No.30 鎌倉物語
俺とスーナは終点、鎌倉駅に降り立った。時間は12時過ぎ。
「人いっぱいだなー」
「そうだねー、みんな電車降りてくねー!」
「まぁ…終点だからな」
例によって人込みが激しかったので、また俺はスーナの手を引いて歩き出した。
もはや手を繋いでいるのが普通になってしまい、なんの違和感もなくなっていた。
改札を出ても、そこかしこに観光客がひしめき合っており、外国人観光客も多かった。
まずは定番の小町通りを歩くことにした。
改札を出て、目の前の時計台の奥にある地下道を抜け、JR鎌倉駅のバスロータリーを右手に直進して行き、小町通りの中へ入って行った。
赤い鳥居が印象的な小町通りは、ビックリする位の人込みだった。
「すっげー、前来た時より人多い気がする…」
「そうなんだ! さすがに私もビックリしちゃった」
俺はスーナが離れないようにしっかりと手を握っていた。
「こんだけ人が多いとはなぁ…ちょっとお店に入って昼食取るのはキツイか…。かといって昼食抜きってものな…」
「レン君、私は大丈夫だから、気にしなくても良いよ♪」
「いや、そんな訳には…。仕方ない、食べ歩きで昼食代わりにするか。スーナ、それでも大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ! 食べ歩き楽しみ♪」
スーナが笑顔で快諾してくれたので、少し救われた。
まぁ元はと言えば、土曜日という激込みだという事が容易に予想できたのに、昼食の事をノープランだった俺が悪いのだけども…。
俺達は予定を変更し、食べ歩きでお腹を満たす事にした。
牛肉コロッケ、よもぎ餅、卵焼き串ぼう、ぬれ煎餅、さくら餡、クレープ、ソーセージ…。
よく考えると食べ過ぎじゃね?と思わなくもないが、ずっと歩き続けていた事もあり、ビックリする位ペロリと平らげてしまった。
スーナは特に、さくら餅とソーセージが気に入ったらしく、美味しそうに食べていた。
食べながらの散策だったので少々時間はかかったが、ようやく鶴岡八幡宮に辿り着いた。
「すごい…。江の島の神社よりずっとでっかいよ! 道もすごく広いね!」
「確かにでかいよな…。ちなみにスーナが道って言ってるのは、正確には参道っていうんだけど、この道はずっと向こうから始まって、ここまで続いてるんだ」
「ホントだ…。向こうの方は見えないね」
「2kmもあるからね。中にはそっからずっと参道を歩いてここまで来る人もいるんだよ」
「そっか! 私、歩くのなら得意だから、今度は歩いてここまで来たいな♪」
「俺は…良いかな。ここで待ってるよ」
「えー、レン君も一緒に歩かなきゃダメ!」
「勘弁してくれー」
そんな与太話をしながら、参道を歩いて行った。
八幡宮は思ったより人込みが凄くなく、普通に歩けたので、助かった。
道の左右にはりんご飴やら焼き銀杏やらの出店が出ていたが、正直満腹だったので、食べるのは諦めた。
参道を進んでいくと、舞殿と呼ばれる建物が見えてきた。
丁度、結婚式が行われていたらしく、新郎新婦が和装に身を包み、厳かに式が執り行われていた。
その厳かな雰囲気とは対照的に周りでは、赤の他人であるはずの観光客がしきり携帯のカメラで、式の様子を撮っている光景は、どうにも不思議な気がしてならなかった。
「レン君、あれは結婚式…?」
「うん、そうだよ。よくあれが結婚式だって分かったね」
「イクタ村の結婚式と似てたからそうなのかなーって」
「へぇー、イクタ村の結婚式は和式に近いのか…」
スーナは、ジィっと結婚式に見入っていた。
やっぱり、スーナも結婚式に憧れたりするのだろうか…。
まぁ憧れない理由も無いし、別に普通の事なんだろうけど、よくわからない気恥ずかしさが俺を襲った。
舞殿を通り過ぎると、階段が見えてきて、そこを上がれば本宮である。
「レン君、あの大きな切り株はなぁに?」
「あれはイチョウの大木の跡。数年前までおっきなイチョウの木が立ってたんだけど、強風で倒れちゃってさ。樹齢1000年とかで、ここのシンボルだったんだけどね」
「そうだったんだ。倒れる前の木、見たかったなぁ」
「でも残った幹から新しい芽が出て、育ってるみたいだよ」
「ふふふ、楽しみだね♪」
「まぁ何十年も先の話だけどな」
本宮へ続く階段を上っていき、入り口に辿り着いた。
正面の左右には、いかつい顔をした男の像が立っていた。
「…双子?」
「さぁ…」
バカ丸出しの会話をしながら中へ入っていき、お賽銭を投げ、お参りをした。
お参り後、左に抜けると宝物殿の入場口があった。
スーナにせがまれた事もあって、中に入る事にした。
近くにおみくじもあったが、江の島で凶を引いた事を引きずっていたので、無視した。
中は部屋ごとに様々な様相を見せており、存外楽しめた。
スーナも宝物殿がなんなのかは全く分かってなかった様だが、それが逆に良かったのか、興味深そうに見ていた。
宝物殿を出て、下まで降りた後は、「旗上弁天社」「白旗神社」「丸山稲荷社」「若宮」「祖霊社」「今宮」の摂末社と呼ばれる社を回った。由比若宮は少し離れていたので今回は断念したが。
途中、野生のリスがひょっこり現れた時は、スーナは連れて帰りたいと言い出して大変だった。
「さっきのリスさん、すっごく可愛かったなぁ♪」
「俺もここでリス見たのは初めてだよ」
「ところでさっきお参りした時に、レン君は何をお願いしたの?」
「んーそれはアレか? 俺だけ答えてスーナは答えないという例のパターンか?」
「えへへ、さすがにバレましたか」
「成程ー、スーナは俺をバカにしてんなー?」
「そんな事ないよー♪」
…絶対にバカにしてる。
なんだか釈然としなかったが、俺達は鶴岡八幡宮を後にした。
すぐ近くでリスに見守られているとも知らずに。