イケてる剣闘士VS【超弩弓サソリ型ゴーレム】
「あとは俺に任せなよ。この! イケてる剣闘士、ニック様にな!」
精一杯の虚勢と勇気を振り絞って、彼はニカっと笑った。
「何イケてるとか古くさいこといってんの! ばか! 逃げろー!」
ポーラが怒鳴る。ニックは聞く耳を持たない。
「戦いの儀、やるか」
短剣を取り出し、胸の位置に掲げる。
「恐怖を静まれ。【獅子の誇り】」
獅子のように気高く―― 恐怖を押し殺す。
「燃えろ! 【魂覚醒】」
剣闘士特有の戦闘力をアップするスキルを使う。
ニックの体が光り輝く。
「さあ。いくぜ! 【全気力充填】」
ついには髪の毛が逆立ち、ニックからほとばしる気力を感じる。
長剣を持ち替え、巨大サソリ型ゴーレムと対峙する。
『もういい。お前らから片付ける。剣闘士? ゴミ職の名前だったか』
声が苛立ちをこらえきれず吐き捨てた。
ニックは剣を上段に構え、心を落ち着かせる。
【鬼神の構え】だ。攻撃力全振りの構えである。
「くらえ! 【剣気・真空斬】」
長剣から放たれる、斬光ともいうべき光。
サソリの頭部に直撃し、サソリがよろめいた。
「うそ…… なんで剣士がビーム撃ってんのよ」
「何いってんだ。ビーム撃てなきゃ剣士じゃねーだろ?」
ははは、とニックが笑う。
「絶対違うと思う!」
ポーラは真顔で返した。
「タイマンサイキョーだからな。剣闘士は」
「あれ人じゃないよ!」
「だよなあ。厄介だ」
そう言いながら走り出す。
「サソリなんざ、蹴っ飛ばす。それが剣闘士ってもんだ」
まだ遠くでガンガン金属音がする。
それは何かの合図であろうか。
サソリ型ゴーレムが再び右のはさみを振り下ろす。
それに合わせ――――
「【剣気・浮流撃】」
巨大なはさみすら、受け流しすニック。ほんの一瞬のタイミングでもずれたら、死ぬ。
剣気で絶大な破壊力を持つ武器を受け流しつつ、その巨大なはさみに対し、一撃を加えたのだ。
己の威力がそのまま跳ね返る。この場合効果は絶大だ。
体をよじりながら、渾身の一撃を放つ。ゴーレムは自分の威力をその身に受け、その衝撃にのけぞった。
「【剣気・狼牙斬】
剣気を載せたその一撃は、ゴーレムの巨大なはさみにヒビを入れた。
「最後だ。【剣気・嵐牙斬】」
彼が使える、最大の一撃をはさみに入れる。乱れ撃つ斬撃はまさに嵐だ。
はさみが爆音を立て、砕け散った。
思わず後ろに下がる巨大サソリ型ゴーレム。
「どんなナイト様にだって無理ってな? ほーら、敵意奪ってやったぞ」
どや顔である。
サソリ型ゴーレムはニックに狙いを定めていた。
「うっそ…… 凄い……」
ポーラは絶句し、驚愕していた。
「まあ…… 普通は敵意奪ったらアホアタッカー呼ばわりされるんだけどなー」
「それは私も同じだっての」
剣闘士の通常火力ではまず敵意は奪えない。MP効率が悪いので、スキル連打はありえない。魔法使いは逆に気を抜けばすぐに敵意を奪ってしまう。
盾職無視して敵意を奪おうもんなら即パーティ追放ものだ。
「あと――俺もMP尽きた」
ポーラから目を逸らしながら呟いた。
「あほー! 逃げろー!」
青筋を浮かべ、ポーラが怒鳴った。
サソリが尾を横振りに攻撃を仕掛けてくる。
ニックはその攻撃をまともに受け、吹き飛んだ。
「ぐぉっ!」
一撃で血だらけになっている。
「ニックさん!」
「ほら! いわんこっちゃない! 早く逃げて!」
「まだだ! こちとらHPだけは無駄にあるんでね! 生き汚さこそ剣闘士!」
剣闘士は立ち上がった。
闘志はまったく衰えていない。
ニックの体が輝く。驚いてウリカのほうを見た。
ポーラの体も同じく輝く。
「二人分ぐらいの回復なら私がやります!」
ウリカだった。
「誰も彼も自己犠牲精神ばっかり! いやになります! みんなで生きて帰りますよ!」
ポーラとニックが顔を見合わせ、にやりと笑った。
「「おまいう」」
ウリカが顔を真っ赤にした。そもそも、最初に身を差し出そうとしたのは彼女だ。
「うるさいです! 【気力変換】に【MP譲渡】、【MP回復】、どんどんいきますからね!」
魔力治癒士の本気――ウリカが二人のMPをどんどん回復していく。
ポーションも飲み始めた。HPをMPに変換、そのMPを彼らに渡しているのだ。
「いける、MPも全快した! ありがとうウリカちゃん!」
MP総容量が少ないため、剣闘士にさほど回復は要らない。
底なしはポーラだった。
「ポーラ! お手玉わかるか?」
そう叫んで、サソリ型ゴーレムの背中を走り抜け、ポーラとは逆の方向に着地する。
「お? はいな♪ 【魔法の大砲】」
意図を見抜いたポーラが魔法を放つ。
さそり型ゴーレムがポーラのほうを向く。ポーラは次弾は準備しない。
「【剣気・真空斬】」
今度は真後ろのニックの方へ高速で振り返る。
「あんたの相手はこの私! 【火球爆発】」
「セイバーは砲台。これ常識。【剣気・真空斬】。うっわポーラへの敵意高ぇな。ちきしょう。もういっしょ!」
さすがにポーラの火力は高すぎて、真空斬を二回使わなければゴーレムの敵意は奪えない。連射が効くのがこのスキルの強みだ。
サソリは高速でくるくる回り始めた。
どちらも敵意が高く、攻撃を受けたほうを向く。攻撃しようとしたところで、背面からの攻撃で振り返る。
その繰り返しだった。
これを10回以上繰り返したところで。
『ふざけるなー!』
サソリ型頭部の蓋が開き、異形の人間――邪神の【使徒】が現れた。
『お、お、おま……』
ここまで言いかけて息が詰まる。
『おぅっぷ…… おえー!』
ゴーレムの頭の上で吐いた。
高速で前後を振り返るゴーレムに乗っていたので、酔ったのだ――お手玉戦術恐るべし。
「【核熱投射】」
「【剣気・真空斬】」
吐いている最中でも容赦はない。
嘔吐している最中の【使徒】に、二人は容赦なく全力遠隔攻撃を叩き付ける。
口から血を吐き、全身が痙攣しているがまだ立っていた。
『ぎゃあー!』
全力攻撃で死なない【使徒】こそ、本当の化け物だ。
慌てて這いずりながらゴーレムに乗り直す。
そこに、まったく予想外の攻撃が加えられた。
轟音とともにサソリ型ゴーレムが海老反りになる。
隕石が空中から落下し、背中に直撃したのだ。
背面が大きく砕け、全体的にぺしゃんとなる。
『【隕石落下】だと…… な、なぜ…… どこからだ!』
すぐにわかった。
遠く離れた場所からだ。
それは大きな屋敷。領主邸宅。
開かれた窓。
その人影は窓際にいなかった。
部屋の奥、戸口に、陽にあたらぬように――
それでいてわかる。見る者すべてを恐怖させる、視線。
真っ赤な瞳が【使徒】を見詰めている。
爛々と光る殺意が、【使徒】を射貫く。
『て、撤退だ……』
【スーパードレッドノート・スコーピオン】は撤退を開始した。ここまで半壊した以上、戦闘は無理だ。
あとずさりして森へ帰っていく。
「撃退できたの……」
ポーラが自分でも信じられないように呟いた。
「うわーん! ポーラさあん!」
ウリカが泣きじゃくりながら、ポーラの胸のなかに飛び込んできた。
「もうやだよ、もうあんなことしちゃだめだよ!」
わんわん泣いている。
ローブに爪を食い込ませ、泣いていた。
「ウリカちゃんも無事で良かった」
彼女の肩を抱きしめる。
「がんばったね」
ぎゅっと力を込める。
「あんた、いい女過ぎるぜ」
「剣闘士さんもイケてたよ。さいこーだった」
にかっと笑ってニックを褒める。
「は! これ以上ない褒め言葉だね」
へへっと鼻をすすって照れた。
そしてふと見回すと――
ただならぬ暗黒の空気が漂っていた。
少し離れたところで、膝を抱え、うずくまっている恐怖騎士がいた。甲冑なのに器用な奴である。
「お、おい! どうした! ラルフ!」
「ニック…… 俺はもうだめかもしれん」
「どうした!」
「ガンガン音響いてたろ。――あれ俺だ」
「え?」
「お前達守ろうと敵意奪い取ろうとして全力で殴ってたんだぜ――何もできなかった」
「え?」
「足必死に叩いてたの、お前ら気付かなかったろ?」
「え、まじで」
「本当、ナイト様(笑)だよな俺……」
「そんなことないって。元気だせよ」
「やべえ、超活躍できてねえ。存在感なさすぎ。超俺いらねー」
「おいばか、俺みたいなこと言うな! お前は集団対人職で生もの専用だから仕方ねーだろ! 口調壊れてるぞ!」
「対人職なのにゴーレム相手の剣闘士様、大活躍でしたねー」
「戻ってこい、おら!」
ニックは必死になってラルフの体を揺らした。
こちらはこちらで大変なことになっていた。




