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アデプト

 ウリカも息を飲む。


 アーニーのモトカノとまで言われた女性。しかも付与魔術師の【達人(アデプト)】だ。

 アデプトの希少性は【巨匠】(マエストロ)を越える。


 ウリカが若干戸惑っている。

 ポーラが物静かな女性と言っていたが、イメージがまったく違う。


「アーネスト様。これはどういうことかな?」

 マレックが完全に引き気味だ。吸血鬼になってからは初めてではなかろうか。

 少なくとも【達人】はこんな辺境にいて良い存在では無い。


「アーネスト様。どういうことでしょう」

 ウリカの声が同じく非難の色を帯びた。


「様付けしない! 俺は知らない。むしろ、俺が聞きたい」

『俺いったん分離するわ! じゃあなマレック!』

「次の談義楽しみにしているぞ、祖霊よ」

『おう』


 祖霊が逃げた。


「みんなひっどいんだから! イリーネ締め上げてようやく聞き出したんですからね!」

 頬を膨らませて怒っている。


「先生いじめるなよ」

「私もあなたの先生です! なんでイリーネに助けて、ってお願いしてですよ? 私に何もないの? おかしいよね? ね?!」

「レクテナがいるとは思わなかったんだよ」

「一緒についてきたものの、酒場待機を命じられたからね。ぼーと待ってたら戦争みたいな大事になっている。これはもう、私も参戦するしかないでしょう。我慢できず押しかけてしまったわ」

 美しい顔を興奮にゆがめて力説していた。このまま参戦できずにいたらさらに苦しんだだろう。 


「しかも町移住可能な付与魔術師探しているのに、私に声かけないって酷すぎます。なんで私の弟子限定なのですか!」

「この町の生産物に付与をお願いできる職人が欲しかったんだよ。【達人】本人が移住しちゃだめだろう」

「私は嬉しいが…… 実際によろしいのでしょうか?レクテナ殿」

「わがままが許されるのなら」

「はい」

 大抵の要求は飲める。アーニーとウリカを別れさせる、など言わなければ。

 【達人】はそれほど希少性が高いのだ。


「魔法帝国式のお風呂を設置して欲しいです」

 締め上げた後、イリーネとロジーネに素晴らしいお風呂とさんざん自慢されたのだ。美容にもかなり良いらしい。


「それぐらいならお安いご用です」

 安堵しつつ、確約した。風呂だらけにしてもいいぐらいだ。

 安いなんてものではない。破格の条件だ。


「では話は決まりで」

「わかりました。名前の無い町へようこそ。レクテナ殿。我々はあなたを歓迎します」

「はい!」

 花のような笑顔を浮かべ、レクテナは頷いた。


「立て込んでおりまして大変申し訳ない」

「私も加勢します。お任せを」

「危険だからやめなよ、レクテナ先生」

「やめません! イリーネとロジーネ誘って私だけ仲間外れにするなって、いつもいってるでしょう!」

「ほら、二人は丈夫なドワーフだから」

「そこ種族で区別しない!」


 ウリカが死んだ瞳でアーニーを見詰めている。


「仲本当にいいですね?」

「ウリカ? 俺とレクテナは何にもないからな!」

 激しく言い合いをしている二人の仲が、逆に羨ましいウリカだった。


「あなたがウリカちゃんね。可愛いわ。よろしくお願いしますね」

「はい」

「警戒しないで。あなたがアーネストちゃんとお風呂入ったりしたのはイリーネから聞いてるから。よくガードが堅いあの子を突き崩したものです。教わりたいわ」

「は、はい」

 なんと返事をしていいか、わからないウリカ。アーニーは顔面蒼白だ。マレックは平然としている。


「マレック。誤解だからな」

「誤解でもなんでもいいから、早く孫の顔を見せてくれたらいいよ、別に」

「孫言うなよ。姪だろ。形式上は」

「心境的にはそうとしか言い様がない」

「私、がんばるから!」

「がんばらなくていいぞ、ウリカ」

「ロジーネに聞いていた以上ね」

 若干悔しげなレクテナだった。


「私がいいたいのはだな、アーニー」

「はい」

 真剣なマレックに思わず返事をしてしまう。


「愛人は別に構わんが順番は間違えるな。最初はウリカだぞ」

「愛人作らないって!」

 誰にも手を出していない。マレックは無視して、ウリカに語りかける。


「ウリカもだ。有能な男には女が寄ってくる。折り合いは大切だぞ」

「はい。今日はみんながいる場所で、俺の女宣言してくれましたしね。――ほどほどなら許容します」

 ものすごく嬉しかったのは内緒だ。あんな状況でなければ飛び跳ねていた。


「そうだったな。町の人間や冒険者たちが集まってるど真ん中で俺の女宣言したな」

 確実に外堀を埋めてくるマレック。


「俺に念押しするように、いちいち言わなくていいからな?」

「うそ、あのアーネストちゃんが? ウリカちゃんすごい!」

 レクテナが驚愕していた。


「先生もアーネストちゃんじゃなくて、生徒アーネスト、と学校での呼称でいいからな!」

「二人のときはアーネストちゃんじゃない。あなた私より年下なんだから」

「俺は定命だから、もう実年齢先生より上だよ!」

「そんなの気にしちゃダメって。ロジーネもいってるでしょ」

「早く私もそんな軽口を言い合える仲になりたいな」

「なれるから、ウリカ」

 アーニーが疲れていた。


「もう戻るよ。自宅に」

「しばらくイリーネたちと同じ部屋にいさせてもらうからよろしくね」

「……そうなるか。いいか、ウリカ?」

「いいですよ。客間ですし」

 大きなベッドだ。三人ぐらい眠れるだろう。本来五人用だ。


「明日から忙しいのに……」

「エルゼの反応が楽しみですね、アーニーさん」

 ウリカがにっこり笑った。目が笑っていなかった。

 

 アーニーはそちらのほうがよほど怖かった。

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