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二世界生活、始めました。  作者: ふくろうの祭
7章 POST
210/300

No.210 月と夜風と女神

今日はスーナと二人きりだ。文字通り二人きりだ。

家族みんなの帰りが遅いとかではない。今日は夜俺とスーナの2人きりだ。

何故そんな事になったのかというと、元々爺ちゃんとばあちゃんは、爺ちゃんの実家、つまり俺のひいばあちゃんとひい爺ちゃんの家に里帰りしたという訳だ。そこへキロとテンも行きたいと駄々をこねだし、やむなく二人も連れて行ったという訳だ。最もひいおばあちゃん達はキロとテンに会えることを楽しみにしているらしく、幸い歓迎ムードだという事で、ひとまず大丈夫そうだった。


夏美はというと、キロ達がひいばあちゃんの家に行くという話を聞いてから、急に友達の家に泊まりに行くと言い出し、そのまま本当に泊まりに行ってしまった。

夏美は家を出る時に俺の顔を見ると何故かウインクをしながら、グーサインをして見せた。

それが一体何のサインなのかは、俺には全く分からなかった。


時刻は19時を回った頃、俺とスーナは夕食を居間に運んでいた。と言っても食事については殆どスーナが作っており、俺は殆ど何もしてない。

最初、自分も手伝おうとしたが、スーナが大丈夫だと言い張るので、結局何もさせてもらえず、居間で猫達と戯れて時間を過ごしていた。


「すげーこれ、全部スーナが作ったの?」


「うん、一応ね♪ おばあちゃんみたいに上手く出来たか分からないけど」


食卓に並んだのはパエリアにグラタン、野菜のスープだった。

どれも普段ばあちゃんが作る献立では見ないメニューばかりだった。


「ばあちゃんっていつも和食が多いから、洋食メニューが並ぶのってなんか新鮮だなぁ。でもこれってどこで覚えたの? どれもばあちゃんが作らなそうな料理ばかりだけど…」


「実は最近レン君のおばあちゃんと一緒にお料理教室に通って、習ってるんだ♪」


「あーだから最近ばあちゃんと一緒によく出掛けてんのか」


「お料理の本を読もうとしたんだけど、読めない文字が多くて…。それに実際に教えてもらう方が分かりやすかったから! どうしてもレン君に食べてもらいたくて、一生懸命頑張ったんだ♪」


自分の素知らぬ所でスーナが自分の為に料理を習いに通って、頑張っていたという話を聞くだけで目の前の料理が無条件に美味しくと確信できた。明日駿にめっちゃ自慢しよう。


「それじゃあ…早速食べよっか」


「うん♪」


まずはパエリアの方から口に運んで行った。パラパラとした米に味がしっかりと染み込んでいて、口いっぱいに旨味が広がって行った。つまり美味い。


「どう…かな?」


「うん…美味しい! 本当に美味しいよこのパエリア!」


「本当!? そっか良かったぁ…」


そういうスーナの表情は心底ほっとした様な笑顔だった。俺は全く心配してなかったのだが、スーナとしてはずっと不安だったのだろう。

暫くパエリアにがっついた後、次はグラタンをフォークで掬い、口に運んだ。

クリームの甘さと俺が割かし好きであるマカロニ、そして表面の絶妙な焦げ目が口いっぱいに広がり、幸福感に包まれていた。つまり美味い。


「グラタンもすごい美味しいよ♪ 外で食べるのより好きかも!」


「えへへ…な、なんか照れるよ」


つぎに野菜スープをゆっくりと口に運んだ。思ったより熱かったので若干下を火傷しかけたが、コンソメを基調とした旨味と野菜からしみ出した天然の旨味が合わさり、極上の味を醸し出していた。つまり美味い。


「うんうん、スープもバッチリ!! 今日の夕飯、最高だよ!」


「良かったぁ……本当に嬉しい♪」


「これぇ…キロやテンにも食べさせてあげたいね」


「うん、今度はみんなに振舞いたいなぁ♪」


それから俺達はスーナの手料理に舌鼓を打った。スーナも自身の料理の味が上手くいっている事を確信したのか、美味しそうに食べていた。

途中、料理の工程についてあれこれ楽しそうに説明をしていた。正直、話の半分も分からなかったが、とても楽しそうなスーナを見ていたら、そんな些細な事はどうでも良くなった。いや良くはなんだけど。

食事を堪能し、スーナと二人で食器の後片付けをし、しばらく居間でゆっくりした後に各々風呂を済ませた。


それからスーナにおやすみを言って、自分の部屋に戻りベッドの上に転がり込んだ。

こうして日常に戻っていると、体感でつい数週間前まで戦いの場で死にかけていたのが嘘の様だった。

駿の片腕が吹き飛ばされた事、茜が今まで見せた事の無い様な絶望の表情を見せた事、目の前で人の命が簡単に消されていく所を見た事、スーナが誰かの為に体力を削って傷を癒していた事。

それら全てがまるで遠い昔の夢の出来事の様に思えて仕方が無かった。だがそれは紛れも無い現実だ。


この平和な日常に浸っている今、またあっちの世界に戻れるだろうか。

もしかしたら死にたくない、怪我したくないという恐怖に苛まれて逃げ出してしまうんじゃないか。

そんな事が頭を何度も過った。

しかし、俺達がここで歩みを止めてしまったら、二つの世界は消滅してしまうかもしれない。

それに轟狐との戦いを放り出す事になる。それは絶対に違う。

そしてスーナの両親の事……。

考えるまでも無かった。俺にはまだまだやる事が沢山ある。

あ、でも駿と茜はどう言うのかな。

あんな怖い思いしたから、もう行きたくないって言い出したりするかな。

でも正直それは仕方の無い事だし、俺には止められないかもしれない……。

でも出来れば……またあの世界に行く時は…あいつらと一緒に…………。


俺の記憶はこの辺りで終わっていた。

次の日、目を覚ますと昨日の夜が嘘の様に、頭の中がすっきりとしており、謎に気持ちのいい朝を迎えていた。


「はぁ……なんだかんだ良く寝たなぁ……うん?」


よく見ると、なんだか俺の来ているパジャマが謎にはだけており、ズボンに至っては床に落ちていた。

パジャマが所々濡れていたので、暑くて汗をかいて、自分で脱いだのだろうか?

不審に思いながらも布団をめくると、そこには下着姿のスーナが気持ち良さそうに寝息を立てながら眠っていた。


「な………なんで!!?」

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