四捨五入でエルフ
「アーニー様! ウリカ様! ほんっとうに! うちの妹を! 助けていただいてありがとうございました!」
銀髪のエルフ、ディーターが酒場で深々と頭を下げた。隣にいる妹のエルゼも同じく頭を下げる。
アーニーはちびちびやっていた。隣でウリカもちょこんと座っている。
助けた日から四日経過していた。
「いや、かぼちゃ持ってもらったから貸し借りはなしだって。そんなに言うならこの酒の席奢ってくれたらそれでいい」
苦笑しながら、手をひらひらさせる。
「ほら、そうやってすぐ些細なことで帳消しにしようとする」
ディーターは咎めるように言う。
「エルゼがそのままオークに捕まっていたら、考えたくもない事態になるのは間違いありません」
妹の、美しい銀髪を撫でる。
「それに俺のたった一人の家族なんです……」
亜人狩りから逃げ延びた、二人きりの家族だった。
「本当にもう私、だめかも、死ぬかもと思いました…… 兄さん助けて、って何度も叫んで。 ごめんなさいって悔いても手遅れで」
「エルゼ」
妹の心境を察するあまり、涙目になる兄。
「私は祖霊の加護がありません。あのままだと悲惨な未来が待っていました」
確信を込めて断言する。
想像もしたくない事態に陥っていたことは間違いないのだ。
「アーニー様がいなければ!」
「助かったし、間に合った。もし、なんて存在しない。あと様はやめろ」
コップをぐいっと飲んで、おかわりを要求するアーニー。
「アーニーさん。この場の飯代の単価をを上げようとして、好きでもない酒を呷るのはやめていただきたい」
ジト目になるディーター。
「ばれてますよ、アーニーさん」
ウリカが小声で釘を刺す。アーニーが酒をあまり好まないのは有名だ。
「んー。このままいくとお前ら、とんでもないこと言い出しそうだからなあ」
エルゼを連れて帰ったあと、大騒動だった。
泥だらけで、ウリカの外套で保護されていたエルゼ。前開きにされてしまったあられもない姿が悲惨さを演出した。
名も無き町のエルフたちは大慌てだ。その後、間一髪助かったと本人の証言もあり、まったくの無傷も確認された。
アーニーとウリカはまさに大精霊の使いのごとく崇められた。
かぼちゃを持ってもらったから貸し借りはなし、というアーニーの謎理論は全力で否定された。
そもそもディーターはじめ、エルフの若者はアーニーの技術指導もあり、様々な工業品に携わっている。
それも、ドワーフのような鉄鋼関係ではなく、木工やガラス細工などエルフ好みの品の技術や、精霊との調和による仕事。筏流しなども今やエルフの仕事だ。
ドワーフと対立の種になっていた、伐採の話もスムーズになった。
多種族との連携が苦手なエルフが、生き方、考え方を大きく変えずに町に貢献できる。
これを可能にしてくれたのだ。
今回のエルゼ救出劇は、エルフたちにとって決定的な出来事になったのは間違いない。
不思議なもので報酬を受け取ろうとしないアーニーにエルフ側が焦った。
技術指導の礼も満足できていないのに、一族の者の危機を助けてもらいながらも何も返せないのだ。
縁が切れるのでは無いか、という不安だ。金品を要求されたほうが、まだ人間という存在で計り知れた。
ここでエルフ側も謎理論で思考を飛躍させる。アーニーは物質的なものに影響されない。――エルフに近いのでは? と。エルフ特有のプライドさも垣間見える解釈だ。
アーニーにしてみればはた迷惑以外何者でもないし、なんでそうなるといいたいのだが。
エルフ総出でジャック君乱獲し、ドロップアイテムのかぼちゃをアーニーに献上する案も出たが、全力で拒否した。
祖霊はともかく、他者から施されたルートボックスなど、意味はないのだ。
「この件はこれで終わりにしよう。な?」
嫌な予感がひしひしとする。
「そこで提案なのですが――私をお嫁にもらってください」
エルゼが爆弾発言をした。ディーターは目を瞑って聞いている。
「ほら! とんでもないこと言い出したよこの子――嫌です」
「ですよね。アーニー様ならそう言うと思いました」
あっさりと肯定する。
初めて出会ったときは恐怖に怯えていたが、今ではとてもクールな感じだ。話の内容と表情がかみ合ってない印象も受ける。
「おう。ちょっとウリカから殺気がでてるから、あまり虐めないでやってくれ。主に俺を」
目を見開いて、限界まで大きく開かれた赤い瞳孔でアーニーをみているウリカはとても怖い。
エルゼはウリカからみても、かなりの美少女だ。
「で、私の嫁入りの話ですが」
「聞いてない?!」
「私はアーニー様もウリカ様もお慕いしております」
「え」
ウリカはびっくりして、エルフの少女を見詰めた。
すまし顔でエルフ娘が続ける。
「アーニー様とウリカ様はご婚約の身。奥方がウリカ様であることは揺るぎないことです」
「ちょっと待て」
「アーニーさん、今は聞きましょう」
「ウリカさん?!」
裏切られ驚愕のアーニー。【婚約者】で【奥方であることは揺るぎない】ウリカは冷静に対処しようとしていた。
こぼれでるにやにやを殺しながら。
「私は別に第二夫人とか、妾とかでいいです。肩書きにこだわらないのです。籍に入れるとかもありません。エルフですから。子供が出来たとしても勝手に育てますし、お二人のお子様の面倒みれたら良いですよね。マレック様みたいに」
不死者のマレックをだしてきたところが、したたかである。
「お子……」
「帰ってこい、ウリカ」
「お二人をお慕いし、お二人の側にいたい。お二人がもし喧嘩したなら仲裁できるような…… そんな関係になりたいのです。それがダメなことでしょうか」
「エルフ族が許さないだろ、そんな都合の良い関係」
「アーニーさんとエルゼに子供ができた場合、この町のエルフ族全員が大切にすることをお約束します。いえ、もちろんウリカ様との子もですが」
ディーターが割って入る。事前に打ち合わせ済みだったらしい。
「だから子供の話するのやめよう。ウリカが遠くに行くから…… それに兄としてどうよ、それ」
エルゼのペースに飲まれまいと、ディーターに話を振る。
「アーニーさんと義兄弟。――なんと耳心地の良い言葉か」
目をくわっと見開いて宣言した。
「お前もかよ……」
「人間とエルフでは家族のあり方も違います。籍や形式にあまりこだわらないのですよ。大切なのは絆です。義兄弟になっちゃいましょう」
「簡単に言うな。大切な妹だろ、おい。――俺、人間だから定命ってのが問題なんだけど」
エルフのほうが人間の数倍長く生きる。
「関係ありません。エルフだって戦闘ですぐ死にますし。死ぬから結婚しないっていうのは理由になりません」
エルフは意外と簡単に死ぬ。体力が低いのが種属傾向だから仕方ない面もある。森に引きこもっているのも彼らなりの防衛術なのだ。
ディーターは続ける。
「エルフだから信頼できる男性とも限りません。それにアーニーさんは我々のなかではもうほぼエルフですよ。四捨五入したらエルフです」
「四捨五入でエルフとかおかしくない?」
「森の知識が深く、精霊の理解も深く、我々を導いてくださるのですから」
「俺、森拓いてるんだけど」
自然を愛するエルフのなかでは問題視されているはずだ。
「再生の知識も豊富ですよね」
ダメだったようだ。原状回復という概念をもたらしたアーニーは高く評価されていた。
マレックより森林官という森林管理の役職まで命じられ、エルフによる森林行政と開拓のバランスは下手な国より遙かに進んでいると言えた。
エルフといえど人里で暮らす以上、産業とは向き合わないといけない。今の町の環境はベストではないがベターなのだ。
アーニーは話題を変えた。そもそもの発端は――
「……俺はそんなに好かれるようなことしたのかな?」
疑問を投げかける。
呆れた視線を三者から送られる。
「自覚ないんですね…… あれはかなりの運命的イベントだったと思いますよ。私の時ほどじゃありませんが」
迷宮で置いていかれ、ガーゴイルに追われていた女の言葉は重みがあった。
「控えめにいって惚れるなというほうが無理でしょうね」
服切り裂かれて捕まったところを助けられたのである。ディーターだって、そう思う。服を切り裂かれていた妹をみたときは、最悪の事態も想定してしまったほどだ。
「白馬に乗っていてもおかしくないシチュエーションでした」
少しだけ頬を染めているエルゼ。
「それはないから」
一日でかなり美化されてしまってる。
『クッコロからお姫様抱っこみたいなもんだしなー』
祖霊が割って入る。スラング全開だ。
「おいこら」
宙を睨む。返事はない。
ため息をついて、落ち着きを取り戻そうとする。冒険より疲れていた。
「まあ、なんだ。ウリカとの仲も進んでいないことだし、ここは諦めてくれ。ください」
ぺこりと頭を下げた。
「ウリカ様との仲が深まればいいんですよね」
核心を突いてきた。
「それ! 私との仲が深まれば解決しますよね、アーニーさん!」
気付かれた。
「気のせいだ」
「気のせいじゃないですよね?!」
悲痛な叫びをあげるウリカ。
「ウリカ様。私、お手伝いしますから。全力で。本当に」
ウリカの手をテーブル越しにそっと握りしめる。表情をあまり変えない彼女がこのときだけはにっこり笑った。
「エルゼ可愛い。好き」
ウリカの語彙力が死んだ。
完落ちだ。
「ウリカ? 言いたくないけどライバルになるかもなんだぞ」
対象の俺がなんで言わないといけないんだ、と心でぼやきながら。
「ライバルと言うことは意識していただいているのですね? 私はウリカ様も好きですのでライバルになりません。後輩? 妹?」
「妹いいなー」
ウリカの脳内暴走が止まらなくなってきた。危険だ。
「パーティメンバーから始めてください。お願いします」
土下座の勢いのアーニー。このままだと嫁が二人増えるのは間違いない。
「最初はお友達、ならぬメンバーからですね」
エルゼも納得したようだ。
「私はアンコモンの吟遊詩人です。歌うこと、楽器を弾くこと、呪曲を少しぐらいです」
吟遊詩人は楽士を兼ねる。
自分の能力を申告する。呪曲は、特殊能力を得ることができる音楽であり、通常の支援魔法とは別枠だ。
「呪曲はどんな?」
「足を早くすること、ちょっとスタミナが上がるもの、ぐらいです。レベルが低いのでソロだったのです」
ウリカもそうだが、低レベルの支援職はソロが多い。高レベルになると引っ張りだこになるのだが、低レベルだと寄生呼ばわりする心ない者もいる。
高ランクのパーティの支援職確保は、低レベルからの信頼関係を構築するのが旨いか、効率というメリットをぶらさげて確保するかだ。
「十分だ。前衛後衛に支援職。ついでに今はイベント中。これでいこう」
アーニーはそれで押し通した。
「ありがとうございます。そういっていただけると本望です。一生お仕えいたします」
「やめて。重いから」
淡々と重いことを告げるエルフ娘に、アーニーが悲鳴をあげた。
「俺は君のことを助けたが、俺は君のことよく知らないんだ。ディーターの妹だから信用はしているんだが」
「兄さん、好感度かなり上げてますね。悔しい……」
「ふっはっは!」
本気で兄に嫉妬する妹と高笑いする本人。
「それをいうならドワーフ兄弟のほうが……」
「アーニーさん、それ以上言うと戦争になります!」
ウリカに口を塞がれる。
ウリカは左右を見回し、聞かれていないか確認する。これが聞かれたらドワーフの間で宴会開始になるのは間違いない。
「……エルゼ。エルフの命運がかかっている。頼んだ。手段は問わん」
「はい、兄さん」
思い詰めた表情をする二人。
「いっとくけど、俺かなりダメ人間。なあウリカ?」
「まあ…… 言いたいことは山ほどありますが、そうですね、はい。そんなところも含めて好きですよ」
「エルフは本来怠け者ですから。働き者だったら息が詰まります」
エルゼ、立て板に水。
「パーティメンバーも本当は問題があるから、たまにだな」
「何か問題でも? お二人はSSR。私はアンコモンです。もう一人入れてもよいぐらいだと思いますが」
「美少女ばかり連れてると、ほかの冒険者の妬みも買うんだ」
うだつの上がらない男が美少女二人連れていれば、目立つだろう。
目立つことは嫌いなのだ。
「美少女ですよ、ウリカ様。私たちが、です」
「美少女認定きましたね、エルゼ」
すまし顔のエルゼと笑顔のウリカはハイタッチを交わしていた。
とりつく島がない。
見事にエルゼのペースだった。
「エルゼって実は怖い? ディーター」
「そこはノーコメントで」
そのときの兄の顔は、妹と同じぐらい無表情だった。




