No.4 村長さん
すっかり夜が更けてきた。さっきはとんだ醜態を晒してしまったが、やっと落ち着いてきた。
「明日は村長さんの所に行かなきゃだし、明日に備えて寝よっか!」
「そうだな、別にすることないし。寝る場所は2階か?」
「そうだよ、こっちこっち」
スーナに案内され、2階の和室に入ると、そこには1つの布団に枕が二つ置いてあった。
ここまでくるともう驚かない。スーナにとって一緒に寝る事は、なんら普通の事なんだろう。
俺とスーナは布団の中に入った。ふかふかの布団が気持ちよくて、すぐに寝入ってしまいそうだ。
「ふふふっ」
「…?なんだ、俺がのぼせた事でも思い出してんのか?」
「ちがうよー。なんかいいなって思って」
「なんかいい?」
「一緒にご飯食べて、一緒におしゃべりして、一緒にお風呂…はレンレンのぼせちゃったけど。
そして、こうやって一緒に寝て…なんだか家族みたいだなーって」
(またこの娘はぶっこんできたな!)
「家族かー。確かにそうかもな」
「昔なら村長さんとかおばさんと一緒だったんだけど、一人で暮らすようになってから、
そういうこともなくなったから」
「そういや、スーナはなんで一人暮らししてんだ?別にそのまま村長さんの家に住んでても良かったんじゃないか?」
「うん、村長さんも同じ事言ってくれた。いつまでも居ていいんだよって。でも…」
「でも?」
「私ね、18歳になったら、この村を出ようと思うの。そして、私の両親を探し出すんだ」
「両親を探す旅…ってことか?」
「うん。別に会って恨みつらみを言いたい訳じゃなくて、私が元気にしてるって事、村長さんに良くしてもらったって事を伝えられればいいかな。今更、一緒に暮らそうとも思わない」
「両親が見つかった後は?」
「そのあとは…まぁゆっくり世界を旅してみようかな~なんてね!」
「ははは、なんか楽しそうでいいな」
「あー、なんか今馬鹿にした~?」
「してない、してないよ」
「もー。…まぁだから、今のうちに一人で暮らせるようになっとかなきゃって思って」
「そういう理由か…。なんか先の事をちゃんと考えててえらいな」
「そんなことないよ、まだまだできない事だらけだし…料理もうまくできないし」
「気にすんな。少しずつできていければいいんじゃないか」
「ふふふ、ありがとう♪ レンレンは優しいね!」
「なんだそれ。褒めたって何も出ないぞ」
他愛の無い会話をしながら、俺たちはいつしか眠りについた。
昨日、あんなにドギマギして寝れなかったのが、嘘みたいだった。
…
……
そして、夜が明けた。
(…ん…もう朝か…良く寝た~…。あれ、視界が真っ暗だな…。あー目が慣れてき……)
ようやく慣れてきた目に映ったのは、スヤスヤと寝息を立てて眠るスーナの寝顔だった。
(顔近っ!無防備にも程があんだろ!って、あれ、体が動かない!?金縛りか??
いや、違う、なんかスーナに抱き枕みたいにされてる!!ちょっ、胸当たってる!だ、誰か助けて!
そろそろ理性が壊れる!!壊れるってか、スーナに壊されるーーー!)
………
……
…
「はぁー、今日も良く寝たー!あ、レンレンも起きたんだね、おはよー♪」
「やースーナ、おはよー…」
「あれ、まだ寝足りなかった?もう少し寝ててもいいよ?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…ある意味自分との闘いというか…」
「自分との闘い?」
「いや、大丈夫、自分にはなんとか勝ったから」
「ふーん、なんかよくわからないけど、勝てたんだね!おめでとう!」
「あはは…ありがとう…」
(なんとか理性を保つ事は出来たけど、しばらくの間これが続くのかと思うと中々地獄だ…)
俺は軽めの朝食を作り、スーナと一緒に食べていた。
スーナは目玉焼きがいたく気に入ったみたいだ。
その後、身支度を整えた俺らは、村長の家に行くべく、家を出発した。
スーナの話によると、村長の家はここから1キロ程離れた場所にあるそうだ。
「ところで村長さんってのはどんな人なんだ?」
「とっても優しくて頼りになるお爺ちゃんだよ♪」
「へ~、慕われてんだな」
「あと、すっごく物知りなんだ。だから、わからない事があるとみんな村長さんに聞くの」
「だったら、俺が日本に帰る方法も知っててくれっかな」
「きっと大丈夫だよ♪」
「ははは、あんま村長さんのハードル上げてやんなよ」
「信頼しているんだよ~。あ、村長さんの家に着いたよ!あの植木鉢がたくさんある建物!」
スーナが指さした先には、スーナの住んでいる家より少し大きい程度の建物があった。
成程、近づくと確かに庭らしき場所に植木鉢が所狭しと並んでいる。
村長の家も、不思議なくらいに日本の古民家を思わせる雰囲気を纏っていた。
この村では、日本の古民家が人気なんだろうか?
「村長さーん、おはようございます!スーナです!」
ドアの前で元気な声であいさつをするスーナは、とても17歳には見えない。どこか幼さが残る。
「はいはい、そんなでっかい声で言わなくても聞こえてるよ」
ドアが開くと、そこにはそこそこ背丈のある爺さんが立っていた。
成程、とても穏やかそうな優しい顔をした人だ。髪の毛はグレーで、いかにも好々爺な雰囲気を醸している。
「だって挨拶は元気よくっていつも言ってるの、村長さんだよー?」
「はっはっは、そういえばそうだったね。おや…隣にいる青年はスーナの知り合いか?」
「うん、カタマス草原で迷子になっていた所を村まで連れてきたんだ!レンレンっていうの!」
「いや、スーナ、迷子って言い方、微妙に傷つくからやめてくれ。そしてレンレンは名前じゃない。」
「そっか、ずっとレンレンて読んでたから…本当の名前って…なんだっけ?」
「忘れんなよ!!あ、村長さん初めまして。突然訪問してしまって申し訳ありません。
自分は今、紹介に預かりました、レンレンこと李家蓮斗って言います」
「ほー、中々礼儀正しい子だね。多分、スーナから聞かされているかもしれんけど、私はこの村の村長で、ロジ・ホックという者だ。どうぞ宜しく」
喋り方も非常に穏やかで、声を聴いているとなんだか落ち着いてくる。
「まー、こんなところで立ち話もなんだ、二人とも中に入りなさい」
言われるがまま、俺たちは家の中の客室間に通された。
あまり大きい部屋とは言えないが、高そうな絵が飾ってあったり、掃除の行き届いてそうな綺麗な部屋だ。
「レント君…だったかな?そんなに畏まらなくても良い。リラックスしなさい」
リラックスしろと言われると、却ってリラックスできない気がする。
「スーナ、今回も無事に帰ってきたようで良かった。服は売れたかな?」
「うん、作った分は全部売れたよ!また来月の分もがんばって作らなきゃ!」
「そうか、あまり無理をしないようにね。さて、レント…君だったかな?君はどこから来たんだ?」
「えーと、どうやって来たのかは皆目見当がつかないんですけど、一応日本に住んでました」
「ほう…日本から来たのかい。そりゃまた随分と…」
「え、日本の事知ってるんですか!?」
「知ってるとも。この村には日本から来た人間が2人いるからね。」
(やった、やっと日本の事を知ってる人に会えた!スーナの言う通りだな)
「特に最初にこの村に来た日本人の男とは親友の様な間柄でね。短い時間ではあったが、楽しかったよ。
この家や、今スーナが住んでいる家はその男が建てたんだよ」
(成程、どことなくスーナの家とかこの家が日本の家っぽいのは、そういう事だったのか)
「じゃあ、俺がこの村に来た日本人三人目ってことですか」
「はは、そういうことになるね。で、帰り方が知りたくて私の元に来たという訳だね」
「全てお見通しって感じですね…。帰り方って…ご存じなんですか?」
「帰り方…とは少し違うがね。君がこの土地に来たのはいつかね?」
「えーっと、2日前です」
「成程…となると君が元居た世界…ではない、日本に戻れるのは28日後だな」
「28日後…?そんなにかかるんですか?やっべえ、絶対事件沙汰になってんだろうなー…」
「そこは私にもどうすることもできんからな。だが、28日後には絶対帰れるから安心しなさい」
「それって、なんか乗り物の到着時間とかの関係ですか?」
「そういう訳ではないんだがな…まぁその日になったらわかるよ」
(なーんか含みのある言い方をしてんのが若干気になるんだよな…まぁとりあえず帰れるみたいだ)
それから、俺は村長さんにお礼の挨拶を言って家を出て、またスーナの家に向かって歩き出した。
「とりあえず、俺は日本に帰れるみたいで良かったよ。さすがは村長さんだな」
「でしょ?村長さんが分からない事なんて何もないんだから」
「いやいや、全知全能の神じゃないんだから、知らない事だってあんだろうよ」
「ふふふ、それくらいすごいって事だよ~」
「なぁ…スーナ。なんかさっきからあんまり元気ないみたいだけど…どうした?」
「そ、そんなことないよ!私は元気だよ!」
「ホントにか…?」
「ねぇ、レンレン…。レンレンは28日後に日本に帰っちゃうんだよね?」
「まぁ…じいちゃんとばあちゃん達も心配するし、ずっとここにいる訳には」
「そ、そうだよね。…いや、レンレンがいなくなったら、寂しいな…なんて」
「スーナ…」
「あ、ごめん忘れて!レンレンが日本に帰りたいのは知っているもん!今のは私の我が儘だから!」
(そっか、俺がいなくなったらまたスーナはあの家で一人ぼっちだもんな…でも)
「そんなに暗い顔すんなって。それにまだ28日も先の話だぞ。それまではスーナと一緒にいてやるから安心しろ。」
「レンレン…」
「それに俺がここに来れたってことは、日本に戻った後も、またここに来れるかもしんないだろ?大丈夫、またここに来るさ」
「ホントに?ホントのホントに??」
「あぁ、約束だ。だから、まずは俺が日本に帰るまでは楽しくやろうぜ!」
「うん!レンレンありがとう!!」
そう言ったスーナの笑顔はとびっきり輝いていた。
もう帰れることは分かったし、それまではスーナに寄り添ってあげよう。
日本に戻った後に、またここに来れるかどうかは…わからない。
でも、スーナにも言ったように、ここに一度来れたんだから、また来れる、そんな気がする。
とりあえず、この現状を楽しもうと思う。スーナのためにも。