No.214 シルエット
それから更に数週間後、いよいよ新月を前日に控えていた俺達は、駿と茜の3人で放課後、教室に残って意思確認をしていた。
「えーっとじゃあ念のため確認するけど、二人共良いんだな?」
「なーに今更言ってんの。ここまで来て『はい抜けます』なんて言う訳無いでしょ? 今回も私は行くよ。それにロジさんが私達3人をPOSTに推薦しちゃっているしね」
「そ、それは俺も同じだ!」
「いや駿、今一瞬躊躇ったろ」
「そりゃこの間は片腕切り落とされて、死にかけたし正直怖ぇよ! 怖ぇけど…お前らが命がけで頑張ってんのに、こっちの世界でのうのうとしてんのはもっと嫌だし…」
「そっか。なんか悪いな。元々駿は俺が巻き込んじまった部分もあるし……」
「いやいや、今更そんなん言うのずるいだろ!! 良いさ、怖い事も沢山あるけど、その分自分が知らなかった世界を知れてるって部分もあるからさ!! ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ!」
「そっか! じゃあ二人共今回も頼むわ」
「ちびちゃん達は今回もこっちでお留守番?」
「そのつもりだよ。いつかはあっちの世界に連れてかなきゃとは思っているけど、あいつらの種族としての希少価値を考えると、絶対狙ってくる奴が沢山いるだろうし、こっちの世界に置いて来た方が安心だし」
「確かにPOSTに行くのに連れてく訳にもいかないしね。かといってイクタ村にお留守番っていうのも可哀想だし…」
「そゆこと。大体こっちを出発してから戻って来るまでほんの数時間の誤差だしな。イクタ村に置いてくよりよっぽど良いよ」
「まぁ俺もその方が良いと思うよ! あいつら元気あり余り過ぎるてよぉ、この間も散々蹴られまくったし!」
「あはははは」
「『あはははは』じゃねぇだろ! 元はと言えば蓮人が俺にけしかけたんだろうが!!」
そんな感じで意思確認とちょっとした雑談を終えると、俺達は解散し、各自家路についた。
家に戻るとキロとテンが出迎えてくれた。何やら見覚えのある浴衣を着せられていた。
「パパ―おかえりー!!」
「ただいまー。なんだ2人共良いの着せてもらってんじゃん。おばあちゃんが着せてくれたのか?」
「うん!! なんだかさむらいごっこみたいでおもしろーい!!」
「侍ごっこ…か。お前らすっかりこっちの世界の文化に染まってんなぁ…」
「あとねーママもおきがえしてるよー」
「へぇースーナも?」
すると丁度スーナの着付けが終わったらしく、和室の方からスーナが恥ずかしそうにしながら出てきた。
白の生地に淡い水色の紫陽花が咲き誇る浴衣を身に纏ったスーナに、つい見とれてしまった。
「あ…レン君…その…似合ってるかな?」
「…うん、凄い似合ってると思うよ」
「…ありがとう♪」
お互いに照れていると、和室の方からニヤニヤしながらばあちゃんが出来てきた。
「へぇー蓮人も照れずに物を言えるようになったんだね」
「べ…別に……」
「さぁ、もうすぐ夏祭りの時間だから、蓮人も早く荷物を置いて着替えておいで」
「パパ―はやくーー!!」
「分かった分かった、ちょっと待ってて」
俺はキロ達に急かされながら2階の自分の部屋に上がり、とっとと外出用の服に着替えた。
下に降りて行くと、ばあちゃんが俺の格好を見るなり、怪訝そうな顔をした。
「蓮人、その恰好はなんなの?」
「何って…普通に着替えたんだけど…」
「机の上に甚平置いてなかった?」
「甚平……あぁ、なんかそれっぽいのがあった様な…」
「今回折角みんな浴衣来てるんだから、蓮人も甚平着て行きなさいな」
「えぇー、いや良いよ俺は…」
「パパもおなじのきないのー!?」
「いや…俺そういうのはちょっと……」
なんだかんだ言いながら、まごついていると、スーナが俺の服の裾を掴みながら呟いた。
「レン君が着てる所も……見てみたいな…」
こんな上目遣いで言われては、断ろうにも断れない。俺は観念して、再び自分の部屋に戻って行った。
一体スーナはいつからこんなテクニックを覚えたのだろうか…。
俺は渋々甚平に着替えると一応、鏡で姿を確認した。まぁ一応はそれっぽく見えたと思う。
ただ、この甚平なんだか見覚えがある様な無い様な…。
そのまま部屋を出て、玄関に向かうとスーナ達が目を輝かせながら待っていた。
「レン君、とっても似合ってる!」
「パパ、カッコいい!」
「そ…そうかな」
真っ正面から甚平姿を褒められてしまい、どう反応してい良いか分からなかった。
「あぁ良かった、あの子のお下がりだったんだけど、背丈もぴったりだわね。似合っているんじゃない?」
「あの子って…?」
「あなたの父親よ。小さい頃その甚平着て蓮人と夏美を夏祭りに行ってたのよ?」
成程、見覚えがある理由が分かった。幼い頃の記憶はそこまで残っていないけど、記憶の奥底にその時の光景が焼き付いていたんだろうか。
という事は、キロ達が着ているのはその時の俺と夏美が着ていた浴衣という事か。
どうりで見覚えがあるわけだ。
「パパー、はやくいこうよー!!」
「大丈夫だって、まだ夕方だから売切たりしないよ」
するとテンが俺が着ている甚平の裾をちょいちょいと引っ張った。
「パパのおようふく、カッコいいね♪」
俺はテンの純粋で素直な言葉に、嬉しさを隠し切れなかった。
「テンありがとうなぁ。あとで会場着いたら好きなの買ってあげるからなぁ」
「えー、テンだけずるい!! ぼくもぼくもー!!」
「分かってるよ、キロにも買ってやるから。っつーわけでじいちゃん、小遣い頂戴」
「蓮人、おめぇ病院から帰って来たばかりの年寄りにいきなり金をせびるたぁ、どういう了見だ」
今しがた病院から帰って来たばかりのじいちゃんが玄関前に立っていた。
まぁなんだかんだ言いつつ、じいちゃんから3000円程貰った。
「じゃあ気を付けて行ってくるんだよ! くれぐれも2人と逸れない様にね!」
「分かってる」
受け取ったお金を財布にしまい、忘れ物が無いか確認していると、すっとスーナが手を差し伸べた。
「レン君、行こ♪」
俺は黙って頷き、スーナの手をギュッと握ると、キロ達を連れて家を出た。
俺達の後ろ姿を見ていたばあちゃん達がボソッと会話しているのが聞こえた。
「後ろ姿…まるで昔のあの子達みたいね♪」
「あの子達?」
「ちっちゃい頃の蓮人と夏美…亮介と…ちゃん」
「…そうだな」
昔を懐かしむような声を背中にし、俺達は夏祭りにむかって歩いて行った。




