No.32 長谷寺と高徳院
長谷駅に降り立った俺達は、まず長谷寺に向かった。時間は15時半。
長谷駅に着くと、拝観料を支払い、境内に入っていった。
境内に入って最初にある「大黒堂」や「弁天堂」を参拝しつつ、書院の雅な庭園に若年者ながら風情を感じたりした。
スーナも書院の美しさにはうっとりとしていた。
また、書院の前には「和み地蔵」と呼ばれる可愛らしいお地蔵さんが立っており、スーナはこのお地蔵さんがいたく気に入ったらしく、頭を撫でてあげていた。
また「弁天窟」という洞窟もあったが、江の島の岩屋の時と同じく、スーナが怖がってしまっていたので、中には結局入らなかった。
正直言うと、俺も怖かった。
そこから境内の池を越えた所にある階段を登って、地蔵堂へ向かった。
途中、池の大きな錦鯉や、先ほどの可愛らしい地蔵を彷彿とさせる「良縁地蔵」を見て癒されていたが、地蔵堂の裏にあった大量のお地蔵さん軍団には、さすがのスーナも若干ビビってしまっていた。
地蔵堂に着くと、内にはキラッキラに輝く黄金の本尊が置かれていた。
思わず、「売ったらいくらになんのかなぁ」と心の中で思ったのはここだけの話だ。
そしてずっと階段を上っていくと、メインである「観音堂」へ到着した。
まず、香炉にお線香を立ててから、本堂の中に入ると、そこには巨大な十一面観音像が立ち並んでおり、思わず圧倒されてしまった。
眺望散策路と呼ばれる階段を上がっていき、頂上まで行くと、そこからは由比ガ浜とその町並みを一望する事ができた。
「すっごい良い眺めだねー♪」
「そうだなー、ここまで登ってきた甲斐があったってもんだな」
「ふふふ、レン君大丈夫? ちょっと疲れてるでしょ?」
「そりゃさすがに疲れるわ。スーナは相変わらずの健脚だな」
「まぁね♪ この位ならへっちゃらだよ!」
丁度タイミング的な問題もあったのか、周りには誰もいなかった。
「なんか鎌倉に来てやっと静かな時間が訪れた感じだなー」
「そうだねー」
そういうとスーナは、何故か俺の肩に寄っかかり出した。
「ん? どうした?」
「う、うん、ちょっと足が疲れたかなーって」
「あれ、さっきへっちゃらとか言って…」
「きゅ、急に足が疲れたなーとか…」
「え、大丈夫か? ちょっと下に降りて休もうか」
「ううん、大丈夫! このままで大丈夫だから!」
「そうか…?」
俺は何が大丈夫なのかがさっぱり分からなかったが、もしかしたら知らず知らずのうちに、スーナに無理させていたのかな。
よし、もっと少し労わってあげなきゃな。
そっか、多分こういう所がじいちゃんの言う「鈍感」って事なんだな!
俺がじいちゃんに言われた「鈍感」という言葉の真意を知ったのは、もう少し先の話になる。
しばらく海を眺めたのち、俺達は境内の入り口まで降りていくと、長谷寺を後にした。
次の目的地「高徳院」に向かうべく、一度元来た道を戻っていると、目の前にオルゴール館が見えた。
よく見ると、スーナは興味深そうにその建物を見ていた。
「入ってみる?」
「うん!」
オルゴール館の中に入ってみると、様々な種類のオルゴールがフロアの台に並べられていた。
「なんか綺麗な箱みたいのが、たくさん並べられてるね! これは何て言うの?」
「オルゴール。ネジを回すと音を鳴らしてくれる不思議な箱だよ」
「音…?」
「今もそこかしこから音が流れてるだろ?」
「そう言えば…それらがその音なの?」
「まぁ実際に鳴らしてみた方が早いか」
目の前のテーブルの上に、自由に触っていい、クマとウサギのオルゴールが置いてあったので、実際にネジを回して見せた。
オルゴールからは、サザンオールスターズの「真夏の果実」のメロディーが流れだしだ。
「わぁ…すごい素敵なメロディーだね♪」
「夏の名曲だよ。俺も結構好きな曲なんだ」
「そうなんだね。それに…このオルゴールの音色、とっても優しい感じがして好きだなー。それにクマとウサギがすごく可愛いね♪」
「それが気に入ったの?」
「そだね、とっても素敵!」
その後、店内を色々周り、オルゴールの音色を楽しんだ。
「レン君、お待たせ!」
御手洗いから出てきた、スーナを出迎えて店を出た。
一度、長谷駅近くまで戻り、そこから長谷駅から見て正面の道を真っすぐ進んで「高徳院」に到着した。
入り口を抜け、敷地内を進んでいくと、かの有名な鎌倉の大仏が見えてきた。
「わっ!! 何あのでっかい像!?」
「鎌倉の大仏様だよ。ビックリした?」
「う、ううん、別にビックリしてないよ?」
今、明らかにビックリした声を出していたのに、何故かスーナはビックリしていないアピールをしていた。
「よし、じゃあ近くまで行ってみようか」
「う、うん」
そう言って、俺達は大仏のすぐ下まで近づいて行った。
さすがに目の前まで行くと、その大きさに圧倒されてしまう。
「へぇー、やっぱり近くまで行くと、よりでかさがわかるなー。当たり前だけど」
「そ、そうだねー」
なんだかスーナがぎこちない様子で返事をした。
「あのー、スーナやっぱり怖いの…?」
「そ、そんな事ないよ! 全然、あの、怖くなんかないからね!」
「…そう?」
…理由は分からないけど、絶対怖がってる。
大仏をよく見ると、たくさんの人達がなにやら大仏の右後ろの方で行列をなしている。
成程、大仏の内部へ入る事が出来るのか。でも絶対スーナは怖がって入らないだろうな…。
「スーナ、なんだかあそこから大仏の内部へ入れるみたいなんだけど…やっぱり止めとくか?」
「だ、だ、大丈夫だよ! 怖くなんてないし! 入ろ、入ろ!!」
「いや、別に無理して中に入らなくても…」
「大丈夫だよ! 今日は二回も洞窟を断念しちゃったし、怖がってばかりじゃダメだもんね!」
あ、やっぱり怖いんだ…。
まぁスーナが勇気出して、行くって言ってるんだから、ここは中に入ってみるか。
さっそく大仏の中に入る行列に並んでみた。
案外行列は進んでいき、あっと言う間に自分達が中に入る番になった。
スーナは覚悟を決めたかの様な顔をしている。
そんな決死の覚悟を決めて入る様な場所ではない気がするが…。
中に入ると、思ったより暗くはなく、上の方から光が入ってくるようになっていた。
そして思った以上に中が空洞になっていたので、少々意外だった。
「へぇー、中ってこんなに空洞になってたんだなぁ」
「…」
「あれ、スーナ、大丈夫…?」
「へ? あ、いや、うん、大丈夫!」
絶対大丈夫じゃないな…。
すると、天井から雨粒が一滴、スーナの顔に滴った。
「ひゃあっ!!」
スーナは悲鳴を上げながら、思いっきり俺にしがみ付いてきた。
「おぉい!! スーナ、何やってんだ!?」
「なんか!! なんかが顔に当たった!! 冷たい、怖い…!!」
もはやパニック状態である。
「そんなに怖かったのか…。もう、ここから出よっか」
「だ、だ、大丈夫だから!! 最後まで中回るの!」
そう言うスーナは半泣き状態で、とてもじゃないが大丈夫には見えなかった。
「そんな無理しなくても…。しょうがないな…、ホラ」
ガタガタにビビりまくるスーナの手をギュッと握った。
「これなら大丈夫か?」
スーナは言葉を発さず、黙って頷いた。
完全に小さな子供のソレである。
俺は一歩一歩ゆっくり、そして優しくスーナを誘導しつつ歩いていった。
ようやく大仏の中から出てくると、太陽の光が非常に眩しく、思わず目が眩んでしまった。
スーナはというと、俺の腕にしがみ付いてしまっており、完全にビビり倒している。
「スーナ…。次からは無理しないようにな…」
「…うん」
大仏鑑賞を終えた俺達は、再び駅の方に向かって歩き出した。