No.178 虚像
俺達は男に言われるまま、通路を歩き続けていた。
気が付くと通路の壁に約3メートル間隔でランプが設置されており、先程よりも幾分周囲が見渡せる状態になった。
「なんかここら辺は通話が綺麗に整備されてるみたい」
茜は多少周りを警戒しつつ、言葉を発した。
「あぁ、ここら辺は僕がよく使うからね。必要最低限ではあるけど僕が自分で整備した」
「自分でって、これを全部か?」
「僕が持つ魔石の力を使えば動作も無いさ。水流で壁を研磨してランプを設置するだけの単純作業さ」
壁をここまで削ってしまう程の水流というワンセンテンスだけでも、この男の得体の知れない強さが垣間見えた様な気がした。
「水流はともなく、ランプを設置するのは手作業だろ? これも全部お前が?」
「存外僕は暇でね。暇つぶしには丁度良かったよ」
「暇つぶしって…お前下っ端だろ? そんな事してて上の連中にしばかれたりしないのかよ」
「なぁに、心配要らない。バレやしないさ」
「……?」
何が心配要らないのかは全く分からなかったが、男はその先の理由は言わなかった。
やがて通路の幅が徐々に広くなり始め、心無しかランプも段々と豪華になってきた様な気がした。
「なんか通路が開けてきたね。天井もいつの間にかすごい高くなってるし……」
「ふふ、段々と目的地に近付くにつれて、壮大になっていく感じ、素敵だろ?」
「いや、お前ホントにここで何してんの?」
「許してくれよ。ここじゃあ遊び心の一つでもなけりゃとてもじゃないけど、やってけないんだから」
「…お前なんで轟狐に入ったんだよ」
「…ホント…何やってんだろうねぇ僕は…」
「…?」
まるで自分の意思で入った訳では無さそうな口ぶりだった。
まぁよく考えなくても、この男はとてもじゃないが轟狐でやっていくぜと言う様な感じでは無かった。
大方、ゲンガ一派に捕らえられて、ここでこき使われているといった所か。
…いや、にしては飄々としているし、轟狐に怯えた様子は見受けられない。
神経が図太いだけなのか、それとも何か他に秘密でもあるのだろうか…。
「さぁ着いたよ」
男がそう言った先には、仰々しい装飾がされた扉があった。
明らかにこのアジトの、どの部屋とも違う異質な雰囲気を醸し出していた。
「…なんだこの趣味わりぃ扉…」
「残念…ここの装飾は僕の自信作だったんだけね。まぁそんな事はどうでも良いから、中に入りなよ」
そう言って男は扉を開いて中に入っていった。
「どうするレン君? このままあの人について行って中に入っても大丈夫かな…?」
「罠…の線も捨てきれないな」
少し考えた後で、中に入るのは俺とスーナだけとして、駿と茜は外で待つことにした。
「蓮人、スーナちゃん、気を付けろよ! 何か身の危険を感じたらすぐ逃げろよ!?」
「分かった。駿と茜も外からの敵襲には十分注意してくれ。闘技場の奴らが来ないとも限らないから」
「うぅ…流石にくたばっててほしいんだけどなぁ……」
こうしてようやく俺とスーナは扉の中に入って行った。
扉の向こうには、まるで王座の間と言ったような雰囲気の部屋が拡がり、その真ん中にはこれまた仰々しい椅子がぽつりと立ってた。
男はその椅子に座って、俺達を迎え入れた。
「なんだ君達2人だけかい? 後の2人は?」
「駿と茜なら扉の外で待機している」
「そんなに心配しなくてもここには罠なんか何も無いよ」
「敵のアジトの真ん中で警戒するなっつー方が無理だろ」
「んん…確かにそれもそうか…」
男は納得した様な素振りを見せた。今だにこの男の底が知れない。
「さて…改めて聞くんだけど…君達はここへ何しに来たんだ?」
「ここの地下にある神社の破壊の阻止、そしてゲンガ一味の壊滅……いや、解散だ」
「解散…? 殲滅じゃなくてか?」
男は不思議そうな顔をして俺に尋ねてきた。
「最初はそれでも良いと思ったんだけどな。…ただメーとディックを見てて思ったんだよ。何もみんながみんな性根から悪に染まってる訳じゃないんじゃないかって。改心する余地はあるんじゃないかって」
「それは…随分と楽観的というか、非現実的な理想論だね」
「自分でもわかってるんだけど……はぁ…完全に駿に影響されたなぁ…」
俺は自分の考えを上手く表現する事が出来ず、どうにも歯切れの悪い回答をしてしまった。
「とにかく……やたら滅多に命を奪いたくは無いんだよ」
「それは……例え相手がゲンガでもかい?」
「うーん……出来ればそれに越した事は無いけど…」
「そうか……ふふふ、君達はやっぱり面白いね」
男は俺の言葉を聞くと、堪え切れないといった感じで笑い出した。
「…そんなおかしいかよ」
「いやいや、ごめんごめん。あんまりにも真っすぐした目でそんな事を言うもんだから……」
ようやく男は笑いが収まり、大きく深呼吸をして、呼吸を落ち着けた。
そして一言
「ずっと黙っててすまなかった」
「僕がそのゲンガ一派の総リーダー『ゲンガ・ブランニューデイ』だよ」