No.19 草むしり
「悪いわね蓮斗、最近お庭の手入れをほったらかしにしてたから、いつもより大変かもしれないわ」
申し訳なさそうにばあちゃんは、軍手と鎌、ビニール袋を俺に渡した。
「ばあちゃんだってずっと腰悪くしてたろ? 気にしなくて良いから大丈夫だよ」
「ありがとうね蓮斗。じゃあ頼んだわね」
そう言うとばあちゃんは、家の中に入っていった。
庭の状態を見回すと、中々どうして骨の折れそうな具合に草々が成長しているのが、一瞬で分かった。
「うっし、じゃあ始めますか!」
俺は一心不乱に草をむしりまくった。
俺自身も久々の草むしりだったが、中々に大変な作業だった。
ものの30分でクタクタになってしまった。
「思ったより…しんどい…」
すると背後からすぅっと手が伸びてきて、いきなり俺の目を押さえた。
「どわ、ど、ど、何!? 誰!?」
「だーれだ?」
「その声…なんだスーナか…ビックリしたよ…」
「えへへ、レン君すごい声出てたね♪」
麦わら帽子をかぶったスーナはいたずらっぽく俺に笑いかけた。
「スーナ、その麦わら帽子どうしたんだ? それ、ばあちゃんのだろ?」
「うん、今日は日差しが強いからって、レン君のおばあちゃんが貸してくれたの」
「なんだ、スーナこれからどっかでかけんのか?」
「ううん、おばあちゃんにレン君どこって聞いたら、お庭にいるって言ってたから」
「あぁ、それで帽子をね。見ての通り、草むしり中だよ」
「くさむしり…って?」
「…まぁスーナの家の庭を見てたら、草むしりしてないんだなぁってのは分かってたさ」
イクタ村にあるスーナの家にも庭はあるにはあるが、お察しの通り、草むしりなどガン無視状態なので、もはやジャングル化してしまっているのである。
「そのくさむしりって、なんの為にやるものなの?」
「家の庭の草を放置してると、ちっこい虫とは小動物が住みついちゃうし、風通しも悪くなる。風通しが悪くなると、家の湿度も上がって、木材とかが腐っちまう事もあるだとさ」
「へぇ~、レン君詳しいんだね!」
「全部じいちゃんから教えてもらったんだけどな。じいちゃん元大工だから詳しいんだよ」
「さすがはレン君のおじいちゃんだね!くさむしり、ずっとやってるの?」
「いやまだ30分。でも既にだいぶ疲れたわ…。こりゃ骨が折れるな…」
「私も手伝って良いかな? この家に来てからお世話になりっぱなしだし、楽しそうだから!」
「いや、そう言ってくれるのはありがたいけど、別に楽しかないぞ?」
「レン君とだったらきっと何でも楽しいよ♪」
「なんだよ、照れるな。まぁ正直手伝ってくれるのは助かるよ。軍手と鎌、取ってくるから待ってろ」
丁度倉庫の中に、軍手と鎌が余っていたので、それらを拝借してスーナに渡した。
「じゃあ俺が手本を見せるから、見ててくれ。まず、雑草の根本から少し上の部分を掴んで、根っこの部分を鎌で引くように切るっと…」
俺が手本を見せると、スーナは早くやりたいと言わんばかりの顔をこちらに向けてきた。
「よし、じゃあスーナも同じようになってみて」
「うん、確かこの辺りを掴んで…」
「そうそう、で、根っこの部分を鎌で引くように…」
「うん、せーの、ていっ!!」
急に腕に全身の力を集中させたスーナはフルスイングで雑草をぶった切り、その鎌があろうことか俺の服をかすめた。
「どぅあぁ!? ちょ、ちょ、スーナ何してんの!?」
「え、何って鎌で草を…」
「そこじゃない、そこじゃない、なんで鎌をフルスイングした? 俺がやってるの見てたじゃん! っていうか途中まで合ってたのに急にやり方無視するなよ」
「あ、そっか、ついつい手に力が入っちゃった! 次は気を付けるね!」
そういうと、スーナはまた雑草を掴んで、鎌を構えた。
「そうそう、別に勢いとかつけなくて良いから、根元を引くように切って…」
「分かった、引くように引くように…」
スーナは鎌を雑草の根元に持っていった。すると深い深呼吸をしたかと思うと、急に腕に力を込めた。
「てーいっ!!」
さっきスーナは何を持って分かったと言ったのか俺に思わせてくれる位に危ない鎌捌きを見せつけた。
「ちょっと、スーナ、わざとか? わざとなのか?」
「え、言われた通り、勢いはつけないで切る瞬間だけ、力入れるようにしたよ?」
「いや…言葉だけ聞くと合ってんだけどね!鎌を全力で振り抜くと危ないから」
「うーん、私には難しい技術のようですな」
結局、スーナに鎌を持たせると危ないので、俺が苅った雑草を集める作業をしてもらうことにした。
最初は、鎌なしで直接雑草を引っこ抜いてもらおうかと思ったが、一度やらせた時、雑草を抜くのに全身の力を込めすぎて、雑草が抜けた際に、ずっこけてしまい、危うく地面の石に頭をぶつけそうになったので、速攻でやめてもらった。
よく今まで無事に生きてこれたなと言わんばかりのドジっぷりである。
まさか草むしりでこんなに肝を冷やすとは思わなかった。
「ふぅー、やっと終わったぁ!」
俺は家の縁側に倒れ込むように横になった。
「さすがレン君だね! お疲れ様でした♪」
「そういうスーナもお疲れ様。スーナが苅った雑草を集めてくれてたから、だいぶ助かったよ」
「えへへ、ありがとう♪」
「おっし、じゃあ道具片付けて、家ん中入るか!」
「うん、そうだね!」
道具を倉庫に戻し、汗を拭って家の中に入った。
「ばあちゃん、草むしり終わったぁ!」
「お疲れ様、草むしりご苦労様!スーナちゃんも頑張ったわね! 今お昼の支度するから、居間で待ってて」
「いや~、お腹すいた~」
「お腹空きました~」
「はいはい、二人で仲良く待ってて頂戴」
居間に行くと、既にじいちゃんが待機しており、一人でお茶を啜っていた。
「蓮斗、草むしりはもう終わったのか?」
「うん、スーナも手伝ってくれたし、早く終わったよ」
「そりゃスーナちゃん、ごくろうさんだったな」
「えへへ、ありがとうございます! 初めてだったけど、楽しかったです♪」
そうこうしている内に、ばあちゃんがお昼を運んできた。
「はい、お待ち遠様! 今日はおにぎりとそばですよ」
「なんか珍しいね、うちでおにぎりが出るなんて」
「蓮斗、このおにぎり、誰が作ったか分かる?」
「誰って…ばあちゃんが作ったんじゃ?」
「おにぎりはスーナちゃんが全部作ったんだよ」
「え、マジか! いつの間に作ったんだよ?」
「草むしりの前に、レン君のおばあちゃんに教えてもらいながら、作ったんだ♪」
「草むしりの前に?」
「蓮斗は少し冷めたおにぎりが好きでしょ? だから草むしりするタイミングで作ってもらったのよ」
「何その心遣い、ちょっと嬉しい」
「さぁみんな、食べましょう」
俺はせっかくなので、最初にスーナの作ったおにぎりを一つ掴み、頬張った。
「どう…かな?」
「んー、上手い!」
「ほんとに? 良かった♪」
「塩が効いてて美味しいよ。中は…あ、梅干しだ」
「その、ウメボシっていうのがレン君が大好きだって言ってたから、入れてみたんだ」
「なんだか至れり尽くせりだな。草むしり頑張ってよかったわ」
「じゃあこれから蓮人には、毎週草むしりしてもらおうかしらね。スーナちゃんのおにぎりで頑張れるみたいだし」
「いや、それはちょっと…」
「大丈夫、私も毎週おにぎり作ってあげるから♪」
「ちょっとやめて、ホントに俺、毎週やる感じになってくるから!」
「私も草むしり手伝うよ!」
「待って待って、その屈託のない笑顔でそんな無慈悲な発言やめてくれ!頼むから!」
「ははは、ホントにからかい甲斐のある奴だな、おめぇは」
なんだか馬鹿にされまくった気がして、若干ムッとしたが、スーナのおにぎりに免じて忘れてやろうと思った。
「おにぎりはいくつか夏美の分を取っていてやらなきゃね」
「夏美ちゃんの口にも合うかな…?」
「そこは俺たちが保証するから安心しなよ」
「そっか、なら良かった」
「お、外から気持ちい風が吹き込んできた」
「蓮人とスーナちゃんのおかげでだいぶ風通しが良くなったわね」
口の中に残る梅干しの香りと、外の風の匂いが混ざり合って、なんだか鼻がつんとなった。
心地いい午後の一時に俺たちは身を委ねていた。




