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休日

 三人も翌日は冒険にはでなかった。

 ジャンヌの打ち合わせも終え、体を休めることにしたのだ。


 夜明け前に起きる。イベントではない。

 寝ているウリカを起こさないようにそっと移動し、居間へ移動する。

 灯りもなく、真っ暗だ。


「闇の精霊よ。闇の精霊よ。我が声にこたえよ」

『漆黒の闇より我を呼び出したる者はそなたか』

「俺」

『汝か』

 闇の精霊、テネブラエであった。


「今日は感謝の日だ」

『ふむ。それは良い心がけだ』

 それからしばらく闇の精霊と会話をする。夜が明けると同時に、彼はいなくなった。


 ウリカが起きる前に三人分の朝食を作り始める。エルゼの分も作るのだ。


 起きてきたウリカと早朝早々に転がり込んだエルゼたちにご飯を食べさせる。

 端から見るとただの父親である。


「今日はちょっと行くところがあるから、ゆっくりしておいてくれ」

「「はい」」


 アーニーは寝室に戻って魔石をごっそりバックに詰める。

 主にゴブリンから生まれたもので、あまり金額になるようなものではない。使い道は限られる。

 台所に行く。


「いるかー」

 台所の竈に声をかける。


『うぱ?』

 火の精霊の幼生体が姿を表す。アホロートル――ウーパールーパーそっくりだ。

 特異固体のこの火の精霊は、幼体のままなのだ。


「ほれ」

 砕いた魔石を放り込む。


『うぱー!』

「いつもありがとな」


 この妖精は、家の火全部の面倒をみてくれている。

 台所の竈、居間の暖炉。そして珍しい湯船式の風呂の、温泉の源泉管理までしてくれているのだ。

 もちろん燃料である木炭は投入しないといけないが、微妙な調整を手伝ってくれるだけでも大変助かるのだ。


「でかけてくる」

「いってらっしゃい」

 ウリカに声をかけ、家の外に出る。


 次に向かったのは郊外だった。現在のアーニーは巨大な背負い袋を装備している。


「こんにちは!」

「こんにちは、テテ」

 牛の世話をしていたフロレスという小人に声をかけられる。

 

 彼らはとてもグルメな小人で、髭面で筋肉質なドワーフに対し、童顔で小太りな者が多い。

 テテという男も、一見少年に見えるが立派な成人だった。

 アーニーも舌を巻くほどの、凄腕の使い手でもあうr。


「頼みたいことがあってね」

「おお、アーニーさんの頼み事とは!」

「これだ」

 大きなカボチャを取り出す。


「これは?」

「食用だが、何せ量が多い。飼料にどうかと思ってね」

「いいのかい?」

「放牧草と混ぜるといいね。季節の変わり目の飼料にはちょうどよいはずだよ」

「ありがたいな、それは!」

「牛だけじゃなく、鶏や豚にもいい」

「でも食用なのに勿体なくない?」

 小首をかしげながら、疑問に思う。冒険者ではないので、かぼちゃ事件には詳しくないのだ。


「うちにも大量にあるし、冒険者組合にもある。農業組合には山積みされてるはずだ」

「なんでそんなに……」

「俺がやらかした、のかな……」

 目を逸らしながらぽつりと言う。


「またアーニーさんがやらかしたのか……」

「またとはなんだ、またとは」

「ははは。いつものことだね」

「まあそんなだから、ちょっと試してくれよ。うまくいきそうなら話はつけておこう」

「わかった! とりあえず牛と豚に食わせておくよ!」


 テテと分かれたあとは、小麦畑に向かう。


「よし人はいないな。……いや、いるにはいるんだが……」

 彼が確認したのは、農作業の人間だった。

 いる、と感じた気配は、よく知っている気配だ。


「おまえらー」

『待っておったぞー』

 地面からにょきにょきと顔が生えてくる。

 土の精霊、ノームだった。

 ドワーフに似ているが、こちらは半透明で、顔も細い。


 アーニーは砕いた魔石をばらまく。


「いつもありがと、な」

『こちらこそなー。そういえば、土の質の上げ方なんじゃが……」

 土壌の改良で盛り上がる。精霊と直に話すのだ。これは効果がある。

 後ほどフロレスたちに話そうと思ったアーニーであった。


 土の精霊たちと分かれたあとは森の麓に向かう。


「光の精霊たちよ。とく集え」

 砕いた魔石をまわりに巻く。


『よくきたな、人間よ』

 光の精霊だ。名をルーメンという。

 アーニーがよくお世話になる精霊で、彼らの力を凝縮し束ね、放つ。


「昼の光に安らぎを。ありがとう」

『珍しい人間よな。また来るがいい』

 光の精霊たちも乱舞している。喜んでいるようだ。


 次は森をどんどん進む。

『よくきたな。アーニー』

 しわがれた、老人のような声が響く。


「これは木々の守り手殿。人間のわがままのため迷惑をかけてすまない」

 今話している相手は、精霊ではなく、共生している魔物の類い。樹人族だ。


「以前話した森林の開拓はエルフとともに進めるから安心してくれ」

『森の木々も形を変えるか。いずれにせよ、共生する意思があるものが管理すればよい』

「そういってくれるとありがたい」

『ホワイトウッドを育てるとよいだろう。あれは生育も早い。環境さえ整えてやれば、人間向きだな』

 ホワイトウッドは成長の早い木だ。祖霊世界でいうクリスマスツリーに使われる、一般的な材木だ。


「助言感謝する。ありがとう」

 彼らに礼を言う。樹人族と一緒に木の精霊、ドライアドまで現れて一緒に手を振ってくれた。

 手を振り返し、彼らに別れを告げる。


『おっそーい! 最後は私たちー?』

『ひどいよー。最初に私たちじゃないー?』

 川で待っていたシルフとウンディーネに文句を言われた。

 呼び出す前に姿を表す。


「そう言うな。お前たちとは一番ゆっくりと触れあいたいんだからな。最後が一番時間取れるだろ?」

『おんなたらし―』

『すけこましー』

 口説き文句に聞こえたのか、シルフやウンディーネにからかわれる。彼女たちはとても嬉しそうだ。


「こらこら。どこで覚えたんだ、そんな言葉」

『ねえねえ聞いて。そろそろ葉っぱが紅くなってきたんだよー』

『私も聞いて! 上流のね、川の中の大きな岩が一回転したんだよー』

 精霊特有の、人間には意味が無いことを嬉しそうに報告してくる。

 

 アーニーは普段見せない柔和な笑みを浮かべ、彼女たちの声に耳を傾け、相づちを打つ。


 魔石の欠片を巻きながら、精霊たちとのふれあいを楽しんでいた。


 川面がきらきらと輝き、たくさんの精霊が舞い踊る。


「そろそろ日が暮れるな。また来るよ」

『りょ!』

『あいあいー』

 精霊たちに手を振って分かれる。この気持ちを伝える、ジェスチャー一つが大事なのだ。


「さて、と」

 アーニーはすたすたと、近くの草むらに近づき、腰を卸す。


「何してるんだ、お前たちは……」

 草むらに隠れていたウリカとエルゼ、ディーターに声をかけた。


「いや、なんていうか。休日に何するんだと思ったら、凄い光景を……」

 ディーターの声を感動に震えていた。


「精霊と交信するって。こんな交流初めて見た……」

 エルゼも感嘆の声を絞り出す。 

エルフ族でも精霊の守り手は年々減らしている。この町にもほとんどいないはずだ。


「私も魔法以外で、あんな交流をしているとは夢にも思いませんでした」

 ウリカもまた、驚きを禁じ得ないでいた。


「あのな、お前らに言っておくことがある」

 いつになく真面目なアーニーの声。


「「「はい」」」

 三人の声が重なる。


「俺たちは魔法を使う。俺やエルフはとくに精霊魔法を使う。でもさ、考えてみろよ。魔法を使うときだけ、力を借りて置いて、普段は放置か?」

「う……」

 ディーターとエルゼが言葉に詰まった。


「とはいってもな。これは俺のさ。自己満足なんだよ。俺だって精霊たちによくないことはたくさんする。生きていれば水は流すし火は消す。風を防ぐために壁を立てるわけだ。土の上に石畳を引いて道を作る」

「はい」

「でもさ。そうじゃないときはせめて、感謝するんだよ。だから俺は、何かできないかと考えて魔石を砕いて食わせたり話しかけたりしている」

「なんという。アーニー様」

 エルゼの声は畏怖に染められていた。


「これが正しいかどうかわからないぞ? 目に見える範囲、触れあえる場所、その精霊にしか声をかけられないんだからな」

「それでも…… 精霊は喜んでいるように思いました」

「だといいよな。俺はそう願ってる。しない善よりする偽善、程度の話だぞ」

「アーニーさん、今日のことをエルフ族の長老に話して良いか?」

「良いぞ。大したことはしてないしな」

「わかりました」

「また大精霊の御使いとやらに祭り上げられても困るからな」

 苦笑した。


「さあ。いったいった。人のことを言えた義理じゃないが、お前らももっと休みを有意義に使え」

「わかりました」

 エルフの兄妹が真剣に話しながら立ち去る。


 残されたのはウリカ一人。


「大げさだよなあエルフは」

「いえ、アーニーさん。おおげさじゃないです。私も思うところはありました」

 アーニーの腕をとって、寄り添う。


「そうか。難しく考えるなよ? 暇つぶしだ」

「そうだとしても。私はアーニーという男をもっと知らねばならない。そう思わせる日でした」

 アーニーは苦笑した。


「俺はウリカをもっと知りたいよ」

「もっと知ってくださいね、アーニーさん」

 二人は他愛のないことを言い合いながら帰路についた。


 それは休日を締めくくるには十分な、ゆったりとした時間だった。

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