No.250 Side 源河翼 〜零れ落ちた雫〜
「その…」
「はい?」
「その女の子が殺された場所は…?」
「え、あ、はい、このホテルの裏手の路地で発見されたとか…でも…」
「分かりました、ありがとうございます」
「あ、待てツバサ殿!」
アビさんの言葉をよそに、僕はホテルを出て、ホテルの裏手の路地に向かった。
そこにはたくさんの人だかりが出来ていた。
「すみません、そこをちょっと…通してください!」
「なんだお前! いだだ、肩外れるから! 今退くから肩引っ張んないで!」
いつもじゃ考えられない程強引に人混みをかき分けて人だかりの中心に向かった。
「ひでぇ有様だ…こんな小さな女の子によぉ……」
少女を取り囲む大人達は口々にこの凄惨な光景にため息を漏らしていた。
そこには白い布を被せられていた少女の遺体が横たわっていた。
辺りは血まみれで少女の衣服も殆どが鮮やかな真っ赤に染まっていた。
そして僕はこの少女が着ているみすぼらしい服をつい先日見ている事を確信していた。
僕は冷静さを欠いて、少女の顔に掛かっていた白い布を取った。
「おいお前、いきなり来て何してんだぁ!」
僕はそんな周りの怒号などは全く耳に入らなかった。
そこにある顔は、昨日まで喋って笑っていた少女そのものだった。
「なんで…」
「馬鹿野郎、仏様の顔を勝手に晒すんじゃねぇよ! どっか行きやがれ!!」
そう言って僕は群がりの外につまみ出された。
遅れてやって来たアビさんが僕を見つめながら、何かを悟った表情を見せた。
「殺されたのは…昨日ツバサ殿が会ったという少女か?」
アビさんの問いかけに僕は黙って頷いた。
「そうか…」
「不思議ですよね……昨日、ほんの数十分しか言葉を交わしていない赤の他人に対してここまで感情的になるなんて…」
「喪失感の大きさに必ず時間が比例するとは限らない」
アビさんは地面にへたり込んでいる僕に手を差し伸べた。
「ここにいても仕方がない。一旦ホテルに戻るぞ」
「はい……すみません……」
僕はアビさんに連れられて、ホテルの自室に戻った。
「大丈夫か?」
アビさんが気遣ってくれていたのが、逆に辛かった。
「私もPOSTに所属してから、それなりの月日を重ねてきた。今回の様に、その土地で知り合った人達が数日後に消されるなんて事は何度もあった。ある時は目の前で殺された事もな」
「………」
「我々は決して万能では無い。15メンバーであってもだ。時には救ってやりたかった命が掌からボロボロと零れ落ちていく事もあった。それでも目の前に救ってやらねばならない命が転がっているのであれば、我々は全力で手を差し伸べるだけだ」
「嫌になったりしないんですか…?」
「…正直己の未熟さに打ちのめされた事は何度もあるよ。『もっと自分に強さがあれば』とな。だが立ち止まっている暇など無い。ひたすら歩み続けて人々を守る。それがPOSTに所属する者達の宿命だ」
「成程…僕には覚悟が全く足りていなかったって事ですね…」
「ツバサ殿…」
僕は自分の頬を両手で思い切り叩いた。
アビさんは僕の行動が予想外だったらしく、少々驚いた表情を見せた。
「POSTに所属した者としての意識を改めます。これ以上同じ悲劇を繰り返さない様にあの子を殺した犯人を……そして住民を恐怖に陥れている連続殺人犯とやらを全員まとめて始末します」
「…程々にな」
「『始末する』っていう事に対して止めはしないんですね」
「私がここで言葉で止めたとて、大した意味は無かろう。感情は体を支配する」
「それを言っちゃお終いな様な…」
「ははは、安心しろ。いざという時は私が力ずくで止める」
「…お手柔らかにお願いします」
それから僕達は今日やるべき事を整理した。
「今日も昨日に引き続き調査を行っていくが…今日は二手には分かれず、2人一緒に行動しよう」
「一緒にですか? 二手に分かれて調査した方が良い様な…」
「昨日の一件で、私達が敵グループに標的にされている事が分かった以上、またいつ襲撃されるかも分からない。昨日は夜だったが、たまたまそうだっただけで昼夜問わずに攻撃を仕掛けてくる可能性もある。そうなった場合、互いの状況が把握出来ないのは不利だ。『昼だから襲撃は無いだろう』という先入観は命取りだからな」
「分かりました」
僕達はホテルを出て、連続殺人事件の調査を行った。
と言ってもやる事は昨日と同じだ。
引き続き聞き込み調査と、町中の調査がメインとなる。
後は昨日の昼間、一瞬の間に姿を消した男の行方と、昨日夜から今日の未明に殺害されたと思われる少女の身元についてだ。
「うむ…こうやって聞き込みをしているが、一様にみんな怯えた様子で『分からない』の一点張り…」
「やはりみんな連続殺人犯が恐ろしいんでしょうね」
「それもあるが…なんとなく怯えている対象が違う気がするというか…」
「…? 怯えている対象が違う? どういう事ですか?」
「いや…正直勘の領域を出ない。ただ…純粋に連続殺人事件について怯えている様子の人と一瞬慌てた様子も入り混じった様子で怯えている人の二種類に分かれている様な気がしてな」
「後者が怪しいって事ですか?」
「いや…分からない。両者とも何かに怯えているのは事実だ。表情を見れば分かる。ただ後者は連続殺人犯とは別の何かに怯えている様な…」
「表情からそこまで割り出せるものなんですね」
「推測も多分に入り混じっているがな。それでも人の表情や声の揺らぎから得られる情報は少なくない」
ここ数日一緒に行動をしているからこそ分かる、この人の強さだけでは無い凄さ。
これらの観察力や洞察力が15メンバーたる所以なのだろうと改めて思った。
「さて……」
アビさんの表情が急に変わった。
「私も警戒していたつもりだったが…」
「やっぱりですか?」
「あぁ、何者かにつけられている」
アイスボックスの季節ですね。




