傲岸不遜の冒険者たち
本格的な冬の到来。
名前のない町も、旅人の往来は少なくなる季節だ。
人々は冬ごもりの準備を始める。
そんな中、冒険者組合のギルドマスターは忙しくあちこち動いていた。
「ギルドマスター忙しそうですね」
「大規模な討伐隊が今日この町にくるみたいだって。急な話だからギルマスも大慌てね」
ウリカとポーラは併設された酒場にいる。他の冒険者たちも談笑していた。
アーニーは一人、冬の森に入っている。
ジャンヌとエルゼは四天王を連れて冒険にいっている。ニックのみ、イリーネたちに王都に連れていかれていた。じきに戻ってくるだろう。
「討伐隊って以前話していた、大型強襲モンスター?」
「それね。闇の飛龍って奴。200人の討伐隊で、冒険者のみで構成されているって」
「本当に戦争みたいですね」
「大手で、最近急成長のチームよ。評判は良くないわね。それに遠征軍ってすぐ略奪軍になるし。今回の遠征冒険者たちは戦力に換算すると兵士五千人とも言われるわ」
「そんなに?」
「最低でもC級冒険者なのよ。B級が中心ね。確かに凄い精鋭」
「兵士では魔法火力出せないですね、確かに」
「大手チームはみんなあやかりたがるんだけどね。狩場は独占するし、美味しいリポップ型レイドは独占。気に入らない冒険者に圧力をかけるのは日常茶飯事。勧誘も強引だしね」
S級辞退者のポーラは顔をしかめた。強引な勧誘はたびたびあったことを思い出したのだ。
「実力を伴ったチームは厄介ということですね。僻地で良かった!」
「本当! ここ、通り道になるとは思わなかったけど。ショートカットかな」
二人はのんきにそんな話をしていた。
冒険者組合に入ってきたのは四人組の冒険者だった。
一人は甲冑を着た中年の巨漢だ。兜は被っていない。一人は筋肉質な戦士風の青年。後ろにいる二人はうら若い女性冒険者。身なりからして魔法使いと司祭だろう。
青年が受付嬢に話しかけている。
「冒険者『鋼の雄牛』のロドニーだ。連絡はきているか?」
青年が受付嬢に声をかけた。
「はい! 闇の飛龍討伐隊筆頭――特A級パーティの皆様ですね!」
冒険者組合のランクはFからSまであるが、AとSの間には特A級という呼称がある。正式な階級ではないが、Sには至らないがA以上の一流冒険者ということだ。
「うむ。わかってるじゃないか」
ウリカの表情が強ばった。
「どうしたの?」
ポーラはそっと小声で尋ねてくれた。
「アーニーさんと出会ったきっかけになった冒険者たちなんです…… 特Aになったんだ」
「気にしない。私がいるし」
A級冒険者のポーラだ。特Aだろうが気後れしたりはしない。彼女はS級辞退者だ。
「はい」
ギルドマスターが何度も頭を下げて挨拶する。
王都から直々に任命された冒険者。この討伐を成功させてS級冒険者になるつもりなのだろう。
そうすれば下手な貴族よりも尊敬される地位となる。
ふと店内を見回したリーダーらしき男が、ウリカに釘付けになった。
隣にいる大男に声をかけ、彼女たちがいるテーブルに近付いてくる。
「お前」
ウリカのすぐ側にまで近付き、見下ろしていた。
「俺たちと一緒に来い」
「お断りします。もう二度とあななたちと一緒に行きません」
あのとき言えなかった、一言。
石竜の迷宮では外套を常に深く被っていたので、顔は見られていないはずだった。
「ん? どこかで一緒になったことがあったか? なおさら断る理由はないはずだが」
「お断りします。石竜の迷宮のように、パーティ外に放り出されたままにされたくありませんから」
「ロドニー。ほら、石竜の洞窟でポーション代わりのMP節約用に連れてって行方不明になった奴いたじゃない」
女魔法使いは覚えていたようだった。
ポーション代わりと聞いてポーラが眉を潜める。ここまで露骨に言う冒険者はそうはいない。
「いたか? そんなの? まあいい。MP回復できるならなおさら役に立つ。来い」
やはり覚えていないようだった。
「行きません」
ロドニーの苛立ちは目に見えるようだ。
「ヒーラーなんてポットの代わりだろ、実際。何刃向かってんだ。俺たちにご奉仕するのが仕事なんだ。たっぷりやり方おしえてやるぞ」
「絶対にいきません。」
ウリカは断固として拒否する。
聞いている酒場の冒険者たちも殺気を放ち始めた。
「この子は私たちの仲間でね。勝手に誘ってもらっちゃ困るよ」
ポーラが立ち上がって、ウリカの側にやってきた。
遮るように立ち塞がる。
「なんだお前は」
「この子の仲間さね」
「そうか。ドルフ」
大男へ声を掛け、目配せする。
大男は無言でポーラを蹴り上げた。鳩尾に尖った鉄靴が突き刺さる。
ポーラが血を吐きながら壁に叩き付けられた。
「ポーラさん!」
ポーラに駆け寄ろうとするウリカは、大男に捕まった。小脇に抱えられる。
「何するんですか!」
ギルドマスターが悲鳴を上げて近付いてきた。いくら遠征軍の筆頭とはいえ、許されるものではない。
「いくら特Aでもこんなこと許されないぞ!」
「そうだ! ふざけるな!」
酒場の冒険者たちが立ち上がった。
女性冒険者数人はポーラに駆け寄っている。重傷だ。
「その娘は領主の娘なんだ、手だしは許されない!」
ギルドマスターは哀願ともいえる口調で、青年に詰め寄った。
権力は圧倒的に向こうが上だ。
「何。暴力は揮わない。数時間話して、ついてきてもらうことを説得するだけだ」
「絶対嫌です! いきません! 離してください!」
「領主の娘ってわからないのか、あんた!」
「話して説得する。明日までに説得できなかったら解放する。そう騒ぐな」
「そこの女性を蹴り上げといて何をいってやがる!」
「おい。ヘスター」
今度は後ろの女魔法使いに声をかけた。
ヘスターと呼ばれた女魔法使いは嘆息して、呪文を唱える。
「【眠りの雲】」
ギルドマスターも受付嬢も、他の冒険者たちものきなみ眠ってしまった。
「手間のかかる連中だ」
ロドニーが吐き捨てるように言った。
「冒険者組合相手にやりすぎじゃないですか?」
女司祭が無表情にいった。形だけの抗議といったところか。
「気にするな、キャシー。明日一万キルカぐらい握らせて黙らせるさ。所詮女冒険者一人怪我しただけだ。この女は俺たちの仲間だしな」
「そうね」
人の心を持っていない。
ウリカはぞっとした。
「町中で魔法など! あなたたちどういうつもりですか!」
「ん? 眠ってないのか。キャシーの魔法をレジストするとは、これは拾いものだ」
「誰か! 助け……」
絶叫しようとした時、キャシーに口を塞がれる。布を口に突っ込まれた。
「黙りましょうね」
「んぐ…… んぐ!」
「数時間ぐらい話し合おうか。お互い裸でな。二人がかりで説得してやるさ。終わる頃には俺たちから離れられなくなるさ」
「凄い世界だから、あなたも体験できるだけ幸せなのよ?」
ヘスターが耳元で囁く。
「んぐー!」
ウリカの顔面が蒼白になる。彼らの意図を察したのだ。
「俺たちに逆らうこと自体、罪だということが田舎の連中にはわからないんだな。王命を受けた特使だというのに」
四人はそのまま酒場を出た。ウリカは小脇に抱えられたままだ。
外には彼らの軍勢、総勢200名の冒険者たちが勢揃いしている。
「領主の娘っていうのもいいな。飽きたら現地妻として、囲ってやる。光栄に思え」
ウリカができるのはロドニーを睨み付けることだけだった。それが彼の嗜虐心に火を付けることも知らずに。
がさ。
物音がして振り返る。ポーラがはいずって、店の外まででていった。
「この女も魔法に抵抗したのか。もう一回踏みつける必要があるな」
ポーラは口から血を吐きながら、杖を天に掲げた。
「【か……きゅ……ばく……は……つ……】」
杖から放たれた火球は空中をまっすぐ飛び、天空で大爆発を起こす。
ポーラはそのまま地面に倒れ込んだ。血が地面に広がっていく。
「何だ? あらぬ方向に打ち込んで。は! みろ! 死んだか? そんなぼろぼろで魔法を使うからだ。いくぞ」
ウリカを抱えたまま、四人は冒険者組合を離れた。




