No.58 継
「ユウさんのお母さんが…轟狐に?」
ユウさんはゆっくりと頷いた。
…正直、なんて声が掛けていいか分からなかった。
事情を知らなかったとは言え、今から自分の母親の仇である組織の元メンバーの所へ案内させるのは、あまりに酷ではないかと思った。
「今から8年前にな。その日は今日みたいに良く晴れた日だった。あたしは母ちゃんの仕事姿を見る為に、メメインストリートに行っていたんだ。母ちゃんはその日の来賓として来ていたグランルゴの国王の護衛に付いていた」
グランルゴ…確か、ゲンガとかいうグループが根城にしている所じゃなかったっけ…?
「そしたら、沿道から飛び出してきた一人の男に刺されちまったんだ。すぐに病院に担ぎ込まれたけど、父ちゃんとあたしに見守られながら息を引き取ったよ…」
「じゃあ国王の事を身を挺して守ったって事か…」
「表向きにはそういう事になってるけどな」
「…? どういう意味ですか?」
「轟狐の狙いは最初から母ちゃんだったんだよ」
「え、なんで!?」
「今でこそカジノの町が有名になっているけど、このワガマタに匹敵する漁港を有していてさ。それもあって昔から交流が盛んだったんだよ。特に先代のグランルゴ国王は親しくしてて、よくこの町に来てたんだよ。そんなある日、来賓として来た時に国王が轟孤に襲われる事件が起きた」
「なんで轟孤がわざわざ国王を…?」
「当時、ゲンガのグループは深刻な資金不足に陥っていてさ。丁度グランルゴでカジノを作ろうって動きがあるのを嗅ぎ付けて、どうにか自分達に利益が回るように裏工作をしてたらしいんだ。でも当時の国王はカジノを作る事を頑なに認めなかったんだよ。轟孤からしたら、せっかく資金が回るように根回ししていたのに、無駄になりかねない状況だったんだ」
「それで国王を…。でもなんでわざわざワガマタで?」
「此処で事件を起こしても、この町に元々いる轟孤…つまりアフルの連中のせいに出来るからな。それにゲンガとアルフは仲が悪かったし、アルフの勢力を削ぐのも目的だったんだろう」
ミタの町長さんから、あまり交流は無い程度にしか聞いていなかったけど、そこまで仲が悪いとは…。
益々、アルフのグループが轟孤である理由が分からない。
「だけど、当時護衛に付いていた母ちゃんが轟孤をとっちめたのさ。そのまま、その轟孤はこの町の牢屋にぶちこまれた。グランルゴ国王の情けで極刑こそ免れたものの、終身刑で今も牢屋で踞ってるさ」
「じゃあその報復としてユウさんのお母さんが…」
「そういう事だ。どうやら母ちゃんは人を守るのには長けていたけど、自分の身を守るのは向いてなかったってね」
「でも今、グランルゴにカジノがあるって事は、結局国王は…」
「いや、国王は自ら王の座を降りて、そのまま隠居生活さ。やっぱり自分の護衛をしていた人間が殺されたっていうのはだいぶ堪えたみたいだ。自分のせいで犠牲を出してしまっただなんて事を考えては、苦しんでたみたいだぜ」
「そうだったんですか…」
「ったく、命を落としてまでも救ったってのに、そのせいで王の座までも降りちまうってなっちゃあ、あたしの母ちゃんも救われないよな~」
「じゃあそのお母さんの無念を晴らす為に、用心棒の仕事を…?」
「違わくもねぇけど、一番の理由じゃないな。最後の最後に託されちまったんだ、母ちゃんに」
「託された?」
「病院に運ばれた母ちゃんは、もう幾何もねぇ命の中、あたしに『あたしが守ってきた用心棒としての誇り、今度はユウが守っていくんだよ』ってな」
「それで…」
「おかしな話だよな。自分の娘にあろうことか、自分が命を落とした仕事をさせるってんだからよ」
「でも…それでもユウさんはお母さんの意志を継いだんですよね」
「まぁな。理屈じゃねぇんだ。それに断る理由も特に無かったしな」
でも…だったら尚更…。
「尚更、借金取りに終われて職失ってる場合じゃなかったんじゃないですか。なんでプリンが勝っちゃってんすか」
「それは…」
「いや、それはじゃねぇだろおぉ!! お母さんの意志、どこ行ったよ! ホントにしっかりしてくださいよ!」
「そ、そんなこと言われてもよ…」
何故かユウさんは涙目になっていた。
いや、この期に及んで何泣きそうになってんだ、この人。
「レン君、その辺にしてあげよう。ユウさんベソかいちゃってるし…」
「いや、スーナこそ言い方…。まぁ…自分も言い過ぎました。でもまたちゃんと用心棒の仕事につかないとですよ!」
「…はい」
ユウさんは、完全に大人に怒られた子供状態になっていた。
しばらく歩いて行くと、先程、ユウさんが家だと言い張っていた場所に戻ってきた。
「あれ、ここって…」
「実はあたしの家からだいぶ近いんだよ」
そう言いながら、何の変哲もない建物の壁を触ると、丁度大人一人がやっと入れそうな入り口が姿を表した。
「おー、スゲーなんか忍者屋敷みたいだな」
「にんじゃ…ってのが何なのかは知らねぇが、面白いだろ? じゃあ中に入るぞ!」
ユウさんに言われるがまま、俺達は隠れ家の中に入って行った。
中は明かりがあまり入っておらず、かなり薄暗い。
「スーナ、ここ暗いけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫!」
「あの、ユウさん、ここって勝手に入って良いんですか? 元轟孤の人って、臆病なんでしょ?」
「事前にここに来る事は、父ちゃんから奴に伝わってるから大丈夫だ。さぁもうすぐ着くぞ!」
かすかではあるが、行く先の方から光が漏れている。
恐らく中に元轟孤がいるのだろう。
やがて、俺達は寂れた扉の前に辿り着いた。
「よし、着いたぞ! おーい、ガラさん、居るか!? ユウだ!」
すると、ゆっくりと扉が開き、中から人が出てきた。
「相変わらず君はうるさいなぁ…」
話で聞いていた以上に臆病そうな男が眠そうな顔を俺達に披露さした。
「…これがホントに元轟孤…?」




