No.206 女子話
「あの……橘……さん?」
橘は急に立ち上がると、そのまま固まったまま動かなかった。
「おい蓮人、橘の奴、どうしちまったんだ? 地味に怖ぇんだけど」
「分からない…なんか茜が耳打ちしてたっぽいけど」
「どうしよう…もし俺らの不甲斐なさにブチ切れたとかだったら……」
「んな訳無いだろ。無いだろうけど……」
俺は恐る恐る橘の顔を伺った。
「駄目だ、感情が読めない!! 今どういう感情なのか読めないんだけど!!」
すると茜は今度はスーナをちょいちょいと呼び、スーナに耳打ちをした。
するとスーナは急に顔を真っ赤にして、あたふたし出した。
「そういう事だから、私達ちょっとだけ別室で話すから、それまで蓮人と駿は勉強会続けてて」
「いやどういう事!? さっきからビタ一文意味が分からないんだけど! お前ら勉強会放っぽりだしてどこ行くつもりだよ?」
「ここからは男子禁制だからさ。少ししたら戻ってくるから、それまで宜しく! 後、翔平君が戻って来たら玄関開けたげて。じゃあね♪」
そう言って茜と橘、スーナは部屋を出ていき、何処かへ行ってしまった。
「えっ、マジであいつら行っちまったぞ!? え、これ何なの? どういう事なの!?」
「駿、諦めよう…時間が勿体無いし、俺達だけで勉強続けよう」
「え、何なんマジで。誰か俺達に説明してくれよぉ!」
部屋に取り残された俺達は仕方なく二人で勉強会を進めていった。
途中、翔平が戻って来たので、玄関を開けてやった。
気を取り直して勉強を再開した。
茜達が部屋を出て行って30分程経過した頃、ようやく3人は部屋に戻って来た。
「やっと戻ってきた……お前らどこで何してたんだ?」
「んー?? まぁちょっとねぇ〜♪」
「何が『まぁちょっとねぇ〜』だよ…」
俺は溜息をつきながら問題集を解き進めていくと、橘が俺の横に立っていた。
「……何?」
「私……李家君とスーナさんの事…応援してるわね!」
「…へっ?」
「いやしかし……尊い……実に尊いわ!」
「え…え…? 何が??」
そう言う橘の表情は何か幸福で満ち足りていた。
「いやー結果的に咲良に話して良かったよ♪」
「茜、お前橘さんに一体何話したんだ?」
「秘密ー。蓮人達には教えらんないなー」
「なんだそれ。めっちゃ腹立つんだけど…」
「まぁ兎に角勉強会再開しよう」
「いや…率先して勉強中断して部屋出て行った奴の言うセリフじゃないんだけど…」
「そういえば…私李家君が解いていた問題の解説をするんだったわ。ごめんなさい」
「ああ…いや、そのありがとう」
橘が隣に来て、問題の解説をしてくれた。その際、スーナの様子が気になってチラチラと見ていたが、先程の様な圧みたいなものは感じられず、いつものスーナといった感じだった。
ホッとした半面、先程のスーナの様子は何だったのかという疑念はぬぐえなかった。
しかし、今はとりあえず期末テストに向けて必死に頑張る他無かったので、気にする余裕は無かった。
やがてお昼を挟みながらも、ひたすら勉強に励んだ。
途中スーナが作って来たというクッキーをみんなで味わった。
どうやら今朝早くから台所で作っていたのは、このクッキーだったらしかった。
そして気が付けば、あっという間に夕方の6時を回っていた。
「いやー…疲れたぁ……」
駿は大きく伸びをするとそのまま大の字で横になった。
「確かに朝からぶっ続けで勉強してたからなぁ。こんなに集中して勉強したの始めてかも」
俺もずっとペンを持ち続けていた為、手が腱鞘炎の様になっていた。
しかし、今日一日でだいぶテスト勉強が進められた様な気がした。
「そいじゃあ今日はこの辺で解散しますかぁー」
茜が勉強会を閉めると、俺達は各々勉強道具をカバンに入れ、帰り支度をしていた。
「翔平、お前ちょっとは勉強進んだか?」
「あぁー橘さんに沢山教えてもらったからねェ、もうバッチリよ!」
「ははは…お前、橘にみっちり扱かれてたからな」
「翔平君は今日教えた所、家に帰ってちゃんと復習するのよ!」
「あ、うん、も、勿論だよぉ……」
「あ、こいつ絶対やる気ねぇな」
スーナは茜の家の犬を名残惜しそうに撫でていた。
俺達が勉強中、スーナはずっと茜の家の犬と遊んでおり、途中茜の許可をもらい、散歩をさせて貰ったりしていた。
「じゃあね、また遊びにくるからね♪」
「ワン、ワン!!」
スーナの言葉の意味を知ってか知らずか、元気よく吠えてみせた。
俺達はみんな1階に降り、家の玄関に出て行った。
「ほいじゃあまた来週学校でなぁー」
そういって駿は自転車にまたがり、自宅を目指してとっとと走り出して行った。
「それじゃ俺達も帰るか。じゃあなぁ」
「あ、ちょっと待って!」
帰ろうとしてた俺達を橘が呼び止めた。
「えっと…今日は誘ってくれてありがとう! 私茜以外にあまり友達いなかったから…その…勉強会、とっても楽しかった! だから…また勉強会しましょ!」
今まで気難しくて、なんとなくとっつきにくそうなイメージがあったが、今日の勉強会でなんだかそのイメージが変わった様な気がした。
実際、何度も勉強を教えてもらったけど、とても親切で心の優しい女性という印象が強かった。
一方、翔平に対して勉強を教えている時は、かなりのスパルタだったので若干怖かった。
「うん…俺も楽しかったよ。また勉強会しよう。勿論、スーナも入れてさ」
「あ…うんうん、スーナさんとも是非またこいば……お話したいわ!!」
「…うん、ありがとうサクラちゃん♪ また来るね!」
いつの間にやらスーナは橘の事を名前で呼んでいた。
「じゃあ咲良も今日はありがとね! ホントに助かったよ!」
「えっ……何言ってるの、茜?」
「何って……え、普通にお礼言っただけだけど…」
「そうじゃなくて、何勝手に終わろうとしてるの? 茜は勉強会延長よ」
「え、いや意味分からん。え、え、なんで私だけ? だってもう夜になる……」
「あんたテスト勉強全然だったでしょ!? 正直、翔平君と大差ないレベルじゃない! このままじゃ赤点まっしぐらよ! 今日と明日は朝から晩まで私がみっちり勉強見てあげるわ!」
「う、嘘でしょ!!? これからゆっくりゲームやろうとしてたのに……」
「ゲームなんかやってる余裕ないでしょ!?」
「いやだって息抜きだって必要だと思うし…ホラ、私の勉強ばっかりみてたら咲良のテスト勉強だって…」
「私はテスト勉強バッチリだから、心配しなくても大丈夫よ。さぁ部屋に戻るわよ!」
「うわ何その天才発言! ちょっと蓮人とスーナちゃぁぁぁん!!」
茜は断末魔の叫びをあげながら、家の中に消えていった。
こうして第一回勉強会は幕を閉じ、俺達は家路に着いた。
結局俺は道中スーナに、茜と橘との3人で部屋を出て行って、一体何をしていたのかを聞くことなく家に着いた。
正直、気にならないと言ったら嘘になるのだが、それをスーナから無理に聞き出すのは少し違う様な気がした。それに部屋に戻って来て以降、なんだかスーナと橘が打ち解けていた様に見えたので、別に良いかという気持ちになっていたのもあった。
それから数日後、俺達は期末テストを迎えた。
結果としては、勉強会の甲斐もあり、俺や駿は中間テストから殆ど点数を落とす事無く、維持する事に成功した。
茜は橘のスパルタ修行が功を奏したのか、いつもよりも高い点数が取れた様だった。
その代わり、よっぽど橘の指導がきつかったのか、テスト明けの登校日には今にも死にそうな表情で登校してた。
橘はというと、貫禄の学年一位の座をゲットしていた。流石です。
ちなみに翔平は普通に英語と数学が赤点だった様で、若干橘が切れていたのが面白かった。




