No.211 Side スーナ・インジ①
今日はレン君以外誰も家に居ない。
それだけで私の感情が爆発しそうな位に抑えられなくなってしまっていた。
最近、私は何かおかしい気がする。
こちらの世界に戻ってから自分の感情を制御するのが難しくなってしまっている様な…。
ただ今日は今までお料理教室で習っていた成果を試す絶好の機会、そして一番最初に食べてもらうのはレン君と決めていた。
私が台所に立って準備をしていると、レン君がやって来た。
「夕飯の準備? 俺も一緒にやるよ」
「ううん、今日は私がやるから大丈夫だよ! レン君は今で休んでて♪」
「え…でもスーナ一人にやらせるのは流石に申し訳ないような…」
「全然平気だよ! 夕飯出来るの楽しみに待ってて♪」
「そっか。じゃあ楽しみにしてるよ」
レン君がせっかく一緒にやろうという申し出を断るのが、とても心苦しかったけど、その気持ちをなんとか押し殺した。
今日の夕飯は私だけの力で作って、絶対レン君に美味しいって言ってもらえる様に頑張るんだ。
そして褒めてもら……貰うんだ! 少し動機が不純かな…?
事前に買って来た材料を並べて、足りないものがない事を確認すると早速取り掛かった。
正直、お料理教室で実践した時よりも謎の緊張感があったけど、その分一つ一つの工程を丁寧に出来ている気がした。
時折…いや、しょっちゅう居間にいるレン君に目が行ってしまった。
こちらからはテレビを見ているレン君の横顔が見えていた。
とても綺麗な横顔……でも学校では沢山の女の子にその横顔を見られているのだろうか。
以前アカネちゃんから教えてもらったけど、意外と学校では女の子から人気があるらしい。
私にしてみればそれは意外でもなんでもなくて、レン君が人気なのは当然の様に思えた。
それはなんだか自分の事の様に嬉しく思う反面、私のレン君に沢山の女の子の視線が向けられていると思うと、なんだか急に嫌な……というかギュッと胸が締め付けられる様な気持ちになった。
いけないいけない、料理に集中しなきゃ! というか「私の」ってなんだ! レン君は誰のものでも無いのに…! でも…でも…レン君は誰にも渡したくはない……。
そんな感情が溢れ出しそうになり、どうにか私はそれを抑えつつ料理の方を続けて行った。集中しなきゃ! そう思いつつもまたふと今の方に目をやると、レン君と子猫達(ミーちゃん達)がじゃれ合っている光景が目に入った。
あぁ、本当に可愛いっ!!!
やがてあっと言う間に時間は過ぎていき、料理の方も終盤を迎えていた。
パエリアと野菜スープの方は既に殆ど完成しており、後はグラタンが焼きあがるのを待つだけだった。
再び居間の方に目をやると、ミーちゃん達を抱き抱えながら横になってうたた寝をしていた。
私は引き寄せられる様にレン君に近づくと、気持ち良さそうに眠っていた。
静かな寝息に可愛い寝顔……見てるだけで幸せだ。
私は無意識の内にレン君の顔を撫でていた。
自分で自分の行動に驚きつつも、ゆっくりと自分の顔をレン君に近付けていた。
あとちょっとで唇が触れるか触れないかという所でミーちゃんが飛び起き、その拍子にレン君も目を覚ました。
私は咄嗟に顔を引っ込め、何食わぬ顔で「もうすぐ夕飯出来るよ」とレン君は寝ぼけながら「…うーん……」と返事をした。
私は今一体……
無防備なレン君に一体何をしようとしたのだろう……
自分の一連の行動に驚くと共に急に恥ずかしさが押し寄せてきて、とっとと台所の方に戻って行った。
やがてグラタンを含めた全ての料理が完成したので、居間に運んで、夕飯を二人で食べた。
味見は何度もしたものの、レン君の口に合うかどうかが不安だった。
幸いレン君は笑顔で美味しいと言ってくれたので、嬉しさで胸がいっぱいになった。
本当に頑張ってお料理教室に通って良かったなぁ。
夕飯が終わり、食器の後片付けをした後は二人でテレビを見ながらゆっくりとした時間を過ごした。
普段はみんながいるから、遠慮してしまっていたが、今夜はレン君と二人きりだから、隣に座って思い切り甘える事が出来た。
最近はレン君に頭を優しく撫でてもらうのがマイブームで、この時間がずっと続くと良いのになぁっと思ってしまう。
お風呂が湧くと、お先に私がお風呂に入った。
今まではあまりお風呂に入るのが好きではなかったけど、レン君の家に住むようになってからは、段々と好きになっていた。
湯船に浸かっていると、色々な事が頭の中に浮かんでは消えてを繰り返す。
最近はもっぱらレン君の事が頭の中を埋め尽くしている事が多かった。
朝起きてきた時の眠たそうなレン君の顔。
ご飯を食べている時の幸せそうなレン君の顔。
キロ君とテンちゃんに摂している時の優しさうなレン君の顔。
レン君のおじいちゃんに投げ飛ばされた時の悔しそうなレン君の顔。
シュン君やアカネちゃんと話している時の楽しそうなレン君の顔。
眠っている時の可愛い寝顔を浮かべているレン君の顔。
それらが頭の中に浮かんでは消えて、浮かんでは消えてを繰り返し、私の思考力を瞬く間に奪っていく。
早くレン君の顔を見たい。
レン君の体に触れていたい。
そんな感情の波に溺れそうになっていた。
もはやどうにも私自身でコントロール出来るものではなくなっていた。
それでもどうにかお風呂から上がり、体を拭いてパジャマを着ると、濡れた髪をドライヤーで乾かしていた。
するとミーちゃん達が鳴きながら寄ってきた。
どうやらドライヤーのコードが気になるみたいで、前足でちょんちょんとコードを触る仕草を見せてくれた。
「ミーちゃん達、あんまりコードを引っ掻いたりしないでね♪」
私の言葉の意味を理解したのかしないのか、ミーちゃん達は私の足に顔をスリスリして甘えてきた。
あまりの可愛さに頭が蕩けそうになってしまった。
髪を乾かし終わると、私は自分の部屋に入り、ベッドの上に身を投げた。
そのままウトウトしていると、レン君がお風呂を済ませ、部屋に戻る気配がした。
「レン君……」
それからまた1時間が経った頃、私は眼が覚めた。
レン君の事で頭がいっぱいになってしまい、中々寝付けなかった。
どうしてしまったんだろう…。
私はベッドから出ると、無意識の内にレン君の部屋に入り、気が付いた時にはレン君の顔を覗き込んでいた。
「レン君……私どうしちゃったのかな……?」
自分の頭の中を整理出来ないまま、レン君の手を握っていた。




