No.20 帰りたくない
「スーナ、大事な話があるんだ」
スーナはきょとんとした顔で俺の顔を見ている。
「大事な話って…?」
スーナはミーとミミをあやしながら俺の話を聞いている。
「俺、明日から学校って所に行かなきゃならないんだ」
「学校…?」
「そう、学校ってのは勉強する事で…」
「レン君、私だって学校位は知っているよー」
「イクタ村に学校あったんだっけ?」
「イクタ村には学校はないから、隣町にある学校まで行かなきゃならないの」
「隣町って…歩いてどんだけかかるんだ?」
「うーん、歩いてだと6時間位かなー」
「…結構かかるのね」
「だから、イクタ村の子供は学校には殆ど行かなくて、家で親に教えてもらったり、村のおじさんが小さな小屋でお勉強を教えてくれもらったりしてたんだ」
「へぇーじゃあスーナもそういう小屋で勉強してたんだ?」
「ううん、私は行かなかったんだ」
スーナが少し複雑そうな顔をしながら話していたので、俺はそれ以上聞かなかった。
「ごめん、話が逸れた。要は俺も今学校に通ってて、明日からまた平日5日間、朝から夕方まで学校に行かなきゃいけないんだ」
「そっかぁ」
スーナは露骨に寂しそうな顔をした。
「大丈夫だよ、学校終わったらすぐ帰って来るからさ」
「本当?」
「本当。俺、帰宅部だから授業終わったらすぐに帰れるし」
「キタクブって…?」
「まぁ…要はスーナにすぐ会えるってことだ」
「ふふふ、じゃあ家でミーちゃん、ミミちゃんと待ってるね」
「間違っても学校に来たりしちゃダメだからな」
「ふーん、どうしよっかなぁ」
「いやいや、勘弁してくださいよスーナさん…」
「じょーだんだよ~。 家でお留守番してるから大丈夫だよ。ねー、ミーちゃんとミミちゃん♪」
「みー」
「みーみー」
「とりあえず、そういう事だから宜しくな」
「うん!」
話が終わり、俺達は夕飯を食べに一階の居間に降りた。
当初は、スーナを一時的に俺と一緒の学校に、留学生として特別に通わせる事も考えたらしい。
特別に通わせるって何って感じだったが、家の学校の校長とじいちゃんが昔の先輩後輩の間柄らしく、どうにでもなるらしい。
但し、一応周りにはスーナは留学生という体にはしてるが、そもそもが無理のある設定だし、そこら辺をスーナが上手く誤魔化せると思えない。
また、元来人見知りの気もあるスーナにはストレスになるかもしれないということで、編入は見送ることになった。
「明日から、蓮斗が昼間いなくなっちゃうけど、スーナちゃん大丈夫? 寂しくない?」
「レン君のおばあちゃんとおじいちゃんがいるから、ギリギリ平気です!」
「ギリギリかよ! そこは嘘でも大丈夫っつってくれないと、俺不安になるじゃん」
「だって…」
「だからそんな寂しそうな顔すんなって。学校終わったらすぐ帰ってくるから」
「にぃ、スーちゃんにばっかり優しくない?」
「いや、そんなことないって…。いつだって夏美の味方だ、兄ちゃんは」
「ほんとに~?」
「ホントだよ」
「んふふ、じゃあ許してあげる♪」
「許してあげるってなんだよ、俺が夏美に許しを乞うたみたいじゃん」
「蓮斗は、可愛い女の子二人に挟まれて幸せ者ねー」
はぁ…この1対3の謎攻撃はどうにかならんもんだろうか…。
まぁうざがられたり、嫌われたりするよかマシと割り切るしかないのか。
「スーナは明日、どっか行くの?」
「うん、レン君のおばあちゃんと一緒にお買い物に行くよ。明日の夕御飯の献立を一緒に考えようって」
「じゃあ明日はスーちゃんの料理が食べれるね!さっき食べたスーちゃんのおにぎり、美味しかったから楽しみ♪」
「ありがとう♪ レン君とナツミちゃんに美味しいって言ってもらえるように頑張るね!」
スーナの手料理はイクタ村に居たときにチャーハンを何度か作ってもらってたな。
…なんてここで話したら、またうちの女二人が食いついてめんどーだから言わないけど。
なんにしても、この3日間で家族に溶け込めたみたいで良かった。
明日の夕飯も楽しみだな。
「そう言うことだから、あなたも明日はどこにも飲みに行くんじゃないよ」
「人聞きの悪ぃ事言うんじゃねぇよ。俺だってスーナちゃんの手料理楽しみにしてんだからよ」
「そういってもらえると嬉しいです!明日はレン君のおばあちゃんと一緒に頑張りますね♪」
夕食を終え、俺は父さんの部屋に戻った。戻ったというとおかしいけど。
「明日は…体育か。この間みたいに体操服忘れないように、今のうちに準備しとくか…」
明日の準備をしながら、今日じいちゃんと話していた事を思いだした。
俺たち一族の使命の事、あっちの世界の事、そしてスーナの事。
じいちゃんが全部を話そうとしなかった。
いや、じいちゃんが全部を話さないなんて事は最初から分かってた。
昔からじいちゃんはそうだった。全部教えようとするんじゃなくて、自分で考えさせようとしていた。
今回も一族の末裔として、自分で解き明かしていってほしいんだろう。
…分かってた。んな事、最初から俺はわかってた。
なら、やる事は決まってきた。
守神だかなんだか知らないけど、どんなに時間をかけてでも全部解き明かしてやる。
見てろよ、じいちゃん、いつまでも子供の俺だと思ってんじゃねぇぞ。
心の中で密かな決意表明をしていると、ドアをノックする音がした。
「レン君、いる…?」
「あ…うん、いるけど…」
「中…入っていい?」
「なんだよ改まって。いいよ、入って」
パジャマ姿のスーナは、何やら思い詰めた表情で部屋の中に入ってきた。
俺は無言で座布団を差し出し、その上にスーナは座った。
「どうした、何か話したいことでもあんのか?」
俺は明日の準備をするために手を動かしながら、スーナに尋ねた。
静かに頷いたものの、スーナは中々言葉を発しようとしなかった。
「どうした、スーナ?」
改めて聞いても、スーナは俯くだけだった。
その様子に若干困惑は隠せなかったが、あまり追い詰めても良くないと思い、それ以上は聞かなかった。
「今日は、草むしりお疲れ様。他にもばあちゃんの手伝いとか色々してくれたみたいだな。ばあちゃん喜んでたよ」
「うん…」
「後は、夏美も『お姉ちゃんができたみたい』ってはしゃいでさ。今度、夏美が部活休みの日に一緒に遊んでやってくれよ」
「うん…」
「…スーナ」
「…?」
それはできるだけ優しくスーナの頭を撫でた。正直、女の子の頭を撫でるなんて、夏美以外にしたことなかったから、内心おっかなびっくりだったのは、内緒の話だ。
「レン君…?」
少しきょとんとした顔でスーナは俺の方を見上げた。
「俺はいつでもスーナの話を聞いてやるからさ。今は言い辛いんなら無理に話そうとしなくても大丈夫だ。また言いたくなったら言えば良い。だから心配すんな!」
俺はスーナを元気付けようと努めて明るく振舞った。
正直、何を根拠に心配すんななのかは自分でも分からないが、これが俺の精一杯の気遣いだった。
「レン君…」
「なに? スーナ」
スーナは突然、俺に抱き着いたかと思うと、俺の胸の中に顔をうずめてしまった。
スーナの柔らかい手が、俺の背中をぎゅっと掴んで離さなかった。
「スー…ナ?」
スーナは涙を静かに涙を流し始めた。
「レン…君…レン君…レン君…」
「…どうしたの?」
「…たくない」
「?」
「帰りたくない…戻りたくない…イクタ村にいたくない…」
「…え…?」
「帰りたくなんか…ないよ…レン君」
スーナの口から出た言葉に、俺は唯々衝撃を受けるだけだった。