停滞した時間のなかで
光柱が見えてきた。
二人はまっすぐに近づいていく。人の気配はしなかった。
光源がまだ先と思ったその時――
「深淵の空間へようこそ」
男の声が聞こえる。
薄暗いドーム上の空間。
少し離れてついてきたエルゼもいる。
パーティごとの転送なのだろう。
奥には玉座があり、異形の男が立っていた。邪神の【使徒】だ。
従えている使い魔なのだろうか。巨大な青色のカメレオンを従えている。
「これが【深淵の幻想】だ――行け」
青色の巨大な人型のシルエットが現れた。
【深淵の幻想】という【古代召喚】の魔物だ。精神体なので物理攻撃は効かないだろう。
「邪魔だ。【雷撃】」
手から発する雷撃。一撃で消滅させる。
「お見事。そして悪手だったな」
「なに?」
『動くなアーニー!』
祖霊の声が聞こえる。
『今のは陽動で…… こいつはロックだ』
「ロックだと?」
アーニーが虚空に向かって問う。
「どうして我らが後手に回るか不明だったが…… 我らが使う技の知識を持つ祖霊と冒険者がいるらしいと聞いた。お前だな」
【使徒】が憎々しげに睨んでくる。
「もうわかっているだろうが、ここはすでに停滞している」
「アーニー様…… 申し訳ございません…… 動けません……」
エルゼが苦しげに呻く。
「停滞空間をご覧じろ――私が時間を支配しているのだよ!」
「時間を支配するだと? そんなことできるものか」
「できるのだよ。【古代召喚】ならね」
邪悪な笑みを浮かべる【使徒】。
「お前の祖霊なら意味がわかるだろうから教えてやろう。この空間には【運命】と【時の沈滞】がかかっている。この世界の理に倣うと、一回分の行動が無効化され、行動を起こすと私が魔法維持を解くまで、二度と動けない」
「一回分……」
「そうだ。お前はSSRなのだろう? 二回動ける。うち、一回は【深淵の幻想】を倒すに使い、もう一回は【運命】で無効化されている。打つ手なしということだ」
【使徒】が巨大なカメレオンを連れて歩いてきた。
「可能なのか、祖霊」
敵ではなく、己の祖霊に問う。
『可能だ。それには相応の【維持コスト】を支払わないといけない。しかし――』
ロック―― 相手の動きを完封する戦法だった。
「そこの祖霊も気付いているようだね! 確かにこの空間の【維持コスト】がいる。しかし、そのコストを支払いが必要な時間を――この【時のカメレオン】が食べてくれるのだよ!」
「……なんだと」
「そう。【古代召喚】は実に凄いね。時間と空間さえも支配する。それなりの手順を踏む必要があるのは面倒だが…… 絶大だ」
『魔法連鎖、成立か。そうはいってもお前も何もできないはずだ、【使徒】よ』
祖霊が問いかける。
「そうだよ。私も君たちを攻撃することはできない。我らが主が目的を達するまではね」
アーニーの目の前で挑発するかのように、頬をぺしぺしと叩く。
「主だと? 一人は倒したぞ」
無表情で耐えながら、問う。
カメレオンが時折顎を動かしている。【時間】を食べているのだろう。
「あんな雑魚ではない。我らが主、邪神の【使徒】のなかでも力ある悪魔――彼が今頃君たちへの町へ進撃しているだろうね」
「竜……ではなくてか?」
「竜が陽動だと見抜いたからお前がここにきたんだろ?」
「町を落とす何かが……あるのか……」
アーニーは町の防衛強化にも力を入れていた。
単純な戦力であれば持ちこたえられる程度には。
「そうとも。そして私は暇つぶしに君たちとおしゃべりしていればよい。時間はたっぷりある。終わった頃には廃墟が残っているだけだろうがね」
ロックをかけている余裕か、アーニーの隣を通り、エルゼに向かう。警戒すらしていない。
「あそこにはマレックがいる」
「昼間の吸血鬼に何ができるとでも? あの方の魔力は絶大だ」
カメレオンはあざ笑うかのようにアーニーを横目でみて、主についていった。
「お前はこの男を処分したら、じっくり可愛がってやるとするか」
下卑た目で、エルゼをなめるように見回す。
「アーニー様は負けません」
エルゼは【使徒】を睨み返す。
「こいつに何ができるというのだ? そんな様でな! 魔法もスキルも完全に使えない状態で! 無力! 無力よ!」
長い哄笑が、異空間に響く。
「え」
【使徒】は自分の胸を見下ろした。
剣が心臓を背面から貫いていた。
「背中ががら空きだぞ。ひょっとしなくても馬鹿だな、お前」
従っているはずの【時のカメレオン】を目で追う。
焼き焦げの死体になっていた。
「何故だ…… 停滞中の時間のなかで動ける!」
「心臓を貫かれてるわりには元気だな、おい」
呆れてアーニーが解説してやる。
「知らなかったか? ――俺は四回行動できる。どこぞの間抜けが高笑いしている間にカメレオンは焼かせてもらったよ」
「ぐはっ―― ふざけるなよ…… そんなこと人間に可能なものか……」
「おい、【維持コスト】、支払えよ。もう無理だな?」
空間の結界がほころび、タトルの大森林が姿を現す。
「ウリカもエルゼも指一本手出しはさせない。小心者なんでな。大切なものは独り占めするタチでね」
貫いている剣を無造作に引き上げる。心臓から肩を切り上げられ、使徒は絶叫した。
返す刃でそのまま首を刎ねる。
念入りに丁寧に焼き尽くす。
「エルゼ。少し遅れてすまなかったな。エルゼ?」
エルゼが涙目でアーニーを見上げていた。
「おい、どうした。触られたか?」
「違います…… 今、私のことも大切なもの、ってアーニー様が……」
「あー…… うん、まあな」
思わず口走っていた本音を指摘されるのは恥ずかしい。
「嬉しいです、けど今は喜んでいる場合では無いですね。動けない振りと驚いている祖霊様は、ひょっとして?」
「下手な小芝居に付き合ってくれた祖霊に感謝だ」
確実に、一撃で止めをさせるタイミングを二人で計っていたのだ。
エルゼは涙を拭いた。落ち着いたらしい。
「こんな時に申し訳ありません。町に戻りま……」
言いかけて、エルゼには珍しく大きく口を開けてアーニーの背後、町の方を指指す。
アーニーが背後を振り向く。
「いってください!」
エルゼが叫び、すぐにアーニーのために呪曲を奏でる。
「すまない!」
アーニーが駆けだした。
かつてない焦燥が彼を襲った。
いつもお読みいただきありがとうございます!
過去のトラウマを克服して小説の題材にしてみました。
「アップキープフェイズをわすれがちだった」
「遊○王カード派だった」
「続きが読みたい」
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