No.21 つよがり
「帰りたくないって…?」
スーナは俺の質問には答えなかった、いや堪えられなかったが正しいか。
ずっと俺から離れようとしなかった。
俺は泣き続けているスーナをそっと抱き寄せた。
「イクタ村にはスーナの事を待ってる人がたくさんいるだろ? そんな寂しい事言うなよ」
「そんな事…ないよ…みんな私の事なんて待ってない。あの村には私がいない方がいいの」
「そんな訳ないだろ?村長さんや村の人達だってあんなにスーナに親切に接してくれてたじゃんか」
「…違うの」
「違うって…?」
「私の両親…だった人にあの村は一度滅ぼされてるの…」
「え…?」
「私は両親の記憶はないから、全部村長さんや風の噂で聞いたんだけど、両親はすごく有名な悪党グループのボスだったの…」
「悪党グループ…」
「盗み…人身売買…人殺し…犯罪の類はなんだってやる集団…。全てはお金のため」
「もしかして、俺とスーナが初めて出会ったなんとか高原に出るっていう山賊っていうのは…」
「うん、そのグループの配下にある手下たちの事だよ。名前を借りて好き放題やってるみたいなの…」
「そうだったのか…」
俺は、やっとスーナが村長さんの好意を振り切ってまで一人暮らしを始めた事、そして早く自立して村を出て両親を探すという目標を立てている事の本当の理由を知った。
「私の両親は村を荒らすだけ荒らして、まだ生後間もない私を神社に置き去りにして、居なくなったの」
「…スーナはその両親をホントに探しにいくつもりなのか…?」
「…最初はそのつもりだったんだけどね…もういいんだ」
「もういい…?」
「そもそも悪党グループはここ数年、行方を晦ましていて、どこにいるかもわからない状態なの。なんのアテも力もない私に探せるハズがないの。それに私、気付いたんだ。万が一、両親と会えた所で何もできない、寧ろ、人質にされて村に法外なお金を要求する事になっちゃうかもしれない。でも、村の人達は優しいから、決して裕福な村じゃないけど、きっと私の為に何のためらいもなくお金を差し出すに決まっている」
「…」
「もうこれ以上大好きな村の人達が傷付く所を見たくない…。私にできる事はあの村から離れて、できるだけ遠くの土地で暮らす事なの」
俺はなんて声を掛けて良いか分からなかった。うわべっつらで、「そんな事ない、みんなスーナの事を待ってるよ」なんて言葉をかける事はできたかもしれないが、彼女の想いを聞いてしまったら、とてもじゃないがそんな事は言えなかった。これは彼女が悩みに悩んで出した答えなのだろう。俺に何か言う権利などあるはずがなかった。
「…ごめんね、レン君、両親の事、黙ってて…。それに、恨みつらみはないとか、元気にやってるって事を伝えたいだなんて嘘までついちゃって…」
「別に謝るこっちゃないよ。言いたくない事のひとつや二つあるだろうさ」
「ふふふ、やっぱりレン君は優しいね。ううん、レン君だけじゃない、おじいちゃん、おばあちゃん、夏美ちゃん、みんな優しい…。私、この家のみんなが大好き」
「スーナ…」
「でも、それに甘えてずっとこの家にいる訳にもいかないもんね。なんとかこの国を一人で生きる方法を見つけたら、ここを出て自立していくつもり。あ、でもレン君と会えなくなるのは絶対嫌だから、おうちはなるべく近くが良いなぁ。そしたらいつでも会えるもんね。それから…」
喋り続けようとするスーナの事を、俺はやや強引に抱き寄せた。
「レ、レン君…?」
「ごちゃごちゃ…あんまり考えすぎんな。いくらでもここに住んでていいんだ。遠慮してんじゃねぇ」
「で、でもそれじゃレン君達に迷惑がかかっちゃう…」
「迷惑なんてないよ。うちの家族は誰もそんな事思っちゃいない。勿論、俺もだ。毎日、楽しく笑って暮らせればいいじゃんか。まぁ毎日ってのは無理があるか…。人間だ、時には辛い日もあるだろうしな」
「そんな…私にそんな資格なんて…私の両親のせいで村の人達をたくさん傷つけたのに、私だけそんな…」
「両親の業は娘が背負うってか? そんな馬鹿な話があるかよ。そんなつまんない事がスーナが幸せになっちゃいけない理由なんかには絶対ならない」
「レン君…」
「何があろうと…俺はずっとスーナの味方だよ!」
スーナは涙を流しながら再び俺の胸に顔をうずめた。
「大体、イクタ村で一緒に暮らしてた時は、楽しそうにしてたじゃんか」
「あれはその、レン君との暮らしが楽しくてつい…」
「それでいいんだよ。なんも後ろめたい事なんてないよ。大丈夫、大丈夫!」
「…ありがとう…!」
泣きながら、でもその中に笑顔を見せた顔で俺を見つめていたスーナがとても愛おしかった。
俺の勝手な考えで、スーナをイクタ村に帰しやる事が、スーナにとって一番良いと思ってた。
でも、違った。
スーナにとってどうなる事が一番なのかはまだ俺には分からないけど、今俺にできる事はスーナのそばに寄り添って、この先の事を一緒に考えてあげる事位だ。
「よしよし…じゃあそろそろお互い、そろそろ寝ようか。スーナも明日はばあちゃんと出かけるんだろ?」
「うん!」
「明日…スーナの手料理楽しみにしてるからさ!」
「うん…楽しみにしてて!」
「じゃあおやすみ」
「うん、おやすみ!」
少し元気を取り戻したスーナは静かに部屋から出ていき、俺の部屋に戻った。
スーナも人知れず、葛藤して戦ってたんだな。
普段は明るく振舞ってたけど、両親の事であんなに悩んでたなんて…。しかもたった一人で。
自慢じゃないが、俺は自分の事はよくわかっているつもりだ。自惚れたりもしない。
俺がスーナにしてやれる事は、すごく限られてる。
それでも、1%でも彼女の支えになれるのなら、それでいい。
俺は俺なりにスーナの味方であり、守って見せる。
たまには俺だってかっこいいんだって所、見せてやる。
俺はまた決意表明を心の中ですると、明日からの学校に向けて、眠りについた。