モトカノ襲来
ウリカたちの帰りを待つエルゼは竈に住む火の精霊と戯れていた。幼体なのでうぱ君と名付けられている。
風呂を沸かす係はだいたいエルゼだ。すっかり仲良くなっている。
アーニーの影響もあるのだろう。
そこにウリカが顔に縦線が入ったような表情で帰宅した。
「ウリカ様? 何事ですか」
「あのね。――レクテナさんがやってきた。すっごい美人だった。あとでみんなとお話する」
「――!」
エルゼも沈黙した。ウリカと同じような表情だ。
モトカノ襲来。彼女たちにとって最大の驚異だった。
居間に全員揃った。
沈黙が重い。
彼らの自宅には、アーニーとウリカとエルゼの三人。そしてロジーネとイリーネとレクテナがいた。
レクテナの出現に、エルゼも目が死んでいる。想像以上にスタイルが良く、美人だったのも大きい。
しかも今日から、ドワーフ姉妹と同様に居候だという。
「本当に久しぶりよね。アーネストちゃん」
柔らかい微笑みを浮かべているレクテナは、置いていかれた怒りのようなものはない。
「ああ。久しぶりだ。また逢えて嬉しいよ。こんな田舎まで済まないな」
「いいのよ。別に。ところであなた、10年以上地下迷宮に閉じこもっていたって本当?」
「ああ、本当だ」
アーニーは頷いた。ウリカはすぐ隣でアーニーの顔を見た。彼女の知っているアーニーは、迷宮の引き籠もり冒険者だ。
学園の知人たちにはきっと信じられないだろう。
「SSRになれたことで出る気になった、と」
「そんなところかな。いきなり【魂位】が上がったら周りもうるさい」
「で。この町の発展ぶり。夕方ちょっと散策したわ。――あなたの、本当の本気」
少々トゲのある言い方。
今まで本気など出したことなかったくせに、と言いたいのだろう。
「それはおおげさ。この町の住人の努力のおかげだ」
「努力を引き出す知識はどこから来たのかしらね? その本気を出させたきっかけが、ウリカちゃんなのね」
レクテナは少しだけ悔しそうに唇を噛みしめた。
かつての彼女ではできなかったことだ。
「本当に凄いのよ、ウリカちゃんは!」
イリーネが太鼓判を押す。
「イリーネさん! 私は凄くないです」
「いいや。この町をみればわかる。男を変えるのはて、奴? 思い知ったよ、僕は。アーネスト君の本気を出させたのは、間違いなく君だよ」
「私もそう思う」
イリーネの言葉にレクテナが肯定した。
「エルゼちゃんも凄いですよ。定命だからといって逃げ回っていたアーネストさんの懐に見事に入り込んでいます」
ロジーネが羨ましそうに言う。
「え、私ですか」
エルゼが話を振られびっくりした。自分は何もしていない。無理矢理押しかけて一緒に居るだけだ。
「エルゼちゃんにも言っとくね。アーネスト君は亜人嫌いじゃないのよ。この子、本当は亜人に生まれたかったって言うぐらいだから」
「ばらすなよ、先生! ってばらすというか昔の話で」
「変わってないわよねー」
底抜けの明るさでにっこり笑うイリーネ。
「ちょっと……予想外です」
エルゼが呆然と言った。これもまたアーニーの知らない面。ウリカも同様だ。
「イリーネとロジーネがウリカちゃんとエルゼちゃんを認める気がわかります」
レクテナが穏やかに微笑んだ。
「ウリカ様はともかく、私なんてとても……!」
エルゼが珍しく慌てふためいて否定した。
「いいや? 距離感でわかるもの。この前も背中から抱きついてぶらさがってたよね」
「は、はい」
「この子、寿命差気にしすぎて、亜人には冷たいのよ。その割に気遣うからもてるのよね」
「あああ…… わかります」
「あなたは私たちの希望よ。ウリカちゃんがいるにも関わらず、亜人でなおかつ、アーネストちゃんの側にいるあなたが、ね。私たちの居場所もできる可能性高いんだもの」
レクテナはエルゼに笑いかけた。
「一人例外作ったなら、二人三人例外ができてもおかしくないわよね!」
「そうですそうです」
「そんなに例外作らないぞ!」
「説得力なーい!」
慌てるアーニーに、教師陣は笑い合う。
ウリカとエルゼは顔を見合わせている。自分たちがアーニーの側にいることが、これほど肯定的に捉えられているのは、驚くべきことだと思う。
「私たちには手紙ほとんどなかったものね」
「それはすまなかった。あと、突然消えて申し訳ない」
ポーラのとき同様、さすがに謝るべきだとわかったアーニー。彼も成長したのだ。
「今回、私じゃ無くイリーネに手紙を出しているところが許せないですけどね」
笑みを浮かべたレクテナの表情が、初めて冷ややかになった。とても怖い。
「そっちか……」
「へっへーん! アーネスト君と僕には深い絆があるからね!」
恨み節のレクテナに、自慢げに胸を張るイリーネ。
「イリーネ様は確かに。アーニー様のお母さん的なものを感じます」
「お、おか……」
エルゼの感想にロジーネが絶句する。
ロジーネとレクテナが笑い出した。
「た、確かにお母さんっぽいよね、イリーネ」
「姉さん面倒見良いですからね」
だが、アーニーの一言で、場の空気が変わる。
「そうかもな」
「え? まじで?」
イリーネ本人がその言葉に驚いていた。
「あれこれ面倒みてくれたし色々教わったしね。じいさんに家追い出されて、学園で右も左もわからないわ、馬鹿にされるわの俺を助けてくれたのはイリーネだから」
「え、あ、いや。素直にそういってくれるとなんか照れくさいというか嬉しいというか…… でも僕も独身だからせめて姉で」
「わかった」
アーニーが薄く微笑んだ。優しい表情だ。
「今のこの気持ちだけでこの町に移住してきた甲斐があったよ」
「姉さん、正直いって殺したいぐらい羨ましい」
「怖いから! あんたがいうと!」
「私なんて放置で、無理矢理領主宅押しかけて移住権獲得したのに!」
そんななか、ウリカが顔に縦線を浮かべながらうつろな笑みをこぼしている。うつろな視線の先は床だろうか。
「アーニーさんがイリーネさん口説いてる」
ぼそっと言った。
「なんでそうなる」
「姉さんがまさかの一歩リード」
「お、おのれ……」
ロジーネとレクテナはさきほどの笑いはどこにいったのやら、焦り出す。
「悪くないよね。でも! ほら、一番最初に手紙もらったのも僕だしー?」
イリーネ、意地の悪い笑みを浮かべて余裕がでてくる。
「いきなり姉キャラで出し抜きおったわ! こやつ!」
レクテナが憤慨した。
「まあまあ。レクテナ様もなんか放っておけない姉みたいな雰囲気凄いですし」
「それはあるな……」
「だったら放置禁止で」
エルゼのフォローに、レクテナは真顔で言った。
「でも学園時代アーネストちゃんと一番一緒にいたのがロジーネだったりするのよね」
イリーネが再び爆弾を投下する。
エルゼとウリカがアーニーをぱっと見る。
「アーニーさん、姉さんのしごきからよく抜け出して私の工房にきていたんですよ。お茶一緒に飲んでいただけですが」
「この子工房でもずっと無言なのに、アーネストちゃん自然に溶け込んで二人でお茶飲んでいるのよ? 長年の夫婦みたいな感じでね」
囁くように、ウリカとエルゼに告げ口するレクテナ。
その言葉に、ふっと微笑むロジーネ。余裕がある。
「やばい、どうしようエルゼ。私これ以上ない危機感。やっぱりみんな強敵だ……」
「私もです、ウリカ様」」
「「「それはこっちの台詞!」」」
五人は笑い合った。
すでに昔からの知古のような意気投合っぷり。女性陣にアーニーは若干身震いした。夜はまだ長そうだった。




