No.243 Side 源河翼 〜研鑽と不安〜
「さて…この賊の後始末は……」
アビさんがきょろきょろと辺りを見回していると、ランジ王国と人間と思しき男がやってきて、そっち側で処理してくれる様に言ってきた。
僕達はその人に後始末をお願いすると、ジテンに乗り込み、ランジ王国を出発した。
先程の事件からさほど時間が経っていない事もあり、護送対象となるランジ王国の外交官とその部下の3人は青ざめた表情で俯いていた。
当然と言えば当然だけど…。
「まさかテトラ殿に変装するとは…油断も隙も無い連中だ」
「あの…どこであれがテトラ君じゃないって気付いたんですか?」
「うむ…細かい点を上げればきりがないが…まずは彼が同行すると言った時だな。もし仮に彼が同行するとした場合、セラさんが伝え忘れるという事は到底考えられない。しかも私の時とツバサ殿の時の二度もだ。そこから既に疑ってはいたな」
そこに関しては僕も疑問には感じていた。
敢えて黙っている理由も無く、同じくセラさんが伝え漏らすとは考えにくかった。
「次はジテンに乗っている時の様子だな。テトラ殿はああ見えて、移動中は時折会話を投げかけてコミュニケーションを取ろうとしてくれる。対して今回は自分から殆ど喋ろうとしなかった。まぁ口を開けば正体がバレてしまう事を恐れたのだろうがな。最後はランジ王国に着いた時だ。本物のテトラ殿なら自分よりまず我々がジテンから降りるのを見届けてから、最後に自分が降りようとするだろう。しかし、偽物は真っ先に自分からおり、その上で我々が降りてくるのを待っていた。そこで完全にこのテトラ殿は偽物だと確認した」
恐らく一つ一つの違いに関しては、普通の人からすればほんの些細な違いでしかなかっただろう。
しかし、アビさんの類稀なる洞察力と記憶力で、これらの違いを逃さすに正体を暴いた。
「ははぁ…流石はPOST本部に所属する事はありますなぁ。御見それいたした。これで我々も安心してドレシ王国に迎えるというもの!」
僕は念の為、小声でアビさんに確認を取った。
『一応聞きますけど…あの外交官を名乗る男は本物だと思って良いのでしょうか』
「そこは安心して良い。あの間の抜けた表情、そして襲撃時のおどおどした立ち振る舞い。レグマさん達から聞いていた人物と同一である事は揺るぎないだろう」
「おいなんじゃお前達、突然言いたい放題言いおって!! ありゃあ誰だって怖いだろうがい!!」
せっかく自分が小声で聞いたのに、アビさんが普通の声量で答えてしまい、会話の内容がもろ聞こえになってしまった。
「そういえばもう一つ聞きたい事が…」
「うむ、私に答えられる範囲であれば何でも構わん。なんでも聞くがいい」
「ありがとうございます。先程、敵が見えなくなった時に、アビさんは一切迷わず、寸分狂わずに的確に攻撃する事が出来ましたけど、あれはどうやって敵の位置を知る事が出来たんですか? 正直、僕には全く敵の姿が見えませんでした」
「それについては別に難しい事は無い。敵が動く際に生じる音、空気の流れ、そして地面の振動…これらを的確にキャッチ出来れば、そこから現在の位置と、そこからどこへ移動しようとするのかが割り出せる」
「なんか軽く話されてますけど、かなり高度な技術ですよね。そも咄嗟の判断で」
「勿論それ相応の鍛錬は必要だ。だが私の生まれ故郷ではこれが出来て当たり前と教え込まれて育ってきたからな。物心つく頃には習得出来たよ」
物心がつく頃には出来てたってどういう事なんだ。
アビさんの生まれ故郷は、相当特殊な町なのだろうか。
「じゃあ刀で斬った際に炎が発生したのも、その生まれ故郷の技術なのでしょうか」
「いや、あの技術…というか刀はPOTS本部に入ってから、鉄を鍛えて作ってもらった特別製の物だ。この刀には5つの魔石が埋め込まれていて、相手を斬る際に任意の魔石の力をイメージして放つというものだ」
「5つの…使いこなすが大変そうですね」
「いや、正直私自身、この刀の力を最大限引き出せているのかと問われると、自身が無いな。勿論日々鍛錬は重ねているし、その力も上昇していると自負はしている。だが、私はこの刀の真価をこの目で確認した事がある訳ではないのでな。私がこの刀を完全にものにしているのかは分からない。まぁ天井が見えないからこそ、研鑽が続けられているというものあるがな」
そう言って、アビさんは微笑んだ。
アビさん程の実力の持ち主であっても、決して奢る事なく上を目指し続けているのは、素直に頭が下がった。
僕は基本的にネガティブですぐに逃げ出したくなる正確であるから、こういった姿勢は本当に尊敬出来る。
「しかし…この刀については兎も角、私の遥か上をいく化け物がPOSTには何人も居る。正直、生涯を掛けても彼らに追い付けるかと言われれば自身は無いよ。下にだってテトラ殿やツバサ殿の様な実力者が育っているからな。先程は偉そうな事を言ったが、時折不安になる事もあるよ」
そう言った時のアビさんの表情は、本来の…かどうかは分からないが、少し自信が無さそうな普通の女性の表情をしていた。
「さて…感傷的になっている場合では無いな。早速前方から山賊の類らしき集団が見えるぞ。先程と同じくツバサ殿は護送対象の守りに徹していてくれ」
「分かりました」
こうして僕達は敵襲に遭いながらも、ドレシ王国への到着を急いだ。
本日聴いていた曲
赤毛のケリー/THEE MICHELLE GUN ELEPHANT




