閑話 負けフラグ
「ポーラ! 手紙よー」
ノラエガの町のポーション屋のポーラは、カウンターから慌てて店の奥へ駆け戻った。
「待ち人からね」
「早く見せて!」
手紙を奪い取って、カウンターに戻る。
こういうときは下手に母親の前で読むより、客の少ないカウンターのほうが気楽なのだ。
内容は、この町を旅立ったあとから現在にいたるまでの経緯だ。
最初はニコニコ顔で読んでいたポーラだが、読み進めるうちに顔がどんどん青ざめ、最後は真っ赤になっていた。
激怒で。
「アーニーぃ! くぉ、くぉ、くぉのばかがー!」
絶叫した。
思わず手紙を破り捨てようとしたが、思いとどまる。
「あんた引きつけ起こした鶏みたいになってるわよ……」
尋常ならざるうめき声に心配した母親が、カウンターに入ってきた。
「ガーチャーさんからの手紙なのよね?」
「そうだけど……そうだけど!」
怒りで呼吸ができない。
母親は強引に手紙を奪い取る。
「ほら、貸しなさい。何が書いてあるのよ」
母親が手紙を読み込む。
「呼吸できなくなるほど怒り狂うような内容なんて何もないじゃない。ばかじゃないのあんた」
「だって…… だってぇ……」
「泣かないの!」
今度は涙目で母親に訴える。
「新天地で、うまくやっているっていう良い便りじゃないの」
「なんで半年で、もうすぐ二十歳の女の子と同棲してんのよぅ……」
正直に書いているアホがここにいた。
「同居って書いてあるじゃない。ばかねえ」
「なんで知り合って間もない男女が同じ家に住んでるのよ。おかしいでしょ」
「あんたはガーチャーさんの彼女でもなんでもないわけだし」
「お母さん!」
しかし、母は冷静だった。
「そんなに未練があるなら着いていくべきだったのよ」
「このお店あるしぃ……」
彼女もそれなりの魔術師だ。だが、父母を置いて旅立つなど考えもしなかった。
母は知っている。もともと彼女はアーニーに憧れて冒険者になったのだ。
しかし、アーニーはアンコモン。そしてポーラはSR。
あっという間にポーラが追い抜き、逆に距離が離れてしまったのだ。
ポーラはなろうと思えばS級になれるはずである。そうしない理由は一つしかなかった。
「別にあんた店番しかしてないんだから、ついていってもよかったのよ」
「ひど!」
「相手の子、この町で知り合ったって書いてあるじゃない」
「そうよ! それよそれ! 信じられない。ソロ専だったくせに! 何若い子引っかけてるのよ! 酒場でも誰かと組んでいる話聞いたことこともないし、見たことある奴だっていないわよ!」
「その子に誘われたって書いてあるじゃない…… 本当ばかねえ」
「ばかばか言わないでよぅ!」
嗚咽を漏らし始めた。
「可哀想だとは思うけどね…… 相手の子は旅立つガーチャーさんに声をかけた。行くべき場所を示した。そして一緒にいる選択をさせた。こりゃ勝ち目ないよ。忘れちまいな」
「……でも! でも! 納得行かないの。アーニーからずっと、ポーション買ってたの、私なのに…… 子供の頃から私だったのに……」
ポーラは子供の頃から店番していた。
その中の一人。いつもポーションを売りにくる冒険者。
暇な彼女の愚痴に付き合ってくれた、優しいお人好し。一緒に冒険したいと申し出たこともあったが、アンコモンの自分には守れる自信がないと拒否された。
それでも、彼は彼女のもとにポーションを持ってきてくれていた。
「でもでもだってって言っても仕方ないでしょう。もう……相手は新婚さんみたいなものなんだから」
残酷な事実を突きつける。
「うわーん!」
「よしよし」
母はポーラの背中に手を回し、そっと抱きしめる。
しばらく泣いていたポーラだったが、顔を上げ、母を見詰めた。
「お母さん…… 私、名前のない町にいってみる」
「決めたんだね。言わなくてもわかると思うけど、辛いことにしかならないと思うよ」
「わかっている…… でもせめて、この目で確かめてから……」
「いっておいで。そしてスッキリして帰ってきなさい。うまくいったら手紙だしな」
ポーラはようやく笑顔を浮かべた。
「うん!」




