No.17 アイスクリームと五月の風
「何をそんなに驚いてんのさ?それより隣にいる美少女さんはどなた?」
やばい、いきなりクラスメートに見つかった…。
いや、冷静に考えれば、遭遇する確率は十分にあった。俺が迂闊過ぎただけだ。
しかし、なんで茜がこんな所にいんだ?
「えっと、レン君、美少女って誰の事…」
「いや、話の腰を折るな!今、この状況を打破しようと必死なんだから!ちなみにスーナの事だと思う!」
「んー何こそこそ喋ってんの~?質問に答えてよ~」
「えーと、この子はスーナって名前の子で…、ほ、ホームステイでうちに来てんだよ!」
よし、これならなんとか誤魔化せるし、決して嘘ではない。
「レン君、ほーむすていって何?」
「スーナ、頼む、一瞬黙っててくれ。後でアイス買ってやるから」
「ほほー、蓮人の家にホームステイね~。で、そのホームステイの子を外に連れ出して街の案内でもしてるって訳?」
「まぁ…そんな感じだな」
「ふーん…」
茜がなぜかジト目でこちらを見ている。え、なんか怪しまれてる?
「まぁいいや、じゃあそこの美少女ちゃんの案内、頑張って~」
「あのな、あんまりからかうんじゃ…」
と、俺が言いかけたタイミングで、何故か茜から軽く蹴りを食らった。
「っつ!?え、なんで?なんで今蹴ったの?俺、何かした?」
「ちょっとムカついただけだよ。じゃあまた来週な~」
「ムカついたって何?ってか、ムカついたからっていきなり蹴んなよ!」
俺が言い終わる頃には、茜はとっとと行ってしまっていた。
「なんだったんだ、あいつ…」
「レン君レン君!」
「あ、あぁスーナ。さっきは悪かったな。どうした?」
「あの、あいすってなぁに?私の推測だと、それはとても美味しい食べ物な気がするのですが…!」
「…スーナはぶれないな…」
約束通り、アイスクリーム屋に行って、俺はスーナにアイスを買ってあげる事にした。
「どれでも好きな味を選んでいいよ」
「レン君、これって何が書いてあるの…?」
「あぁこれはバニラ…って言っても、スーナには分からないか…。よし、俺が選んでやるよ」
俺はチョコとバニラのミックスを一つ頼んだ。
この店は俺が生まれる前からやっていて、いつもコーンいっぱいにアイスを盛ってくれるのが好きだった。
「あいよ、蓮ちゃん!一個でいいのか?」
「いや、今日は一個でいいよ。ありがとう!」
「しっかし、あのちっさかった蓮ちゃんがまさか、こんな可愛い女の子を連れてデートとはなぁ」
「で、デート!?」
「そりゃあそうだろ、どっからどう見ても仲睦まじーくデートしてるようにしか見えないぜ!」
「いや、その、この子はうちにホームステイに来てる子で…デートとかじゃ…」
「はははは、分かった分かった!からかって悪かったよ!じゃあ楽しんで来なよ!」
ったくこんな人の多い所で、あんな大声で…。
「あ、悪い、忘れてた。はい、これ」
「ナニコレ?なんだかひんやりしてる…。それに不思議な形…」
「とりあえず、騙されたと思って一口食べてみ?」
スーナは恐る恐るアイスクリームの先端を口に含めた。その途端、スーナの目が輝きだした。
「美味しい!すごく冷たくて口の中がヒヤッとして、後、甘い味が口の中でじゅわーってして!」
「そっかそっか、まぁ要するに美味しかったって事だな」
「うん、そういう事!」
スーナは美味しそうにアイスを頬張っている。気に入ったみたいで良かった。
そういえば、イクタ村の人達はみんな甘党なんだっけか?じゃあ口に合って当然か。
「はい、レン君も一口どうぞ♪」
スーナが突然、食べかけのアイスクリームを差し出してきた。
「え、いや俺はいいよ。スーナが全部食べな」
「ダメだよ、こんなに美味しいものを独り占めなんてできないよ!レン君も食べて!」
…こんなに気押されながら、アイスクリームを食べさせられるのは初めてだ…。
しかもこれって、要するに間接キッ…。
いやいや、あんま考えすぎんな、スーナだってそんな事意識してないに決まってる。
ごく自然に俺にアイスクリームを食べて欲しいだけなんだ。
ここはスーナの好意に甘えるのが正しいんじゃないか!?
「じゃ、じゃあ一口…」
俺はスーナが食べかけた箇所をなるべく避けつつ…と思ったが、スーナ、結構満遍なく口付けてたので、
結局、普通にスーナの食べかけた所を頂いた。スーナがずっとこちらを見ているので、非常に食べ辛い。
「どう!?美味しいでしょ!?」
「いや、俺はアイスクリームが美味しいのは知ってるよ。よくここで食べてたし…」
「そっか、レン君こんなに美味しいものをよく食べてたのか…ずるい!」
「ずるいって何だよ」
「えへへ、冗談だよ~。でも美味しかった!ありがとう!」
「喜んでくれたんなら良かった。じゃあ行くか」
その後、俺たちは商店街でのショッピングを楽しんだ。
スーナは特に電化製品に興味を示し、中々電気屋から離れようとしなかった。
おかげで店員に商品をお勧めされかけた。
ひとしきり楽しんだ俺らは、昨日の夜来た公園に寄って、ベンチに座った。
昨日の夜とは打って変わって、子供の元気な声が飛び交っている。
「ふぅー、今日は楽しかったなぁ」
「おーい、まだ今午前中だぞー。何もう一日が終わった感じになってるんだ」
「えへへ、それだけ密度の高い時間だったから」
「まぁ楽しかったんなら、良かったよ。案内した甲斐があったってもんだ」
「アイス…また食べたいなー…」
「スーナはあそこのアイスが気に入ったみたいだな」
「だってあんなに冷たくて、甘い食べ物食べた事なかったんだもん」
「確かにあそこのアイスは絶品だよな。あそこより美味しい店は知らない」
「だよねー。毎日通いたい位!」
「毎日かよ!アイスってのはたまに食べてこそのアイスなの」
「そういうものなの…?」
「そういうものです」
五月の心地いい風が吹く。
「なんか…レン君の住む町って良いな」
「ん?何が?」
「色んな珍しいものがあって、人がいっぱいいて、美味しい物もたくさんあって…」
「何言ってんだ、イクタ村だって十分素敵な所だろ?」
「うん、勿論わかってる。村長さんや村の人もみんな良い人…でも…」
「でも…?」
「ううん、やっぱりなんでもない!レン君、帰ろう!」
「…そうだな!」
その先、スーナは一体何を言おうとしたのは分からない。
でも俺は喉元まで出かかった『何か悩み事でもあるのか』という陳腐なセリフを飲み込んだ。
スーナにも何らかの事情があるのは分かっているけど、それを無理やり聞く事は俺にはできなかった。
五月の風は暖かくて、そして優しく俺たちを包み込んでいった。
風で揺れるスーナのペンダントの射光が、宝石の様に輝いて見えた。