No.31 紫陽花と梟
すっかり鶴岡八幡宮を満喫した俺達は、次の目的地に向かうべく、鎌倉駅へ戻る事にした。時間は14時。
ただ、行きとは違い、参道がある通りを歩く事にした。
小町通りに比べると、人込みが少ないがこちらはこちらで工芸品を揃えたお店がたくさん建ち並んでいる。
スーナ的には、こちらのお店の方が興味があるようだ。
「スーナ、なんか欲しいもんでもあんのか?」
「あ、いや、そういう訳ではないんだけど、このフクロウの箸、可愛いなーって…」
俺達は箸や食器などを取り揃えている店に入っていた。
そこには様々な種類の箸をはじめ、たくさんの食器や工芸品が並んでいた。
「へぇー、スーナ、フクロウが好きなんだ?」
「うん、キョロキョロっとした目が可愛くて好きなんだ。イクタ村では守り神として祀られてるんだけどね」
「そういや、スーナの家とか村長さんの家にフクロウの置物みたいのがあったなぁ」
「村の守り神を可愛いって言うのは少し罰当たりかもしれないんだけどね」
「大丈夫だ、ここはイクタ村じゃないんだし」
「えへへ、それもそうだね♪」
結局、フクロウの箸は買わなかったが、代わりに手のひらサイズのフクロウの置物を買っていった。
どうやら、俺の家にも守り神の置物がやってくるらしい。
それからもお店を見て回りながら、鎌倉駅に戻って来た。
来た時とは違い、JRの改札に向かった。
「あれ、レン君、こっちって来た時と違うけど…」
「ちょっとスーナに見せたい寺があってさ。鎌倉の大仏様を拝む前にちょっと寄り道してくよ」
「見せたい寺…?」
「まぁそれは行ってからのお楽しみだ」
「そかそか、楽しみにしてる♪」
俺達はJR鎌倉駅から電車に乗り、北鎌倉駅に向かった。
先ほどの鎌倉駅とは違い、人もだいぶ落ち着いている。とはいえ、人が多いことには変わりはないが…。
「鎌倉駅とは違って、自然がいっぱいだね!」
「俺も初めて来たけど、また違った風情があって気持ち良いな」
「レン君も初めて来たの?」
「そっ。だから俺も結構楽しみなんだよねー」
そう、今回の目的地は俺自身も初めてだったので、携帯のマップを見ながら、慎重に進んでいった。
とは言うものの、俺達と同じ目的に向かうであろう観光客も大勢いたので、途中からはその群衆について行くだけだったが。
10分程歩いて、ようやく目的の寺「明月院」に到着した。通称「あじさい寺」。
何故、そんな通称が着いたのかは、寺の敷地内に入れば一目瞭然だった。
「すごい綺麗…」
敷地に入るや否や、所狭しと咲き乱れる淡い藍色の紫陽花が、訪問者達を出迎えてくれた。
「ねぇ、これって全部紫陽花の花…?」
「そ、全部紫陽花だよ。この間、居間でスーナがテレビで紫陽花特集をジィっと見てたから、紫陽花の花が好きなのかなーっと思ってさ。鎌倉の事調べてたら、この寺の事も出てきて、丁度良いから来てみたって訳だ」
「えへへ、そんな所見られちゃってたんだ。なんか恥ずかしいな。でもありがとう♪」
どこまでも続く紫陽花の花に導かれるように、庭園等を鑑賞した。
どの建物も紫陽花とのコントラストが素晴らしく、どっから見ても絵になる様だった。
もうずっとここに居たいような気持にさえなったが、次の目的地があったため、名残惜しいながらも寺を後にした。
北鎌倉駅に戻り、再び鎌倉駅に戻って来た。
「スーナ大丈夫か? ずっと歩きっぱなしで疲れてない?」
「私は大丈夫だよ! それよりレン君の方こそ疲れてきたんじゃない?」
「…まぁちょっと歩き疲れたかな…。でもクタクタって訳じゃないから大丈夫だよ」
お互いの体力を確認した後、地下道を通り、江ノ電の改札口からホームへ向かった。
相変わらず、電車待ちの行列がすごかった。
「こりゃまた満員電車だなー。どうする、次の電車は見送って、その次の電車に乗ろうか?」
「ううん、大丈夫だよ! 私は満員電車の方が良い!」
「…え、満員電車の方が良いってどういう事?」
「う、ううん、なんでもない! とにかく私は混んでても大丈夫だよ!」
スーナの返答が少し疑問だったが、とりあえず次の満員電車に乗る事にした。
まぁ残りの道程と時間を考えたら、あまりのんびりもしてられなかったので、結果オーライだ。
そうこうしている内に、ホームに電車がやってきた。
自分たちの前には、たくさん人が並んでいたので、「これに乗んのかよ」と正直辟易してしまったが、文句を言っても仕方なかったので、乗り込む事にした。
例のごとく、俺はスーナの手をしっかりと握って電車に乗り込んだ。
よく考えてみると、鎌倉駅に到着した辺りからずっと手を握りっぱなしだ。
はぐれない為にも仕方なかったとは言え、スーナには不自由を強いてしまって申し訳ないな。
乗り込んだ電車の混み具合は想像以上で、もしかしたら来るときよりも混んでるかもしれない。
またしても、スーナは俺の胸元に押しやられてしまっていた。
「スーナ大丈夫? 息できてる?」
「うん、平気だよ!」
間もなく電車は、ドアが閉まり、ホームから出発した。
相変わらず、胸元にスーナの吐息が直に当たっている。
しかも、何故か背中が誰かの腕…なのか、締め付けられている様な感触がある。
しかし、あまりにも混み過ぎて誰の腕なのかまでは確認できなかった。
やがて、電車は次なる目的地、「長谷駅」に到着し、俺達は降りる人達の波に飲まれながらホームに降り立った。




