No.201 忘却の彼方
次の日、俺は完全な寝不足状態でベッドから起き上がった。
スーナは相変わらず気持ち良さそうに眠っている。
「…一体昨日のスーナは何だったんだろう」
当然理由など分かるはずもなく、俺はグッタリした様子で居間に降りてきた。
じいちゃんは朝の散歩、ばあちゃんは台所で朝食の準備をしていた。
「あら、蓮人今日は早いのね。朝ごはんは後もう少しで出来るから、先に顔洗ってらっしゃい」
「あ……うん…分かった…」
「蓮人どうしたのその顔。目の下に隈が出来てるわよ?」
「えっと…うん、昨日の夜あまり眠れなくて……」
「あらそう……って、その首の跡、どうしたの!?」
「……え、首??」
「首になんか歯型みたいなのが出来てるじゃない! 一体何があったの!?」
「えっ…首に歯型……? なんだそれ、いつそんなのが……あっ!! あ、いやなんでもない、か、顔洗ってくる!」
徐々に昨日の夜の記憶が蘇ってきた俺は慌てて洗面所に向かい、鏡で自分の首に付けられた歯型を確認した。
「ホントだ、すげぇくっきり残ってる……スーナ、どんだけ力いっぱい噛みついてたんだろう……」
なんであんな事になっていたのかは分からないが、どうせスーナに聞いても何も覚えていなんだろうなと半ば諦めていた。
顔を洗って居間に戻ると、ばあちゃんは俺の分の朝食をテーブルに運んでくれていた。
今日のメニューはご飯、茄子の味噌汁、漬物に卵焼きだった。
「蓮人、その首ホントに大丈夫なの? というか一体何の動物にやられたの? 今日は学校休んで病院に行ったら?」
「いやーーー心当たりが全然ないから分からないなぁー!! まぁ全然体調悪く無いし、大丈夫だよ!!」
「本当に? 酷い顔してるわよ」
「あ、うん、これは普通に寝不足なだけだから」
程なくスーナが眠そうに目を擦りながら2階から降りてきた。
「ふぁ~…おはようレン君……」
「お…おう…おはよう…!」
「??? どうしたのレン君、そんなに慌てて」
「え、べ、別にそんな事ないよ!?」
「本当…? 手に持ってるコップが震えて、すごい中身が飛び散っちゃってるけど……」
「これはその、手を震わせる事でコップの中身がどこまで無くなるかなーって!!」
「レン君、それはお水が勿体ないからやめた方が良いよ」
スーナは何事も無かったかの様に俺の隣に座って来た。
やはり夜中の事は何も覚えて無さそうだ。
「レン君、首どうしたの!? なんか歯型みたいのがついてるけど」
「あ、こ、これ!? いやー、いつの間にかついてたんだよね!! まぁ別に痛むとか無いから大丈夫だよ!」
「ほ、本当に? なら良いんだけど……痛む様だったらまた、魔石の力で治すよ?」
「いや、ホントに大丈夫だから。というかこっちであまり魔石の力は使わない方が良いな。分かってる事が少なすぎる」
「そうだね!」
そんなやり取りをしながら、俺達は朝食を取っていた。
食卓にじいちゃんとキロ達が居ない事に気付いたので、ばあちゃんに聞いたところ、キロ達にせがまれてカブトムシを取りに裏山に朝早くから行っているらしかった。
どうやら教育テレビでやっていたのをたまたま見て、捕まえたくなったらしい。
「そういえば蓮人、最近忙しそうにしてるみたいだけど、期末テストの方は大丈夫そうなの?」
「期末? あぁ、昨日はちょっと疲れちゃったから勉強休んだけど、毎日勉強やってるから大丈夫だよ」
「そう? それなら安心だけど」
「レン君、きまつてすとって何?」
「あぁ、なんつーか学校で学んだ事をちゃんと理解出来ているかみたいなのを定期的に確認する為の試験の事だよ。うちの学校は1学期、2学期、3学期ってあって、その期ごとに中間テストと期末テストってのがあって、今度あるのが1学期の期末テストって事。3学期は学年末テスト一つだけだけど」
「そうなんだ…沢山あって大変だね。試験の結果が悪かったりするとどうなるの?」
「うちの学校は100点満点中、35点以下を取っちゃうと赤点っつって、補習授業を受けなきゃならなくなんだ。そしてあんまり酷い様だと、留年っつって、その学年をもう一度やり直さなきゃならなくなるんだ」
「そっかぁ。でもレン君は大丈夫なんでしょ?」
「まぁ特別高い点は取れないけど、少なくとも赤点を取る様な事は無いかな」
「へぇー凄いね♪」
「一応毎日ちょっとずつ勉強してるからね。今回の出題範囲もばっちり……あれ」
軽く復習がてらテスト範囲を思い出そうとしたが、全く出てこない。
俺はここで、あっちの世界にいる間、一切勉強出来ていなかった事に気付く。
「やばい……あっちの世界に行く前に勉強した事、1ヶ月の間に全部忘れてる………」
俺は固まったまま、持っていた箸を落としてしまった。




