無間転生【リセマラ】
「無間転生! 存在したのか」
マレックの目が驚愕のため見開かれた。
「それは…… 以前【壊れ】について教えてくださった時、いつか話してくださるといっていた件ですね?」
ウリカは以前、アーニーからいつか話すと聞かされていたことを思い出した。
「そうだよ。【先鋒】なんていうユニーククラスと密接に関係する話だから、一緒に話さないとだめなんだ」
アーニーはいたって冷静だ。
「マレックはどこまで知っている?」
「魔法帝国時代の伝承の一つ。無間――永遠に等しい時間、無限の労力が必要。理想の肉体を作るため、【SSR】を人為的に作るための技術と聞いている。どのような手段かは不明だが……」
マレックでさえ知らない魔法技術。
「いわば当たりを出るまで引く人ガチャだ。それがガーチャーとか笑い話にもならない」
ガーチャーと言われて苦笑を漏らす。
「ガーチャー関係ねえよ。イメージとは違って、そんなグロいことはしてないからな? 肉体では無く、魂位の高い【幽体】を作るんだ。そうすればそれに合わせて肉体は成長する。転生希望する魂を入れて完成だ」
人間型種属全般は、肉体、【幽体】、【霊体】の三種類で構成されている。霊体はその人物の本質であり、幽体は肉体と同様のもの、幽体はその人間の生き方が刻まれている。
通常、死後転生はするのだが、幽体が変われば性別まで変わることもある。
「それが本当なら魂位ではなく、【幽位】と書かないと行けないな」
「語彙の問題だろ。普段、魂魄を分けて考える奴がいないのと一緒だ」
魂魄とは、魂と幽体を指す言葉だ。つまり、普通は分けて考えないともいえる。
「幽体をどうやって人間に入れる?」
「幽界に流すんだよ。人が生まれる時、無作為に選出される。このときにタイミングがあえば他種属にも転生可能だ。あれだ。子は親を選べないし、親もまた然り、だろ?」
「よくもそんな抜け道を。仕様の抜け穴、とでもいうのか」
マレックは呆れた。
「幽体が別では、ほぼ別人。通常の転生と変わらないのでは?」
「そうともいえる。だから俺は魔法帝国の技術者の生まれ変わりではなく、アーネストとしてここにいるんだよ」
「でもアーニーさんはアンコモンでしたよね?」
無間転生にしては能力が低いのだ。
「俺の幽体は廃棄される予定だった。致命的な【不具合】持ちとして。しかし【不具合】は過去前例にないものだったし、魔法帝国の【先鋒】の技術者が転生体として選んだ。物珍しかったんだろうな。それが俺だ」
「魔法帝国時代の先鋒技術者だと?」
「一部技術は今も活用してるよ。基本はこの時代にあわせての、師匠の受け入りだけどな」
「何故この時代にいる?」
「時代は選べないさ。それに【無間転生】対象者が一つの時代に集中することは望ましくない。俺以外にもいるんじゃないかな、表に出てこないだけで」
マレックが矢継ぎ早に質問を切り出す。彼にとっても興味の対象だ。
「大量に作られた幽体は破棄したのか」
「魂のない入れ物みたいなもんだからな。使われない幽体は破棄された。数千か、数万か、それ以上か――転生希望者が『これ』と決めない限り、理想の幽体を求めて、初期化しては走り続ける。延々同じ動作をな。だからこそ無間。神の領域に関する部分に突っ込んでる。誰かを殺しているわけではないが、褒められた研究じゃないのは確かだ」
「膨大な時間をかけて、希望と合致する幽体を選ぶ、か……」
それはどれだけ時間のかかる作業なのだろう。マレックには想像がつかなかった。
「当時の記憶はあるのか?」
「断片的にね。記憶は幽体依存だからな。職業決定リストに【先鋒】があって、こいつを選択したときに、より多くを思い出したんだ。苦労したけどな」
「どんな苦労をされたんですか?」
エルゼが訊いてくる。
「教師や師匠がいない。工作系や野外系、戦闘系の技術は師匠ともいうべき育ての親に教わったが、魔法がきつくてね。普通に古代魔法を学んで、手探りさ」
確かに魔法帝国時代の技術が現在途絶えていることを思えば、魔法などは極めて困難だろう。
「お前ら呆れてるだろ? そういう反応が嫌で話せなかったんだぞ。へー変わってるね! ぐらいで流すのが普通なんだぞ」
空気を変えるため、アーニーが軽口めいて抗議する。
「変わってるね、ぐらいで流せる話じゃない。このばかもの」
「吸血鬼公になった貴族に言われたくないな」
「ぬう」
吸血鬼変成も、禁呪に近い呪文なのは明らかだろう。
「転生候補者は本来、かなり限定されている。マレックの説明通り、最先端技術を惜しみなく投入されたからな。魔法帝国としては【先鋒】の職業保持者を維持したかったんだろう。ただ、想定外が発生した」
「どんな想定外ですか?」
エルゼも気になるのか、食いつくように聞いてくる。
「次の人生の職業を【先鋒】に選びたがらなかったんだよ。裏方で危険が多い人生、二回もしたくないだろ? せっかく【SSR】や【SR】に生まれたんだ。魔法使いや騎士のほうがいい。生まれ変わった先など、誰もわからないしな」
「それは確かに」
アーニーをみているとわかる。確かに危険な任務に向いているが、二回目の人生も危険に満ちた人生を送る必要はないだろう。
栄光に満ちた【SSR】の騎士になれるのに、わざわざ工兵職につく理由はない。
「でもアーニーさんは選んだんですよね?」
「ああ。何せ【不具合】持ちな上、魂位も低かったからな。スキルの選択幅が異様に広い【先鋒】に飛びついたんだよ。前世の記憶にある俺も、職にこだわりはなかったみたいだしな」
「記憶は鮮明なんですか」
「前世の記憶は印象の強い夢みたいなもので、普段は思い出せないし、気にならない」
少なくとも彼は前世の記憶に悩まされたことはない。
「【先鋒】のスキルがここで役立っているからいいじゃないか」
ジト目で自分を見ているマレックに、言う。
「私にとっては、な。まったく私の愛し子は、大変な【SSR】を神引きしたもんだ」
「人をルートボックスのあたりみたいに言わないで欲しいんだが!」
「人間の親が子供の結婚相手に優良物件とかいうだろ。それと同じだ」
「いやー、私の目に狂いがなかったってことですね」
ちょっと自慢げなウリカ。
「はい。間違いなく」
エルゼが同意する。
「言葉通り、唯一の【先鋒】か」
「少しだが俺以外にもいるはずだぞ。同じ時代からの転生者がね。そういう形跡はあった。物好きだよな。俺みたいに低い魂位でもないのに【先鋒】やりたがるなんて」
「幅広いスキルが魅力ではあったんだろう。裕福な家庭ではなかった、とかな」
「確かに。あと【先鋒】はいないが、【開拓者】という職はあるぞ。形が変わっただけだ」
「【開拓者】は大量の製材を三日で作ったりはできないな」
「……便利ってことで」
「つくづく規格外だね! まだ隠していることが山ほどありそうだが、これまでにしておく」
「絶対、まだまだありそうですよね……」
エルゼも頷いてる。
「もうないぞー。本当だ」
「話してないだけで、他人からみたら凄いことが山ほどありそうな気がします」
ウリカがジト目で見ている。
「信用ないな、俺!」
「それは私からも言えますね。例えば――その知識の源がどこから来たのか。森林行政の概念などは前世の知識や職の能力では無理ですよね?」
「エルゼ。さすがだ。私もそこが気になる」
「えー。あー。まあ、機会があったら話すよ。今日はもう勘弁してくれ」
アーニーが根を上げた。
「今日はこれぐらい勘弁してやる。ただし、アーニー。覚えておけ。冬の夜は長いぞ」
マレックが不敵に笑っていた。




