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燃え尽き症候群

「家いいわー」

 部屋の居間のソファでだらけていた。


「しばらくゆっくりしましょうね、アーニーさん」

 そんなアーニーの膝枕をするウリカ。


「この家最高です。引っ越ししたい……」

 風呂上がりのエルゼ。下のインナーだけである。上はタオルを首から掛けているだけだ。胸は上手に隠れている。


「自宅じゃ無いんだから服を着なさい」

「もう四捨五入で自宅です」

「エルフは四捨五入好きだな、おい」

 もはや持ちネタの域に達していた。


「144歳と224歳を同じ扱いにしたら、エルフ女性に怒られますよ」

「長生きの割にこだわるのそこなのか…… エルゼって何歳だっけ」

「女性に年齢の話は厳禁です」

 それ以上言い返す気力もなく、ウリカの膝枕に戻ることにした。


 エルゼは台所から冷たい果汁を取り出して飲んでいた。


「風呂どころか、なんでこの家冷たい飲み物まであるんですか……」

「アーニーさんが冷蔵庫作ったからですよ。おじさまも卒倒しかけてました」

 氷結魔法があるのだ。それを利用して冷蔵庫を作らない手はない。


 早速台所の一部に地下室を作り、冷蔵庫も作ったのだ。

 マレックに頼み込まれ、屋敷にも暗室と冷蔵庫は作った。暗室はワインボトル用の保管庫だ。


「俺とウリカの分もよろしく」

「了解です」

 そそくさと台所に戻るエルゼ。かたくなに服は着ようとしない。露出趣味はない。だらけているだけだ。 


 三人がだらけているには理由がある。


 イベントが終わったのだ!


「廃狩りしましたねえ……」

 遠い目で振り返るウリカ。廃狩りももちろんスラングである。


「夜明け前に出発し狩り場を確保して…… 日が暮れても数時間は狩り続ける日々でしたよね」

 日々と言っても二週間も満たないのだが。


「冒険者組合の受付の皆様が、かぼちゃ恐怖症になってるぐらいには」

 彼らのせいである。


「祖霊世界では、本来は芋か蕪らしいんだけどな。今はかぼちゃらしい。ああ、でも食用なのは幸いだな。祖霊世界だと飼料用らしいから」

「お芋料理食べたい…… かぼちゃ飽きてきた……」

 ソファ近くのサイドテーブルに飲み物を置き、エルゼが訴える。


「そこは仕方ありませんね。イベント頑張った嫌がら……記念品として死ぬほどかぼちゃ渡されましたから」

 ウリカもかぼちゃをみないようにしていた。庭に山積みである。


「かぼちゃってどれだけ日持ちするのかな」

「切ってなければ適切な処置をして二、三ヶ月は持ちます……」

 エルゼが暗い顔して答える。

 それだけかぼちゃが続くのだ。


「この町、冒険者組合のなかでも全八位なんだっけ。辺境の組合にしては異例だったらしいな」

 主犯が人ごとのようにいった。


「祖霊の言っていた、美味しいイベントというのがこれほど辛いとは思わなかった」

 祖霊の予言通りになってしまった。


「睡眠時間削るのはよくありませんね」

「でも、ウリカも目が覚めちゃったろ?」

「はい……」

「私も自然と夜明け前に」

 ウリカが思い出したように聞いた。


「アーニーさんの祖霊は?」

「アレは今寝てるんじゃねえかな」

 祖霊をアレ呼ばわりするのはアーニーぐらいしかいない。


 祖霊のやる気は冒険者に影響する。

 ウリカも勘違いしていたが、アーニーの祖霊はログイン勢に近いルートボックス廃人だと思っていたのだ。


「ウリカ。俺の祖霊は悪い奴じゃないんだが、なんていうかこう、プラスアルファがないとやる気出さないんだよ」

「プラスアルファ?」

「通常の美味しい狩り場でもやる気出さないんだ。いつでも行けるからな。だがイベントのように時間に対してリターンの大きいイベントは凄まじい集中力と効率追求するタイプだ……」

「つまり、アーニーさんもそういうところがあるんですね」

 くすっと笑みがこぼれる。


「否定はできない、かな」

 冒険者と祖霊は性格が似る場合が多い。


「怠け者とはいえませんねー。それじゃ」

「それは困る。今ここで怠けてるし」

 膝枕から離れようとしない男である。


「アーニー様、私の胸か膝で休まれてもいいのですよ」

「んー。ここがいい……。ウリカ、重くないか」

「ここがいいんですよね! 重くないですよ」

 声が少し弾む。優しげにアーニーを見下ろしながらずっと手櫛で彼の髪を梳いている。


「結界すら感じる距離感……!」

 無表情のエルゼも、若干悔しそうに下唇を噛む。


 余裕の笑顔で取り合わないウリカと、返事をする気力もないアーニーだった。





 玄関から騒々しい音が気こける。


 存在感を誇示するかのように大きな音を立てて玄関が開く。

「じゃーん! みんなのSSR! ジャンヌちゃんが帰ってきましたよー! 遠征から! 帰ってき……」

 大きな荷物を持って、ジャンヌが鼻歌交じりに入ってきた。

 見回すとウリカの膝枕を堪能中のアーニーと、半裸のエルフ美少女がソファにいる。


「う、うわー!」

 その光景に、荷物をどさっと落としてしまう。


「戸口を閉めろ、騒々しい」

 アーニーはその場から動かず、冷たく告げた。

 

 戸口を後ろ手で締めて、ジャンヌが絶叫する。


「なんすか、マスター。このハーレム」

「誤解」

 我ながら説得力ないなとは思っている。 


「遠征ご苦労。そこに報告書と素材おいて帰って良いからゆっくり宿屋で休んで」

「相変わらず私の扱いひどいですよね?!」


 何故かエルゼがアーニーの足下にしなだれかかる。幸せそうな顔をして。


「銀髪、ポニテ、裸タオル…… 何故属性てんこ盛りエルフ美少女が、マスターに寄り添ってるんです?」

「俺にもよくわからない」

 実際よくわからない。


 単にイベント疲れで、拠点の自宅でくつろいでいるだけだからだ。


「ウリカ様公認なのが凄え解せないんですが」

「ま、まあ…… どのみちジャンヌさんの席はないですし。気にしない方が」

 目を逸らしながら答える


 お前の席ねーから、を素で宣ったウリカ、恐るべし。


「はじめまして、ジャンヌさん。エルゼと言います。私は席があります」

 エルゼに流し目で挨拶されてしまうジャンヌ。


 席があるエルゼの、余裕の流し目であった。


「何の席よ……」

「愛され枠?」

「エルゼ、可哀想です…… いちゃらぶ枠っていいましょう……」

 小声で、エルゼをたしなめるウリカ。


「その小声聞こえてますからね!」


「いや、ジャンヌ。お前には必要ない席だろ……」

 至極もっともなツッコミを入れる。


「仮にもヒロイン格になれそうな私に対してそりゃないっすよ、マスター」

「どんどん素がでてんぞ」

「モデルがモデルですからね、私! そして騎士系正統派ヒロイン格という」

「ヒロイン格かー。ないなー」

「胸はそこの二人より、大きいですよ! 胸枠で。マスターロリ扱いされますよ!」

 板金鎧で隠されている胸を強調するジャンヌ。

 華奢な体付きの二人には突き刺さる言葉だ。


「ウリカはもう少しで二十歳だし、エルゼはエルフだし。そんな気にするほどでもないと思うぞ。スレンダー体型って言おう。うん二人とも自信もてー」

 せっかく膝枕でくつろいでいたのに、二人からひりっとした殺気を感じて台無しだ。

 慌ててフォローを入れる。


「さすがアーニー様。胸の大きさで女性を判断するような低俗な男ではない。ね、ウリカ様」

「だね、エルゼ」

 二人を敵に回したようだ。ウリカと仲良くなろうとしたエルゼとはあらゆる意味で正反対だ。


 ちなみにソファ組。この会話中にも動こうとしない。


「なんか私が悪者になってるし!」

「墓穴掘りすぎ」

「マスター説明してくださいよー。なんで半裸エルフ美少女が溶け込んでいる風景が生まれているんですか」

「絵になるだろ」

「メタいこと言わないでくれます? 祖霊でも降臨したかと思いました」


 エルゼは軽くため息をつきながら、話し始めた。

「説明しましょう。――私たち三人は朝も夜も励んでいただけです」

「おいこら! 激しく誤解を招く言い方はよそう? な?」

 さすがに上体を起こして抗議した。


「朝ちゅん…… 新しい世界でした」

「確かに小鳥がちゅんちゅん鳴いていたさ。廃狩りの場所取りで出発が夜明け前だったもんな!」

「休ませて、と懇願しても…… 回されて」

「悪かったってば。狩り場と組合往復のイベントクエスト高速回しは疲れたよな!」

「あんな大きなの…… 入らないって、懇願して。裂けそうでした」

「でっけえかぼちゃを背嚢に無理矢理入れようとして裂けそうになっただけだな!」

「15回以上もですよ。一日で。それが連続して一週間」

「クエ回数な?」

「もう私もウリカ様もアーニー様無しでは生きられない体なのです。もうダメ。あの凄い量…… 体が覚えている……」

「変な台詞吐きながら自分の体抱きしめるなよ! かぼちゃ凄い量だったよな! 専属でもってもらったからそりゃ覚えているよな! あんだけ効率叩き出したら、仕方ねーよ! 頬染めるな! ウリカまでなんで?」

 アーニーがツッコミで死にそうだった。


 ジャンヌがジト目が痛い。

「マスター…… 最ッ低……」

「俺の話聞いてる? 泣くぞ?」

「ご不満があるのだとしたら、ジャンヌさんには独立してもらってよいのでは」

「そうですね。私たち三人で仲良くやっていきましょう」

「なんでそうなるの? ことあるごとに私だけ排除試みるってひどない?」

 

 意を決してジャンヌが訴え始めた。

「いえね。ほら、チーレムとかハーレムはどーでもいいんですが。除け者感すげえですよ?」

「チーレムでもハーレムでもねえよ。聖騎士が祖霊のスラング使うな」

「今のこの光景はとても説得感ないですね……」

「う」

「私遠征頑張ったんですよ? 戻ってきて褒めてもらえると思ったら、この光景ですよ。裸タオルエルフですよ」

「裸タオルエルフこだわるね? 服着ろとは言ってんだよ、俺」

「その子と私の差はいったいなんでしょう……」

「私はアンコモン。あなたはSSR。私はお二人と行動できます」

 エルゼが現実を突きつける。


「なかなかズバっというね貴女……」

「アンコモンで能力不足を恨んだこともありましたが、今は幸せで誇りです」

「わたしゃ今ほど自分がSSRであることを恨んだことはないよ、まじで」

 歯軋りさえしそうな勢いだ。


「仕方ねーな……」

 立ち上がって、ジャンヌに歩み寄ったアーニーは、彼女の頭をぽんぽんし、なでなでした。


「遠征お疲れ様。そこは本当に感謝してるんだ。あとは冷静になろうな」

「え、あ、はい! ありがとうございます!」

 不意打ちに顔が真っ赤になってしまう。


 後ろから来る殺気は気にしないようにした。


「今日は休養日なのも本当だ。また明日、ゆっくり話そう。四人で。今日はジャンヌも休んで」

「は、はい! わかりました!」

 かちこちになりながら、ジャンヌは家を出た。


「ふー。やれやれ。騒がしかった……な……?」

 瞳孔全開で睨んでくるウリカと、涙目で上目遣いで睨んでくるエルゼが待っていた。


「う……」

「頭なでなでずるい……」

「私まだしてもらったことがない……」

 ウリカの見開かれた瞳が突き刺さり、エルゼは泣き崩れそうだった。


「落ち着け、落ち着こう」

 アーニーの受難はまだ終わりそうになかった。

イベントが終わったあと、通常のプレイにやる気が起きない不思議

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