?
でもあれを料理って呼んでいいのか…料理という名の拷問を受けた何かだった気がする。
……あれはノーカンだな。よし、今日、初めて女の子の手料理を食べるって事にしとこう!
しばらくするとエプロンをしたスーナが料理が盛られた皿をもって居間にやってきた。
やばい、エプロン姿って結構良いな。
「おまちどう様!さぁ召し上がれ♪」
成程、俺が作ってた料理ってチャーハンの事だったのか。
確かにスーナ、卵料理の次に気に入ってたもんなー。
見た目は…うん、ご飯もパラパラしてて美味しそうだ。
「ありがとう。それじゃあいただきます…」
スプーンでひとすくいし、口の中に運んだ…。
「うん!美味しいよ!」
やばい、これめっちゃ美味しい!正直、俺が作ってたチャーハンより美味しくね?
アレ、そう考えると若干複雑なんだけど。いやでも謎の感動だわこれ…。
「ホントに?ありがとう!すごくうれしい♪」
満面の笑みを浮かべながら言うと、スーナもチャーハンを食べ始めた。
「こうやって誰かと一緒にご飯を食べるのってレン君と以来だよ」
「え、そうなのか?村の人達と一緒にご飯を食べたりはしないのか?」
「ううん、みんな家族がいるし、邪魔しちゃ悪いから…」
「別に邪魔だなんて事は無いんじゃないの?別に一緒にご飯食べる位…」
「いいの、慣れてるし。それに今はこうやってまたレン君と一緒に食べれるから♪」
なんだろう、村の人達とは別に仲悪い訳じゃないんだろーけど、どっか距離があるような感じだな…。
まぁ部外者の俺がどうこう言うこっちゃないんだけど。
「美味しかったよ、御馳走様!」
「えへへ、どういたしまして♪」
コレアレじゃね?端から見たら、完全に若夫婦なんじゃね?
ヤバい、意識すると途端に恥ずかしくなってきた!
…スーナはどう思ってんのかな?意識…してなさそうだな。
あれ、意識してんの俺だけ?やば、重ね重ね恥ずかしいんですけど!
イカンイカン、平常心平常心…!
「レン君、どうしたの?」
「う、ううん、なんでもないよ!」
ビックリした…急にスーナが顔覗きんできた…心臓止まるかと思った…。
「なんだか、すごい惚けた顔していたよ~」
「え、俺そんなに間の抜けた顔してた…?」
「んー、村長さんが朝起きた時の顔みたいだった」
「悪い、スーナさん、せめて俺が知ってるもので例えてくれ。そして、村長さんに謝れ」
「レン君、村長さんの朝の顔ったらすごいんだよ!いつもの村長さんから全然想像できないんだから!」
「いや、別に村長さんの恥ずかしい顔を掘り下げなくていいから!許してやって!」
俺たちはなんちゅー話で盛り上がってるんだ。ついさっきまで意識してたのがアホみたいだ。
なんにせよ、どうせ1ヶ月こっちにいなきゃなんないんだから、のんびりした暮らしを楽しむか。
俺がイクタ村に戻って来て、3日が経った。
ここでの生活の勘を取り戻しつつ、服作りに勤しむスーナの身の周りの世話をしている。
相変わらず毎日の神社通いは欠かさず行っている。
以前と変わり映えしないと言われればそれまでだが、割とのんびり楽しくスーナとの生活を送っている。
その日もいつも通り、俺は夕食の支度をしていた。
スーナは村長さんに用があるだとかで出かけていた。
今日の献立は、親子丼。スーナの好物だ。いつも幸せそうに食べてくれるので、こちらも作り甲斐がある。
「そろそろ、戻って来る頃かな…」
なんとなしにスーナの帰り時間を気にしていると外から聞きなれない声が聞こえてきた。
「ミーっ」
…なんだミーって。
「ミーミーっ」
…なんだミーミーって。
「レン君レン君!」
…なんだレン君レン君って。…ん?
「レン君、ちょっといい?」
「おー、おかえり。どうした?」
「実はこの子達…」
「へっ?」
スーナが何かを腕の中に抱えている。
よく見ると2匹の小さな三毛猫の子供だ。まだ生まれて間もないのか、目が完全には開いていない。
「あれまースーナ、その腕の中にいる猫達は…?」
「村長さんの家から帰るときに、見つけたの。捨てられてたみたいで、近くにお母さん猫も居なくて…」
「こんな赤ちゃん猫なのにひどいな。っていうか、この村にそんなことする奴がいることにショックだわ」
「多分、よそからこの村に来た人が捨ててったんだと思う。たまにいるの、そういう人」
「マジか!この村をなんだと思ってるんだよ…」
「最初、私もどうしようかと思ったけど、この子達を見てたら見捨てられなくなっちゃって…」
「なるほどな…村長さん家に押し付ける訳にもいかないしな」
俺達がこの仔猫達をどうしたもんかと考えているとき、スーナに抱かれていた猫の一匹が、スーナの腕から抜け出して、俺の足元にすり寄ってきた。
「なんだ?どうしたんだお前~」
仔猫はしきりに俺の手をペロペロ舐め出した。
そっか、俺の手に着いた鶏肉の匂いに反応してんのか。
あまりにも弱々しく、しかし懸命に生きようとしている命を目の当たりにして、助けない理由が俺には見つけられなかった。
「よし、俺らで引き取ろう」
「え、良いの!?」
「スーナだって元々そのつもりでコイツらをここに連れてきたんだろ?それにこんなに必死に生きようとしてんだから、なおさら見捨てられないよ」
「うん、そうだね!私たちがこの子達の親になってあげよう!」
「よし、決まりだな。名前は…スーナが決めていいよ」
「名前…うーん、悩むなー。ほれほれ、君たちはどんな名前が良いのかな~?」
「みー」
「みーみー」
スーナが子猫たちの首を撫でてやると、気持ちよさそうに鳴いていた。
「よし、決めました。目元に泣き袋みたいな模様がある子がミーちゃん、尻尾にお星さまみたいな模様がある子がミミちゃんです!」
「あはは、スーナ、絶対今の鳴き声聴いて名前決めたろ?」
「えへへ、バレてた?さすがに安直過ぎたかな?」
「いや、いいんじゃないかな。スーナが良いと思ったんなら」
「じゃあ決まりだね♪今日から君たちはミーちゃんとミミちゃんです」
「ミー」
「ミーミー」
新しい名前が気に入ったのか、聴いた中で一番元気な鳴き声を響かせていた。
こうして俺たちの生活に新しい家族が増えた。
俺とスーナと二匹の子猫。四週間後にはまた元の世界に戻ってしまうし、
またこっちの世界に戻れるとも限らないけど、とりあえずは現状の幸せな日々を享受しようと思う。
幸せ…そっか、俺にとってこちらでの生活がかけがえのないものになっていたんだな。
…なんて言ったらじいちゃん達は怒るかな?
なんせ、父さんの墓参りをほったらかしてこの村に来ちゃってるんだもんな…。
父さん、ごめん、元の世界に戻ったらちゃんと墓参りするから、もう少しだけこの村での生活にいさせてください。
「さ、レン君、中に入ろう」
「おう」
また今日も日が暮れ、一日が終わる。そして明日がもっと楽しい一日でありますようにと心の中で呟く。
何故か俺は、父さんがいつも言っていたその口癖を思い出した。
「だと良いな」
そう呟いた俺の瞼に映る家の明かりが、いつもよりも暖かく優しかった。