天井がないルートボックスは悪いカルチャー
アーニーは自宅に戻った。
外套は脱いでいる。
黒髪はぼさぼさだ。濃いブラウンの瞳。精悍な顔付きだ。
家のなかにある祭壇で祈りを捧げる。
「祖霊よ――導き給え」
アーニーの頭上が光り輝く。
そして半透明の同じような長方形の真っ白な物体が現れた。羽が付いている。
これはハンシと呼ばれる精霊だ。
祖霊。冒険者を守護する先祖霊の一種と考えられる。
神々は世界の理を作り、祖霊は冒険者たちに時には助言を、時には支援を行う。
普段は別世界にいて、彼らを見守っているのだ。現実社会という世界と言われている。
ハンシは祖霊の加護の一つで、彼らを天に還すことで、魔霊石を手に入れたり冒険者に加護を与えることができるのだ。
これ以外にも祖霊の加護を持つ者に復活がある。蘇生魔法の恩恵を受け入れられるのだ。祖霊の加護がないと、復活魔法は効果を持たない。
『いきなりハンシ遣うの? ご利用は計画的にね』
祖霊の声が届く。ハンシは祖霊に取っても痛いらしい。それでも五枚ハンシもきた。単位は枚。
「五枚も。ありがとうございます」
祖霊はハンシを遣わす。一番魔霊石との交換比率がいいからだ。
しかし祖霊との交信から、ハンシの多用は祖霊に大きな負担をもたらすとのこと。感謝の念は忘れてはいけないのだ。
冒険者たちが強く念じると別世界にいる祖霊たちが、ハンシを遣わしたくなるとの伝承も残っている。
「来てもらったところ悪いが、魔霊石を置いて天におかえり。――ありがとう」
五枚のハンシに語りかける。
置かれる巨大な魔霊石。大魔霊石といい、一個で通常の魔霊石の10個分に値する。つまり1個で10連ルートボックスが開けるのだ。
「大魔霊石が55個、魔霊石残り400個弱」
呟きながら、一人で納得する。
「戦力の逐次投入は悪手だ。全力で回す!」
力を込めて宣言する。
「そう。――ルートボックスは裏切らない」
『いや? 普通に裏切るからね?!』
慌てた祖霊の声が聞こえたのは気のせいだろう。
24時間限定ルートボックス。
ルートボックスは神々からの告知によって内容が事前に報告される。
現物――いわゆる武器や防具は少ない。迷宮産の魔法武器より若干弱いものがほとんどだ。
多くは魔法を覚えるための呪文書や武器や防具を強化するスクロールであり、素材であり、ポーション類なのだ。
しかし、今回のルートボックスは極めて希なものだった。
一番のレアが《???》であり、確率は0.7%。しかも24時間限定だ。
何が手に入るか、不明だ。しかし関係ない。
ただ手に入れたい。
それはまさにルートボックス中毒者の業であった。
「でも回すしかないだろ?」
『そうだな、回すしかないな』
この冒険者にしてこの祖霊である。
アーニーは全力で回した。そりゃもう全力で回した。
あまりに引きが悪くて顔が無表情になる。
『なるよね?』
祖霊の問いかけに応える余裕もない。
ここまでフレンドリーな祖霊は珍しい。
10連20回終わったあとで、アーニーの顔が引きつり始めた。
『0.7%なら100回引いても当たる確率は50.5%だからくじけるな』
祖霊の応援が逆に痛い。
――そして最後の10連が終わった。
次元を隔てた祖霊も、アーニーも死人のように横たわっていた。
彼の隣には大量のアイテムの山。ポーション、呪文書、素材――安くはない量ではあるのだが。
魂が抜けている。
やっちまった。
このガチャの徒労感と虚無感。
「ルートボックス……天井欲しい……」
床を涙で塗らしながら脱力している。
『天井じゃなくて上限っていいなよ!』
祖霊が慌てて訂正を入れてきた。
そのまま起き上がることなく、床の上でアーニーは眠りについた。