ジャンヌの本気
それは森の奥で静かに佇んでいた。
紅い竜。
紛れもない火竜だろう。
竜族のなかでは最もポピュラーで、もっとも恐ろしい。
召喚された竜がこの世界の竜と同じとも思えないが、より強い可能性は高い。
「ジャンヌちゃん張り切りますよー!」
先頭を走っていたジャンヌが後ろの二人に告げる。
「私が敵の注意を引きつけます。その間にパイロンさんは攻撃に専念。おっちゃんはヘイトが行かないよう適度に治癒をお願いします」
「了解」
「承った」
「さて、SSRかつ【使徒】の本領…… ようやく発揮できますね、私」
にっこり笑う。
走りながら右手を挙げる。
「魂の創造主よ! 来たれ! 【聖旗】」
聖歌の一節を唱えながら、聖なる力が込められた旗を手に取る。
三人の体は薄い光に包まれた。
火竜はのっしのしと歩いていた。
そのまま歩き続けると、砦だ。
歩みを止める。
矮小なる人間が三匹――愚かにも彼の進路を立ち塞がったのだ。
先頭にいた甲冑を着た女が旗を掲げ、叫んだ。
「邪竜死すべし! 慈悲はない! 【聖撃】」
旗から放たれた光が竜を打つ。
「GUA」
決して軽くは無いダメージ。
「この図体だけどでかい間抜けトカゲー! 卵からやりなおしてこい!」
【挑発】のスキルである。ボキャブラリが大事なので知力が高いほど有利だ。
人間の女が何か叫んでいる。意味はわからないが、馬鹿にされているのだけはわかった。
絶対殺す。
火竜は大きく 口を開き、大きな火炎を発する。
【ファイアブレス】だ。
並の冒険者なら一撃で壊滅する巨大な息。
強い。巨体とはいえないが、あきらかに通常個体ではない。大型強襲程ではないが、エリアボスを超える強さだ。
「信念により我が身鉄壁とならん! 展開せよ! 【神聖防御】」
大きく揮われた旗が光輝き、そのブレスと対決する。
「ちょっと痛いけど、我慢できないほどじゃないねー」
軽口を叩きながら、耐えるジャンヌ。
そうはいいつつも、顔には苦悶の表情が窺える。
間違いなくただの火竜より遙かに強い存在だと実感させる威力。
ジャンヌだからこそ耐えられているのだ。これがSSRの、騎士の力。
「ジャンヌちゃん! もう少し耐えてくだされ! 【大回復】」
「ありがとーおっちゃん! パーマになるところだったよ!」
「そっちかい!」
人外の死闘ともいうべきこの戦闘に、のんきともいえる二人。
火竜がさらにその息を強めようとしたとき――
絶叫をあげた。
背中のうろこが砕けた。
何故だ? 何故だ!
自分の背面を見ようとするが、真後ろで見れない。
後頭部に激しい痛みが走り、全力で頭を振った。
虫が一匹跳ね飛ばされた。
虫だと思ったそれは青い甲冑を着た人間だった。綺麗に着地した。
聖騎士に気を取られ、もう一人人間がいたことなど脳裏から消えていた。
跳躍し、彼の背面を砕き、そのまま後頭部を突き刺したのだろう。
後頭部を貫かれ意識が朦朧とする。
「あんたの相手は私ですよ! 背後みせるとどうなると思う? この棒があんたのピー!にぶっささるよ!」
【使徒】にあるまじき発言をしつつ、あえて火竜を挑発するジャンヌ。【挑発】である。念のため。
言っている意味はよくわからないが悪寒がする。
「もう一ついっとくね! 【閃光剣】」
光り輝く長剣が、一瞬伸びる。火竜の胸元を切り裂く。
怒り狂った火竜が爪をよこなぎに振る。華麗なスライディングでくぐりぬけるジャンヌは高笑いを行い、【挑発】を続行する。
この女、早急に始末しないとまずい!
火竜は怒りと焦りで我を忘れた。
尻尾を振り回し、ジャンヌを打つ。大きな土煙を上げながら、ジャンヌを襲った。
ジャンヌは左手に持った剣を逆手に持って、その強大とも言える尾の一撃を耐えきった。
威力を全ては受け流すことはできず、姿勢を崩す。
その瞬間を狙っていた。
竜騎士はまた視界にいない。跳躍しているのだろう。
ローブを着た男は離れている。
確実にこの女を殺すのだ!
巨大な牙を剥き、かみ殺すために巨大な口を開ける。
「はいだめ! それだめー! 【神性十字撃】」
後ろにいた男がだめー! といいながら手で×印を作る。
そのまま、竜の頭に向かって、手を振り下ろした。
X状に光るその一撃は、火竜の顔に直撃した。
ほとばしる絶叫。
「ナイスフォロー! おっちゃん!」
ジャンヌが礼をいう。
「任せてよ! 大司教最大の攻撃魔法よ。ジャイアントスケルトンすら即死するのよ、あれ!」
「竜にもめっちゃ効いてますが」
「あれはジャンヌちゃんの旗のおかげで威力めっさアップしてるの」
「おお、私たちの連携が活きた!」
「いいね!」
火竜が顔を上げ、態勢を立て直す。
怒りに満ちた表情で、二人を見下ろすその時――
彼の頭部は砕け散った。膨張したスイカのように。
「殺った!」
パイロンの一撃が、竜の後頭部に命中したのだ。
「おお、すげー。さすが竜特攻! ちょいグロいけど!」
ジャンヌが感嘆する。
「むしろこれが本職でして――竜戦あった。本当にあって良かった。これないとまじ出番ないよ俺」
パイロンはひたすら対竜戦があったことを感謝していた。
このために生きているといっても過言ではないのだ。
「いやいや、これは伝説級の活躍ですよ!」
「ジャンヌさんこそ見事。あれだけの攻撃を受けて完封とは」
「いやー、褒められると嬉しいねー!」
ジャンヌはからからと笑う。
「火竜は片付けたけど、マスターはまだ戦闘中か。あの光柱は消えていない」
「我らはいったん町に戻りましょう」
「そうだね」
ジャンヌたちが町に戻ろうとした時――
足が竦んだ。
「な……に……あれ……」
「ありゃ……なんだ」
「あれは……まずいぞ」
三者三様、絶句する。
異様な光景が町に迫りつつあった。




